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IT業界の開拓者たち

第54回 UNIXとCを作った男

脇英世
2009/4/28

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、IT業界を切り開いた117人の先駆者たちの姿を紹介します。普段は触れる機会の少ないIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

ケン・トンプソン(Ken Thompson)――
AT&Tベル研究所技術者

 ケン・トンプソンといえば、UNIXとC言語を作った人物として有名である。写真で見る限り、長髪で頭の真ん中が薄くて、ひげを生やし、眼鏡をかけた風采の上がらないおじさんである。本当はどのような人物なのだろうか。

 ケン・トンプソンの父親は海軍の軍人であり、一家は勤務の都合もあって、各地を転々とした。ケン・トンプソンが12歳のころ、一家はテキサス州の南部に住んでいた。好奇心の強い少年であり、電気屋の店先にたむろしたり、電気屋の主人が石油の井戸のやぐらの上に無線送信機を取り付けるのを手伝ったりした。ケン・トンプソンのお小遣いは少なかったが、電気屋の主人が部品を安く譲ってくれた。そのおかげでケン・トンプソンは、なんとかラジオや送信機を自力で組み立てることができた。

 ケン・トンプソンは、1964年にUCバークレーの電気工学科を卒業し、1966年に同大学院で電気工学科の修士課程を修了した。学生時代には、ジューク・ボックスとピンボール・マシンの修理で生計を立てていた。ハードウェアに強いのである。大学院最後の年、AT&Tベル研究所から就職のリクルータが来たが、ケン・トンプソン自身はそれほど関心を持てなかったようだ。ただ、サンフランシスコからAT&Tベル研究所のあるニュージャージーへの周遊航空券をもらえるのが魅力で、AT&Tベル研究所に面接に出掛けて行った。AT&Tベル研究所では実用研究に従事する研究室が多かったが、純粋研究をしている研究室もあった。結果として、ケン・トンプソンはAT&Tベル研究所に入ることになった。

 当時AT&Tベル研究所はGE(ジェネラル・エレクトリック)とMIT(マサチューセッツ工科大学)と共同でMULTICS(マルチクス)計画を進めていた。これはGEがIBMに対抗しようとして開発していたGE635というコンピュータのOSの開発計画であった。GEではこのOSをGECOSと呼んでいたようである。ケン・トンプソンはこのMULTICS計画に参加した。彼は余暇にGECOSのFORTRAN(フォートラン)という科学技術計算用言語で「スペース・トラベル(宇宙旅行)」というゲームを書いていた。しかしMULTICS計画は失敗に終わり、GEはハネウェルにコンピュータ部門を売却し、コンピュータ事業から撤退する。
 
 GEの撤退により、AT&Tベル研究所もMULTICS計画から撤退することになり、「スペース・トラベル」を走らせるコンピュータは失われてしまうことになる。ここからがケン・トンプソンの少し変わっているところだが、AT&Tベル研究所内に捨て置かれていたグラフィックス端末用のミニコンピュータPDP-7を見つけてきて、これを「スペース・トラベル」用に使うことになる。ケン・トンプソンはデニス・リッチーの助けを借りて「スペース・トラベル」をPDP-7で動作させることに熱中する。浮動小数点パッケージ、セミ・グラフィックス・パッケージ、デバッガまで自分で作ったそうである。PDP-7にはアセンブラもなかったので、GECOS上のクロス・アセンブラを使って開発した。道楽もここまで究めれば大したものである。

 「スペース・トラベル」のプログラムを作っていくうちに、ケン・トンプソンは、いろいろ便利なツールや、ユーティリティ・プログラムを作り出していった。これが一種のファイリング・システムになり、やがてUNIXになっていく。

 この話が本当かどうか、長い間、非常に不安であった。しかし、事実であるということは傍証から確認できる。1994年、ケン・トンプソンは2万4000ドルを払って、ロシアに行き、L39ジェット練習機とMIG-29ジェット戦闘機に搭乗するツアーに参加した。約300万円である。この費用はL39ジェット練習機とMIG-29ジェット戦闘機に搭乗する費用だけである。そのほかに旅費がかかる。400万円程度かかるのではないだろうか。MIG-29は映画『トップ・ガン』に登場するF14トムキャット戦闘機にそっくりな形をしている。

 ケン・トンプソンはMIG-29搭乗体験記をインターネットの自分のホームページに書いている。51歳でMIG-29に搭乗したいというだけあって、航空機に関する記述は正確である。MIG-29で5秒間で時速500kmから時速1000kmに加速するくだりで、ケン・トンプソンは以下のように書いている。

 「この情景を描写するのに思い付くのはスター・ウォーズのシーンだけだ。『さあ、ベルトをしっかり締めろ。これから光速にジャンプするのだから』」

 唖然とする。「スペース・トラベル」の伝説は、まず間違いなく事実だろう。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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