第3回 コミュニケーションギャップは国境を越えて大騒動
アビーム コンサルティング
シニアマネジャー 古川英典
2008/4/14
ITコンサルタントの活躍の場は、日本だけではなく各国にも広がっている。本連載は、主に海外で活躍する日本人のITコンサルタントが、海外のプロジェクト事情などを、リレー方式で伝えていく予定だ。あなたの将来の活躍の場も、そこにある? |
■ヨーロッパといったら、何を思い浮かべますか?
前回のタイに続き、今回はドイツからお届けします。
ドイツで行われた2006年のワールドカップの余韻がほとんど消え去り、街全体に静けさが戻った2006年8月、私はドイツのフランクフルトへ赴任しました。当社は、同年2月に初のヨーロッパ拠点を設立し、4月から本格的に営業活動を開始したばかりでした。
私のミッションは、ヨーロッパ全体の日系企業への営業活動、プロジェクトへの参画、日本とヨーロッパの橋渡し役などが主たるものです。が、何せスタートアップ企業なので、「何でもやる。そして結果(数字)を出す」というのが肝でして、これはいまでも変わりありません。
読者の皆さんはヨーロッパでの駐在生活と聞いて何を思い浮かべますか?
歴史の重みを感じさせる重厚な装飾を施した建物、おいしい食事(国にもよりますが)、ゆったりとした時間の流れを感じるカフェでのひととき、速度無制限として名高いアウトバーンでの200キロ超の爆走、などなど、それぞれの興味関心次第でいろいろな情景が浮かび上がるでしょう。ただ、なぜだか大体のイメージは、ビジネスと関係ないことなのです(ちなみに私はヨーロッパでの生活は3度目になります)。
そう、これは個人的な見解ですが、少なくともビジネスの世界では、日本人にとってヨーロッパは近くて遠い地域(国)だと思います。
■ヨーロッパの魅力とは
世界の地域を大きく日・米(主として北米)・欧・亜(中国を含むアジア全域)と分けてみましょう。そうしますと、多くの日系企業は海外市場として米・亜にはかなり注力しているものの、ヨーロッパに対しては、将来性を感じてはいるものの、他地域に比べると現時点での事業規模は非常に小さいところが多数、ということが見えてきます。
このような状況を生み出す背景は何でしょうか? ヨーロッパは、国別に市場を見るとそれほど大きくはないうえに、国ごとの個性、あるいは特殊性が強いため、言語をはじめ個別対応が求められます。
その一方で、経済の成熟度が比較的高い国が多く、さらには広い意味でのキリスト教圏という共通基盤が存在します。ある程度の均質性を持つ国が隣接していることが多く、そのため汎ヨーロッパ的なアプローチも可能な場合もあります。また、急拡大するEUと旧東欧の発展は将来性から見ても魅力的です。
かように、ヨーロッパは多様性・可能性をはらんでおり、そこで唯1人の日本人として現地の人とチームを組んでコンサルティングビジネスを行うことは、得がたい経験であることは想像に難くないと思います。
そこで今回は、私の提供する幅広い(?)サービスの中から、読者の皆さんになじみの深いIT系のプロジェクトの実例を交えて、ヨーロッパの現場の一端を紹介しましょう。
■「仕様書ない」は国境がない
とある日系企業のお客さま。そのお客さまを、ここではA社と呼んでおきましょう。このA社の各拠点の規模はそれほど大きくないものの、ヨーロッパのほとんどの国をカバーしています。そして今後も、ヨーロッパでの事業規模を拡大していきたいとのこと。
ただ、共通のITインフラがないので、重複投資による無駄が生じている可能性が高く、これを機会に共通のERPパッケージを導入したい、というのが基本的な要件でした。いってみれば、汎ヨーロッパ的アプローチですね。
A社と私たちの混成チームは、メンバーの国籍もヨーロッパ中から寄せ集めたかのようなキャストです。私自身はA社の現場責任者を支援するPMOサポートという役割でプロジェクトに参加しました。また導入するERPベンダからは、最初の導入拠点へのITコンサルタントとして、自社のパートナー企業(仮にX社とします)を紹介してきました。プロジェクトでの共通言語は英語です。
