第57回 SPAMメールの帝王
脇英世
2009/5/7
ところが、こうした広告ファックスを勝手に送り付けられることに対する苦情は後を絶たず、1991年の電話消費者保護法により、ジャンクファックスは非合法の扱いを受けることとなる。
そこで、サンフォード・ウォーレスは、電子メールに目を付けた。まず、AOL(アメリカ・オンライン)が項目別広告を行っていることに目を付け、AOLで項目別広告を出している100人の広告主を選び出した。
そこへ「多数のAOLユーザーの電子メールアドレスを掲載したリストがあれば購入するか」などという内容の電子メールを送ってみると、翌日30人から電子メールリストについての問い合わせがあり、45人から電子メールで広告を送ってほしいとの依頼があった。これに気を良くしたサンフォード・ウォーレスは、1週間でAOLの項目別広告主1万2000人の電子メールアドレスを集めた。そして、電子メールアドレスのリストを利用して、最初の週に5000ドルを売り上げた。破竹の快進撃の始まりである。
サンフォード・ウォーレスは、当初プロモ・エンタープライズの名前でUCEビジネスを行っていたが、1996年にサイバー・プロモーションズ(以下サイバーと略)と改名し、UCEビジネスに従事した。サイバーは拡張を続け、インターネット上でAOLに限らず多数のISP(インターネット・サービス・プロバイダ)に大量のUCEを流すようになった。このため、多数のユーザーから強い不満が出た。インターネットのトラフィックは混雑し、数分で届くはずのメールが数日もかかったりした。
サイバーがAOLに送り付けたメールは次のような膨大な数であったという。
- 1996年9月18日〜10月21日:1日平均150万通
- 1996年10月21日〜11月26日:1日平均100万通
AOLは、1996年1月26日付の手紙でサイバーに警告を与え、サイバーの使用しているISPにも多数の電子メール爆弾を送って警告を与えた。そのため、サイバーと契約しているISP2社が契約を打ち切り、接続を断った。そこで1996年3月、サイバーはAOLを訴えた。反対に、AOLも1996年4月8日にサイバーを訴えた。
サイバーは、「ISPはコモン・キャリアであり、UCEを配信するのは法的義務であり、言論の自由を保障した合衆国憲法修正第一条違反である」として、裁判所の憲法判断を仰いだ。
ペンシルベニア州地方裁判所は、「サイバーはAOLのユーザーにUCEを送る権利を持たず、AOLはサイバーによるいかなる試みもブロックできる」と命令した。これに対し、サイバーはたびたび異議申し立てを行ったが、そのたびに却下された。結局、1997年2月4日にAOLとサイバーは同意審決に達した。
ここでの同意審決は興味深い。サイバーはAOLのユーザーの同意なしにはUCEを送れないことになり、AOLはサイバーのUCEを防御する権利を保障された。ここまではまともであるが、サイバーは不公正なことをしなければAOLのユーザーにUCEを送ることを認められたのである。サイバーは程なくつぶれてしまうが、UCEの存在自体は否定されなかった。
しかし、サンフォード・ウォーレスのサイバーはやり過ぎ、次々と訴訟に巻き込まれた。主なものを列挙してみよう。
- 対コンピュサーブ(1996年提訴)
- 対ビッグフットパートナー(1997年提訴)
- 対AGIS(1997年提訴)
- 対ワールドコム(1997年提訴)
- 対アースリンクネットワーク(1997年提訴)
- 対ウェブ・システムズ(1997年提訴)
これほどの訴訟ともなれば、弁護士費用も膨大なものになる。50万ドルとも100万ドルともいう弁護士費用が出ていったうえ、裁判に負けると何百万ドルという罰金も支払わされた。さらにISPからは契約を破棄され、基幹回線を次々と切断された。またユーザーはサイバーのサーバに侵入して、これを破壊し、サンフォード・ウォーレスのメールボックスに大量のメールを送り付けて無力化するなどの抗議運動を行った。
ほとんどの裁判は同意審決で終了していく。これは事実上の敗北であった。1997年、SPAMメールの帝王と呼ばれたサンフォード・ウォーレスは降伏し、SPAMメールから撤退した。現在では音楽やレストラン経営に逃避している。
サンフォード・ウォーレスは敗北したが、ISPはUCEの禁止まで追い込めなかった。それはダイレクトメール業界が控えているからである。SPAMメールが分からない人は、毎日うんざりするほど入っている新聞の折り込み広告や、郵便箱を埋め尽くすダイレクトメールのことを考えてみるといい。ダイレクトメール業界が本格的に電子メールに手を伸ばすのは時間の問題なのである。読者がSPAMメールに悩まされるのも、そうは違い日のことではない。
本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。 |
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