「コーチング」を身に付けよう〜必要とされるビジネススキル、マネジメントスキル

第4回 コーチング・フローで会話をスムーズに

小田美奈子(執筆)、竹林一(監修・執筆協力)
2005/4/13

ここ数年、新聞、雑誌でも多く取り上げられ、注目を集めている「コーチング」。本連載では、ITエンジニアが身に付けておくと役立つコーチングの考え方、活用事例を紹介するとともに、職場や生活ですぐに実践できるコーチング・スキルについても解説します。

 本連載の「第1回 コーチングが注目される理由と定義を知る」ではコーチングが注目されている背景や基本的な考え方、「第2回 プロジェクトリーダーのコーチング実践記」ではビジネスにおける活用として、プロジェクトリーダーがコーチングを実践した事例、「第3回 コーチングの基本スキルを会得しよう」では、コーチングの基本スキル「聴く(傾聴)、質問、認める」の3つをご紹介しました。

 4回目となる今回は、引き続きコーチングの実践編として、「コーチング・フロー」と呼ばれるコーチングを取り入れた会話の流れをご紹介します。

会話をスムーズにするコーチング・フロー

 前回のコーチングの基本スキルに続き、今回ご紹介するのは、コーチングを取り入れた会話の一連の流れで、コーチングを進めるうえでのベースとなるものです。

 例えば、職場でリーダーが部下と進ちょく確認のためのミーティングを1対1で行うときなど、コーチング・フローを意識することで、「いま、どの地点にいるのか? これからどこに向かっていけばよいのか?」が明確となります。

 コーチング・フローは下記のステップから成り立っています。

ステップ1:セットアップ
ステップ2:現状の確認・明確化
ステップ3:望ましい状態の明確化
ステップ4:現状と望ましい状態のギャップの分析
ステップ5:行動計画の立案
ステップ6:フォローと振り返り


参考:『コーチング・マネジメント』(伊藤守著、ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)

各ステップのポイントは、下記のとおりです。

まずは安心感を築く

◆ステップ1:セットアップ
会話をスタートする前に、相手(今回の例では部下)が、話しやすい環境をつくることが大切です。コーチングは相手の可能性を信じ、相手が本来持っている力を発揮させることをサポートするシステムであり、コミュニケーションのスキルですが、相手とスムーズにコミュニケーションするための基本となるのが、相手との間に安心感を築くことです。安心感を築くことで、相手が話しやすくなり、よりたくさんの話を引き出すことができます。

  あるIT関連企業に勤務するMさん(男性・27歳)は、上司Kさん(男性・34歳)との週1回のミーティングを苦手と感じていました。MさんはKさんに対して威圧感を感じ、自分の話したいことや仕事上で悩んでいることを話しにくいと思っています。

  一方、上司のKさんは、Mさんが自分にあまり話をしてくれないことにいらだちを感じていました。これは、2人の間に安心感が築かれていないケースです。安心感を築くには、コーチングの考え方の基本である「相手の可能性を信じ、相手が本来持っている力を発揮させる」というマインドを持つことが前提となります。

 上司のKさんは、あるテレビ番組でコーチングを知りました。コーチングの考え方に興味を持ち、コーチングに関する本を何冊か読んでみたところ、部下のMさんがあまり話してくれないのは自分に問題があったことに気付きました。そこでKさんは、Mさんの持っている力を信じ、Mさん本来の良さや可能性を発揮させようという意識を持ってMさんとミーティングをすることにしました。

 また、相手と安心感を築くスキルの1つである「ペーシング」も取り入れてみることにしました。ペーシングとは相手のペースに合わせることで、具体的には話すスピードや声の大きさ、声の調子などを合わせます。

 Kさんが早口なのに対し、Mさんは比較的ゆっくりと話します。ミーティングでは、Mさんは最初はぽつりぽつりと話していましたが、KさんがMさんのペースに合わせて話をよく聴くようにしたところ、以前よりもたくさん話すようになりました。

