第1回 「分からないんで教えてください」はいけないの?
ナレッジエックス 中越智哉
2007/4/26
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■しんじ君、初めての作業でつまずく
めでたくシステム開発部に配属されたしんじ君、さっそくあるプロジェクトに参加することになりました。このプロジェクトのマネージャは麻根主任というベテランのITエンジニアで、プロジェクトメンバーはしんじ君のほか、数人の先輩社員たちです。
麻根主任 | みんなちょっと集まって。今日からうちのプロジェクトに中山君が加わることになった。きちんと面倒見てやってくれよ。 |
しんじ君 | よろしくお願いします! |
麻根主任 | 元気がいいねえ。中山君にお願いする仕事はこの後詳しく伝えるけど、もし何か分からないことがあったら、私か……そう、鮫島さんあたりに聞いてみてくれ。 |
しんじ君 | はい、分かりました。 |
麻根主任 | 鮫島さん、頼むよ。 |
鮫島さん | はい。 |
鮫島さんは、20代後半くらいに見える先輩エンジニアです。無口そうで、少々近寄りがたい雰囲気を醸し出しています。
その後すぐにしんじ君にも作業が与えられました。あるモジュールのテストの実施です。
麻根主任 | 中山君、じゃあこのテストを頼むよ。 |
しんじ君 | はい、分かりました。作業はどういう感じで進めればよいでしょうか。 |
麻根主任 | 内容はテスト仕様書に書いてあるから、その指示に従って進めてくれればいいよ。モジュール自体は鮫島さんがセットアップしてくれているから、ここに書いてあるURLにアクセスすればいい。 |
しんじ君 | はい。 |
さすがに新入社員のしんじ君には、いきなり難しい業務は与えられません。それでも開発経験のないしんじ君は緊張しています。
いわれたとおり、テスト仕様書を見て作業を進めていきます。どんな操作をして何を確認すればいいかが書かれているので、途中まではそのとおりに進めることができました。
しかし、あるテストまで進んだところでしんじ君は困ってしまいます。
しんじ君 | あれ、このテストの操作って、どうやればいいんだろう? 指示されている画面がどうやっても出てこない……。困ったなぁ……。始めてまだ15分くらいしかたってないけど、ちょっと鮫島さんに聞いてみよう。 |
しんじ君は鮫島さんの席へ行き、質問してみました。
しんじ君 | すいません、鮫島さん、質問があるのですが……。 |
鮫島さん | (ちらっと振り返り、またすぐディスプレイに戻って)何? |
しんじ君 | (うっ、と少しうろたえて)じ、実は、いまやっている作業なんですが、どうにもうまくいかなくて困ってるんです。 |
鮫島さん | 「困ってる」だけいわれてもこっちが困るんだよね、いま手が離せないから後で来て。 |
しんじ君 | (かなりうろたえて)はい、すいません……。 |
聞きたかったことが聞けなかったしんじ君は、麻根主任にも質問しようかと考えたのですが、あいにく顧客との打ち合わせで外出中のようでした。
「後で来て」といわれたので、また出直せばいいようにも思えましたが、鮫島さんのいい方を考えると何となくそれだけでは済まないような気がするしんじ君。結局、午前中はあまり作業がはかどらないまま、お昼休みとなりました。
お昼は研修で仲良くなった何人かの同期と外食。しんじ君は、午前中に起きた小さな「事件」を同じシステム開発部の若尾さんに話してみました。
しんじ君 | ……という感じなんだけど、若尾さん、どう思う? |
若尾さん | う〜ん、どうなんだろうね? 確かに、忙しかっただけじゃないような気もするけど。 |
しんじ君 | やっぱり、僕が何かいけなかったのかな? |
若尾さん | でも、人間て誰でも機嫌の悪いときってあるじゃない? 午後になってもう1回聞きに行ったら、意外とすんなり教えてくれるかもよ。 |
しんじ君 | そうかなぁ……。 |
若尾さん | そうそう、あまり深刻になっちゃダメだよ。 |
しんじ君 | うう〜ん……。 |
■しんじ君、失敗を悟る
若尾さんの予想どおりであればいいなぁとは思いつつ、やはりどうも違うような気がしたしんじ君。お昼を済ませた後、まだ始業まで時間があったので、昨日紹介された面田さんのところへ行ってみました。
しんじ君 | 面田さん、すいません。 |
面田さん | やあ中山君、どうしたんだい? 何だか顔色が良くないようだけど。 |
しんじ君 | あの、実はですね…… |
しんじ君は面田さんに午前中の小さな「事件」について話しました。
面田さん | なるほど、確かにそれは中山君もまずかったね。 |
しんじ君 | やっぱりそうなんですか。でも、どのあたりがまずかったんでしょう? |
面田さん | そうだね、まず中山君、質問するとき何を持って行った? |
しんじ君 | 何って、いえ、別に何も……。 |
面田さん | それがまず1つ。例えば、中山君がせっかく鮫島さんに聞いた質問の回答を、もし作業しているうちに忘れてしまったらどうすると思う? |