パッケージ選定までは順調に終了し、現状分析から構想策定、そしてギャップ分析と定石どおりの手順を踏まえ、ギャップ分析レポートの最終ドラフト確認のときのこと。
これが完了しないと開発工程へ入れないので、本プロジェクトとしての最初の関門です。レポートがX社から提出された後の会議での席上で、次のようなやりとりがありました。
A社のプロジェクトマネージャ(以下A社PM) 「古川さん、私は英語が苦手なのでよく分からないんだけど、こんな薄っぺらいレポートで何が分かるんですかね。そもそもわれわれが伝えたはずの個別要件が反映されているとは思えない」
私 「そうですね、A社PMさん。確認しましょう。X社さん、御社で使う方法論はいいんですが、結局A社が求める標準外の個別要件をどのような仕組みで開発するのか、簡易版でもいいので仕様書のようなものを作成していただけないと、システムの全体像・開発工程での工数・予算の妥当性も検証できないですよ」
X社 「仕様書はないです。これまで100社以上への導入実績がありますが、仕様書を作ったことはありません。そもそもなぜ必要ですか。結果としてシステムが作れればそれでいいじゃないですか。実際の開発工程に入ったら別の人間が来ますので、そこで詳細は詰めてください。というわけで、承認のサインをお願いします。さあさあ」
お客さまの要求に細かく対応する日本人と異なり、あくまでも自分のロジックを正としてゴリ押しをしようとするのはヨーロッパ人(企業)ではよくあることですが、もちろんこれを受け入れるわけにはいきません。そこで私が取った対応はいかなるものだったかは、これは企業秘密の1つとなるので詳細は申し上げられませんが、何とか私は自分の意見を通しました。
同じプロジェクトから、別の事例も見てみましょう。
■誰が正しいかが分からなくなる
開発フェイズに入り、私たちのメンバーを販売管理系・調達系・会計系に分け、それぞれの担当者に個別機能の仕様書を作成してもらうことになりました。すると、ドイツ人の調達系担当者から5日間で作成すべきドラフトが2日で提出されてきました。そのうえ、品質としてもある意味ものすごく細かい。さすがバカンスをたくさん取りながらも最高級の高級車を作り出す国の人は効率が違うな、と思ったものでした。
しかし彼は、「これだけではつまらないので、A社が本当に求めている機能はどうあれ、自分が美しいと思う機能を融合した仕組みを構築したいがいいか?」と聞いてきました。その意気や良し。しかしながら工数とか予算とは関係ない個人の突き抜けた世界へ行ってしまうのはプロジェクト上困るので、いまのままでいいと説得しました。すると、「君は僕のやろうとしていることの意味を理解していない!」となぜだか怒られ、さらにほかのヨーロッパ人も巻き込んで、「古川さんは日本人だからしょせんヨーロッパ人とは違う」といい出す始末です。
そのドイツ人にすれば、自分が正しいと思ったものを少なくとも肯定されなかった時点で、自分の全人格が否定された、あるいはプライドをくじかれたように受け取ったようなので、仕返しをしたかったのでしょうか。また、周りもそれを支持するのです。しかもあろうことか、この混乱に乗じて自分たちのこれまでの落ち度をプロジェクトマネージャのせいにする。大概にしていただきたいものです。
その一方で、そのドイツ人に賛成し肩入れする連中が、陰に回っては「僕たちは古川さんの味方だからね。だってあいつはドイツ人で、ドイツ人は好かないんだよね」などと平気でささやくのです。時には同じ国籍同士で、時にはヨーロッパ人同士で、さらには大陸と英国など、まさに変幻自在なヨーロッパ人の個性のぶつかり合いや合従連衡を繰り返すのです。
もちろんいまではこのような状況に陥っても驚きませんし、対処法を学びましたが、当初はこうしたぶつかり合いや合従連衡には困りました。
私はどれが真実なのか、何を、そして誰を信じてプロジェクトを進めていけばいいのかがまったく分からなくなるときがあったのです。このような状況こそ、かのサミュエル・ハンチントン教授の高名な著作である『文明の衝突』のビジネス版ではなかろうか、と勝手に思っていました。
