第55回 MPEGの父といわれる男
脇英世
2009/4/30
MPEG2は、HDTV(高品位テレビ)や衛星デジタルテレビ放送に採用された。国際標準となっても、産業界に採用されない標準規格も多いのだが、MPEGは実際に産業界へ取り入れられた。わたしも10年経過して初めて気が付いたが、それがある意味でMPEGの虚像を作り出したのである。MPEGとは電話会社がテレビ電話やテレビ会議のために作り出したものであり、本来電話会社が利用すべきものだったが、実際には放送会社が導入してパソコンメーカーも採用しようとした。つまり、MPEGは電話とは違う分野で、もてはやされすぎてしまった。その辺に、MPEGの持つ基盤の弱さが多少内在している。
1994年3月、キャリリオーネはDAVIC(デジタル・オーディオ・ビジュアル・カウンシル)を設立して、スイスのジュネーブにその本拠を置いた。DAVICは1994年の8月に正式に発足して、1999年の9月で活動を終了した。キャリリオーネは、1995年の12月まで議長兼会長を務めている。一体どのような経緯で、DAVICは作られたのだろうか。
彼自身が「DAVICの動機と目標」という論文に書いたところによれば、オーディオとビジュアルにおける標準規格の中には非互換なものが多すぎるうえ、標準化機関の動きは緩慢すぎるといった問題があるため、DAVICは「オープンなインターフェイスとプロトコルの国際的に承認された仕様をタイムリーに使えるようにして、いま登場しつつあるオーディオ・ビジュアル・アプリケーションを成功させたい」とした。
キャリリオーネは、あまりはっきりした言葉で述べていないが、当時流行したVOD(ビデオ・オン・デマンド)を国際標準に先行して推し進めようとしたのである。だが、VODは惨めな失敗に終わり、各社は密かにVOD分野から撤退したため、1999年にはDAVIC自体も解散に追い込まれる結果となった。
DAVICの失敗は、ある程度予想されたことであり、キャリリオーネは次の手を用意した。まず、1996年1月にFIPA(インテリジェント・フィジカル・エージェント財団)をスイスのジュネーブに設立する。FIPAの設立目的は「エージェントベースのアプリケーションでの相互稼働性を最大化するため、エージェント技術の仕様における開発を促進すること」であった。1997年にはFIPA97が、その翌年にはFIPA98が示された。キャリリオーネは、1999年10月まで同財団の議長兼会長を務めている。
1998年1月には、OPIMA(オープン・プラットフォーム・イニシアチブ・フォー・マルチメディア・アクセス)を設立した。OPIMAの設立目的は「消費者が受信機を獲得して、あらかじめどのようなサービスがあるかを知らなくとも、リモコンを操作する感覚で消費でき、サービスの対価を払うようにすること」であった。少し思い付き的な感じを受ける。OPIMAは、1999年10月に活動を終了した。
1999年2月になると、米国のレコーディング産業界に請われて、SDMI(セキュア・デジタル・ミュージック・イニシアチブ)のエグゼクティブディレクターに就任した。その業務は、MP3を悪用した音楽CDの海賊版や違法コピーへの対策である。 MP3の正式名称はMPEG1AudioLayer3であり、キャリリオーネはMPEGの父ともいわれる人物だから、まさにもってこいだと思われたのである。
SDMIは、MP3のコピー防止対策を発表した。これを会員メーカーのプレーヤーに組み込もうとした。だが、通信の自由化で勝利したEFF(エレクトロニック・フロンティア・ファウンデーション)は、CAFE(コンソーシアム・フォー・オーディオビジュアル・フリー・エクスプレション)を結成してSDMIと対決した。キャリリオーネは、Linuxジャーナルとも対決することになる。結局、あまり楽な役回りではなかったと見えて、2001年1月にキャリリオーネは、SDMI辞任の意向を表明した。
レオナルド・キャリリオーネは、祖父から譲り受けたブドウ畑の面倒を見るのが趣味だという。ブドウ畑で休養でもして、またやり直すのがよいのではないかと思う。
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この稿については、発表後安田浩東大教授に読んでいただいた。キャリリオーネを最もよく知る方だからである。おおむねOKであるとのお言葉をいただいた。しかし、ブドウ畑の部分については、キャリリオーネは怒るでしょう、とのことだった。
本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 |
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