しんじ君 | え……。そうしたら、もう一度聞きに行くと思います。 |
面田さん | 鮫島さんは自分に与えられた仕事を持っているのに、中山君に同じ回答を何度もしなければいけないとなったら、どうだろう? |
しんじ君 | あっ、そうか。 |
面田さん | 鮫島さんの作業がその分遅れてしまうよね。だから質問に行くときはメモ帳は必ず持って行くことだよ。 |
しんじ君 | はい。 |
面田さん | それと、メモ帳を持って行くのは、単に質問の答えを控えるためだけじゃないんだ。その質問に関連したアドバイスを受けるかもしれないし、相手がリーダーやマネージャの場合、次の業務の指示をされるかもしれないよね。 |
しんじ君 | なるほど……。 |
面田さん | 次に、質問したときの中山君の説明だね。中山君は、鮫島さんに自分がいまどういう状況になって困っているか、説明したかな? |
しんじ君 | 説明しようとはしたのですが、取りあえず「分からなくて困っています」とだけいってしまいました。 |
面田さん | 質問される人の立場になってみると、「何だか分からないけどとにかく困っている」といわれるのが一番困るパターンなんだよ。 |
しんじ君 | それは、どうしてでしょうか。 |
面田さん | 先輩エンジニアにとっては、詳しい状況を聞かされればすぐに原因が分かるような質問も多いんだ。実際に自分が若いときに経験していることもあるからね。 |
しんじ君 | なるほど、つまり僕が質問するときにどんな状況で困っているかを的確に説明できれば、鮫島さんも時間をかけずに答えることができるということですね。 |
面田さん | そう。つまり「とにかく困った」といわれた場合、その状況を鮫島さんが逐一中山君から聞き出さなければいけなかったり、場合によっては実際に中山君の席に行って一緒に調べたりしなければいけなくなるんだ。 |
しんじ君 | そうするとそれだけ鮫島さんの作業がストップしてしまう……。 |
面田さん | そうだね。会社の先輩と後輩は、学校の先生と生徒じゃない。みんなそれぞれに仕事を抱えているよね。だから、仲間の時間を費やすっていうのは、結構重みのあることなんだよ。 |
しんじ君 | はい、分かりました。ありがとうございます! |
■再び鮫島さんに質問
しんじ君は再び鮫島さんのところへ行きました。もちろん、手にはメモ帳とペンを持っています。
しんじ君 | 鮫島さん、ちょっとよろしいですか。 |
鮫島さん | あ、ちょっと待って……(キーを素早くパチパチと打ち終わる)。はい何? |
しんじ君 | いま、○○のモジュールのテストをしているのですが、15番のテストの操作がうまくできないんです。 |
鮫島さん | どういうこと? |
しんじ君 | 指示されている画面に、どう操作してもたどり着けないんです。 |
鮫島さん | そうなの? ちょっと仕様書見せて。 |
しんじ君 | はい。 |
鮫島さん | ふむふむ……あ〜これね、これはちょっと手順がややこしいんだよ。(PCで実際に操作しながら)まずこっちの画面で○○をして、次にそっちの画面で○○をするんだ、そうすると、元の画面から15番の画面にいけるリンクが出てくるだろ? |
しんじ君 | あーなるほど、そうだったんですか(メモを取りながら、これは1度聞いただけでは覚えられなかったかも、と冷や汗)。ありがとうございます。 |
鮫島さん | うん。ああ、あとね、こっちのテストの操作も結構ややこしいんだよ、やり方は……。 |
しんじ君 | あ、はい……。(再びメモを取る) |
鮫島さん | ……と、こんな感じでできそう? |
しんじ君 | はい! ありがとうございました! |
こうして、しんじ君は面田さんのアドバイスを基に、無事に鮫島さんから回答をもらうことができました。
「質問の仕方にも、いいとか悪いとかがあるものなんだな。鮫島さんの作業を遅らせてしまうかもなんて意識、全然なかったな……。
先輩の時間を無駄に使わないようにするためにも、今後は質問の内容をきちんと整理して、メモ帳も忘れないように気を付けようっと」。しんじ君は帰りの電車に揺られながら、今日の出来事を振り返るのでした。
今回のインデックス |
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筆者プロフィール |
中越智哉●北海道出身。北海道大学大学院電子情報工学専攻修士課程修了。在学中はJavaとLinuxに熱中。卒業後、Javaの仕事にあこがれ、1999年にテンアートニに入社。Java の受託開発案件や教育事業、コンサルティングなどを幅広く担当した後、2006年2月に同社を退社。同年3月にナレッジエックスを設立。 JavaをはじめとするIT開発技術の教育に奔走する。趣味は自転車と草野球、そして毎日欠かさない耳かき。 |
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