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IT業界の開拓者たち

第59回 対話型ファンタジーシステムの伝道者

脇英世
2009/5/11

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 1986年には、オハイオ州立大学大学院の演劇・理論・批評学科からPh.Dを取得した。学位論文は「コンピュータベースの対話型ファンタジーシステムの設計に向けて」であった。書くものは一段と格調を増す。例えば1996年には「ユーザー中心のシステムデザインにおける擬態としてのインターフェイス:人間とコンピュータの相互作用における新しいパースペクティブ」という表題の論文を書いている。

 1987年にアクティビジョン社を退社すると、対話型メディアと対話型設計のコンサルタントになった。顧客リストには、アップル、ルーカスアーツ・エンタテインメントなど、きれいどころが並ぶ。個人的には、ブレンダ・ローレルをコンサルタントに雇ったことで、アップルの評価が高まったように記憶しているが、実際にその功績を探そうとしても、なぜかアップルの歴史を記した資料には記録がほとんど残っていないようである。ただ、1987年にアップルが出版した『ヒューマン・インターフェイス・ガイドライン:アップル・デスクトップ・インターフェイス』などには、ブレンダ・ローレルの影響を感じることができる。

 学位を取得した後、ブレンダ・ローレルは、学会活動へ重点を移した。このことが彼女の評価を高める一方、一般社会からの注目度を下げることになる。内容が難しく、一般には取りつきにくくなったためである。ちなみに1990年に発表された論文の表題は、「マルチメディア・インターフェイス設計の諸問題:メディア統合とインターフェイス・エージェント」「インターフェイス・エージェント:キャラクターを持つメタファー」である。また、同年に冒頭で述べた『ヒューマンコンピュータ・インターフェイス設計の手法』を監修している。こうして、ヒューマンインターフェイスの大家となったのである。

 さらに1990年には、スコット・フィッシャーとともに、テレプレゼンス・リサーチ社を設立している。ここでは、バーチャル環境とリモートプレゼンスシステムの研究開発を行った。そして、1992年にポール・アレンの創設したインターバル・リサーチ社に入社し、技術と文化の研究員となり、アカデミックな研究にじっくり取り組める環境に入った。

 1996年、インターバル・リサーチ社の長期的な視野での純粋研究に飽き足らなくなったという理由で、ブレンダ・ローレルは独立した。具体的には、インターバル・リサーチ社が負担した資金で、パープル・ムーン社を設立し、副社長に収まっている。やはりブレンダ・ローレルは、コンピュータ業界人なのである。

 パープル・ムーン社の事業内容は、8歳から12歳までの少女を対象としたトランスメディア会社である。コンピュータは男の子のものであって、女の子には近づきにくいというイメージを改善しようとCD-ROMを発売したが、1999年に、パープル・ムーン社は玩具メーカーのマテル社に買収された。ブレンダ・ローレルが、なぜ女の子のためのCD-ROMを作り始めたかといえば、自分に何人もの娘がいるからだろう。過去の講演記録を丹念に読んでいくと、ヒラリーという15歳になる娘がいることが分かる。また一番下にブルックという娘がいるようである。“younger daughter”でなく。“youngest daughter”という表現が使われているから、娘が3人以上はいるのだろう。また、スザンヌという義理の娘の存在も見つけられるので、けっこう複雑な結婚をしたようである。

 ブレンダ・ローレルは、何度も日本を訪れているようである。1991年に「グローバル・メディアと共通のグラウンド」という文章を書いているのだが、これが、何と夜の渋谷の駅前広場の描写から始まっている。ここでは、ウィリアム・ギブソンの著作『ニューロマンサー』の冒頭にある一文が引用されている。「港の上の空は、空きチャンネルに合わせたときのテレビジョンの色だ」。うむうむ、と引きずり込まれて読んでしまう。また、マクルーハンの引用がある。メディアの温度の概念である。さらにルイス・キャロルまで引用されており、実に計算され尽くした濃密な文章といった印象を受ける。ちなみに、渋谷以外では品川のボーリング場に行ったらしい。

 それに対し、最近の書き物は平凡で、妙にはねあがるだけでつまらない。「あの人はいまどうしている?」というような欄に登場してしまうだけのことはある。文章に先鋭さがなくなってしまったのだ。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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