■皆さんへのアドバイス
上記の冗談のような事例は、数多くある中のほんの序の口にすぎません。
当初は戸惑いの連続でしたが、それらを1つ1つ克服することで、非常に鍛えられました。
ここで、将来ヨーロッパで働いてみたい、コンサルティングファームのグローバルプロジェクトに携わりたい、という希望をお持ちの皆さんに、ごく私的な観点からアドバイスをさせていただきます。
(1)日本語をうまく使えるようになりましょう
「は?」と思う方も多いでしょうが、母語以外の言葉でコミュニケーションを取る必要が高まるほど、母語のスキルがその人のコミュニケーションスキルを決定付けるのを痛感します。
ただし、これは日本語のボキャブラリーを増やせばいい、ということではありません。
自分の伝えたいことは何か、そして相手が自分に伝えようとしていることは何か、を突き詰めると、文章は簡略かつ無駄のないものになってくるはずです。とはいえ、日本語は非常に繊細な言語なので、そこから適切な表現を選び抜くのは結構大変な作業なのです。英語の勉強をする前に、日本語を使いこなせるようになりましょう。
(2)まずはいまの環境で成果を出す
私も20代半ばに感じたことがあるのですが、当時目の前にある仕事がつらくなると、「なぜこの仕事をやる必要があるのか?」「自分にはこの仕事は向いてない」「いっそ海外プロジェクトなどに出れば環境も変わるし、自分をもっと生かせるはず」などと、根拠のない三段論法を、熱く周囲の人間に語っていたこともありました。
確かに環境を変えることで、自分の内面の変化からパフォーマンスが向上することはあります。しかし、厳しい見方をすれば、ある環境で最善の努力をしたにもかかわらず結果を出せない人が、環境を変えるだけで同じ仕事で成果を挙げることは極めて難しいのです。まずは現在の環境で自分で考え得る最善の成果を出しましょう。「海外」は逃げ道にはなりません。
(3)明確なゴールと型(フレームワーク)を持とう
ヨーロッパ人はあいまいさを嫌います。「そのへんうまくやってよ」という言葉は通用しません。ですので、組織レベルであれ、個人レベルであれ、何かタスクを依頼するときは明確なゴールと、それを実現するためのフレームワークを与えましょう。広義の意味での方法論です。ただ勘違いしていただきたくないのは、このフレームワークは自ら試行錯誤して作り上げるもので、ほかから与えられるものではない、ということです。
基本的にヨーロッパ人は個人主義であり、個人の総和が組織なので、例えばチームワークを考慮せずにかなり好き勝手にやろうとします。ですので、フレームワーク、いい換えれば作業のルールを与えることで、彼らの生産性をうまく引き出し向上させることができるのです。
賢明な読者の方はすでにお気付きでしょうが、前述の2つの事例で私が取った対処法のヒントは、最後の(3)のアドバイスに隠されていたのです。
最後に、これらの意見が皆さんの今後のキャリア形成に少しでもお役に立つよう願っています。
次回はアメリカ西海岸からプロジェクトの様子をお伝えする予定です。
筆者プロフィール |
古川英典(アビームヨーロッパ駐在 シニアマネジャー)◆外資系ファームでITコンサルタントとしてキャリアをスタートし、大手企業へのERP導入、SCM計画系ツール導入、BPRプロジェクトなどを経験。2001年にアビーム コンサルティングに転職し、M&A関連業務を主たる業務とする。その後、ヨーロッパの拠点開設から参画し、唯一の日本人として、ヨーロッパ全域の幅広い顧客層に対して営業からプロジェクト管理まで担当。国際関係論修士。エラスムス大学(Erasmus Universiteit Rotterdam)MBA。 |
@IT自分戦略研究所のITコンサルタント関連記事
ITコンサルタントのイメージをつかむ
外資系コンサルタントのつぶやき
@IT自分戦略研究所は2014年2月、@ITのフォーラムになりました。
現在ご覧いただいている記事は、既掲載記事をアーカイブ化したものです。新着記事は、 新しくなったトップページよりご覧ください。
これからも、@IT自分戦略研究所をよろしくお願いいたします。