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日本のITエンジニアを幸せにしたい

日本のITエンジニアを幸せにしたい

長谷川玲奈(@IT自分戦略研究所)
2007/11/29

成功例を積み上げて

 もちろん、すべてが順調だったわけではない。立ち上げのごく初期のころ、ATSが「子会社」扱いされ、メンバーがなかなか現場のコンサルタントに受け入れられないという状況も正直あったという。安間氏はその解決のために奔走した。「冗談で『宮沢賢治型マネジメント』といっていたんですが、東にそういう声があると行ってウエスタンラリアット、西にそういうことがあればかかと落とし。というふうに説教して歩きましたね。時には怒鳴ったり、アクセンチュアの経営層を夜11時くらいに集めて、対応するよう強く依頼したり。

 おれたちに、ちゃんとした力を発揮できる場をよこせと。われわれの究極の目的は、プロジェクトを成功させてお客さまににこにこ笑っていただくことです。そのためにこういう組織をつくって、優秀なエンジニアを集めたのだから、その人たちと協力しなければもったいないでしょうと」

 その甲斐あって、しばらくするとそんな状況は跡形もなくなった。「ぼくは途中までATSの人間に、『お前ら大丈夫か? パシリみたいな扱いされてないか?』というようなことをよくいっていました。あるとき、『安間さん、それやめた方がいい。そんなこといってるプロジェクトはもうないから』といわれました。ATSがいなければ、アクセンチュアでシステム開発ビジネスはできないといわれていると。うれしい声でしたね。『宮沢賢治型マネジメント』の成果というより、ATSのメンバーが成功を示していったからだと思います。

 最初の1つ目のプロジェクト、2つ目3つ目くらいまでは大変でした。しかし成功が2、3続くと相乗効果を生むので、後はいい意味で雪だるま式ですよ」

「素晴らしい」ITエンジニアこそが、ATSの企業価値を高める

 このようにいろいろな状況はありながらも、ATSは成長を続けてきた。この間、安間氏は「ごく当たり前のことかもしれませんが」と前置きしたうえで「N対N、1対Nという関係ではなく、1対1掛ける650ということを心掛けてきました」と話す。これはATSのトップである安間氏が、社員1人1人と「1対1」で向かい合ってきたという意味だ。

 「メーカーやパッケージベンダであれば、素晴らしい商品を作って、それが世の中で認められることによって、その会社の価値が高まります。でもぼくたちの売りは『人』です。素晴らしい人が何のフィルターもなく、企業価値を高めることと直結しているんです」。つまり社員1人1人の成長こそが、直接ATSの企業価値につながっているということだ。

 「『お前は歯車だからさー』といわれて、『よーし、頑張ろう! 歯車として』なんていう人はいません。すごくいい仕事をしてもらうためには、素晴らしい人々に対して、それぞれの素晴らしい違いを認めていくことだと思っています」

 その思いが、「1対1掛ける650」という接し方につながる。「それなりに酒を飲んだりそれなりに話したりしているので」、安間氏は社員約650人中、600人の名前は分かると話す。「でも実は、名前を覚えていることそのものはどうでもいいんです。『こいつは確かこの前奥さんが病気だったな』とか、『あのプロジェクトでけっこう大変な思いをして、おれに文句いってたな』という付帯情報を持っていること、つまり人として認めていることで、結果として名前を覚えている。トイレで会って『よう、元気?』といったときに、その人が『ああ、見ててくれてるんだ』と思えることが、モチベーションに少しは寄与してるのかもしれないと思いますね」

 もう1つ、安間氏がこの5年間心掛けてきたことがある。「強い意志を持ち、それを主張し続けること、そしてその意志を変えないこと」だ。

 「ぼくは、リーダーシップは『意志』だと思っています。ぼくがこの組織を、この仕事をこうしていきたいんだ、という意志を持つことだと思うんですよ。『こうしたい』という意志を持ち続け、主張し続けること。しかもそれを変えないこと。表現を変えるのは構わないけれども、いうことを変えないこと。それがリーダーシップ、信頼感になると思っています。

 基本的にぼくは、手法こそ変えてますけれども、いっていることとやっていることはこの5年間も、その前からも全然変えていません。エンジニアを幸せにしたいと願い、エンジニアとコンサルタントがN対Nでスパークしたらすごく面白い仕事ができると思って行動し続けています」

ITエンジニアを幸せにするには

 「エンジニアを幸せにしたい。そのためにまずATSのエンジニアを幸せにし、ATSのマーケットでの発言力を上げることによって、いずれはIT業界全体に影響を与えたい」ということは、自らがITエンジニアである安間氏の大きなテーマであるようだ。そのためにもATSでは外部依存率を低く保ち、「自前主義」を貫こうとしている(参考記事:「ITエンジニアは現場で育つ」)。

 現在のITエンジニアを取り巻く状況には、2つの課題があると安間氏は話す。「多重構造」と「きつい・厳しい・帰れない、いわゆる3K」だ。

 安間氏によれば、多重構造には2つの大きな罪がある。1つは中間マージンの問題。「多重化すればするほど、中間マージンは多くなる。そうすると末端のエンジニアは、どんなに頑張っても給料が上がらないんですよね。お客さんが支払うお金が100万円でも、最後の4次請けのエンジニアにいくお金は60万くらいになってしまう。そこから逆算した給料というのは、下がって当たり前なんですよ」

 もう1つは、システム開発という仕事の全体像を把握できないという問題だ。「多重化すればするほど仕事はこま切れになり、『私たちはここ、皆さんはここ』というように完全分担制になってしまう。そうすると、全部の仕事をちゃんと分かる人が世の中にいなくなってしまう」

 加えて、オフショア開発の推進による影響も懸念される。「上海・大連のエンジニアもすごく優秀だし頑張っている。素晴らしいです。でも、いつまでも彼らに依存し続けるだけではいけない。仕事を分担してやっていかないと、いつか日本はシステムの自給自足ができなくなります。そこも含めて考えていかなければと思っています」

 3Kについては、安間氏は「すごく不思議」という。システムテストの最中、米国本社のスタッフに「次のミーティングは夜10時から」と告げて仰天されたエピソードを話してくれ、「ぼくが知っている限りでは、こんな状況は日本だけですからね。おかしいですよね。理由がよく分からないのです」と話す。

 中間マージンが発生し、仕事が細分化されるような構造を改革し、3Kという状況を変えていかなければ、「日本のエンジニアは育ってこないし、幸せにもならない」と安間氏はいう。


ATS流、残業の減らし方

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