  このように、相手が話しやすい環境をつくりだすことが、コーチングの最初のステップ「セットアップ」です。

「聴く」「質問」で話をたくさん引き出す

◆ステップ2:現状の確認・明確化
相手が現在どのような状況なのか、事実を確認します。そして、相手がそのことに対して、どのように考えているかを聞きます。このステップでは、相手の話をよく聴き、質問をしていくことで、より具体的な現状を把握します。

◆ステップ3:望ましい状態の明確化
ステップ2で現状を把握した後、相手がどのような状態になると望ましいか、目指す状態を明確にします。

 ここでのポイントは、望ましい状態を漠然としたものではなく、誰が見ても分かるような具体的で客観的な指標で表すことです。これを「定量的基準」といい、通常は数字で表します。
例:今後は、A社との会議にかかる時間を減らしたい。
  →来週の1週間で、A社との会議にかかる時間を4時間減らしたい。

 また、望ましい状態になって得られるものや達成のイメージをできるだけ具体的にすることで、次なる行動のアイデアが生まれやすくなります。このステップ3では、特に「質問」のスキルが有効となります。質問を投げ掛けることで、相手の中にある答えを引き出し、イメージを具体的にしていきます。

◆ステップ4:現状と望ましい状態のギャップの分析
現状と望ましい状態とのギャップを明確にしていきます。また、ギャップを引き起こしている背景や理由を明確にすることも有効です。

◆ステップ5:行動計画の立案

ステップ4で現状と理想のギャップを明確にした後、そのギャップを埋めていくための行動を決めます。ここでのポイントは、質問のスキルを使って、相手にできるだけ多くのアイデアを出してもらうことです。また、「挑戦のスキル」などを使い、相手が想定している以上の行動を提示することもあります。

◆ステップ6:フォローと振り返り
目標を立てた後、それに向かって行動を起こすために、フォローすることが大切です。具体的には、会話の最後に、次にいつ話すかを決め、その行動を取ってどうだったかを伝えてほしい旨を伝えます。そして、次回相手と話したときの「振り返り」では、その行動を取って気付いたことや感じたことを聞きます。もし、相手がうまくいっていないと感じていたら、障害になっていることなどを確認していきます。

コーチング・カンバセーションの例

 ここで、コーチング・フローに基づいた会話(コーチング・カンバセーション)の一例を記載します。先述のMさんとKさん(上司)とのミーティングでの会話です。

◆ステップ1:セットアップ

Kさん 「Mさん、連日おつかれさま。この間Mさんが作ってくれたプレゼン資料、よく調べてあって、みんなが助かったよ。ありがとう」
Mさん 「そうですか、ありがとうございます」

◆ステップ2:現状の確認・明確化

Kさん 「今日のミーティングはA社のプロジェクトの進ちょくを確認しようか。いまはどんな状況かな?」
Mさん 「当初のスケジュールより3日ほど遅れていますが、予備日があるので大丈夫だと思います」
Kさん 「そうか。予備日のおかげで助かったね。ほかにいま、気になっていることはある?」
Mさん 「実は、A社との会議に時間が取られているのが気になっています」
Kさん 「A社との会議か。先週1週間では、どのくらい時間がかかったの?」
Mさん 「先週は会議が2回あって、それぞれ約4時間かかりました」
Kさん 「トータルで8時間か。そのことについてMさんはどう感じてる?」
Mさん 「さすがにちょっとかかりすぎだなと自分でも思います。これが作業の遅れにつながっているのではないかと思っています」
Kさん 「会議の時間が長いことが、作業の遅れにつながっていると考えているんだね」

◆ステップ3:望ましい状態の明確

Kさん 「1回の会議の時間がどのくらいになればベストだと思う?」
Mさん 「そうですね、せめて1回2時間で終わらせたいです」
Kさん 「1回2時間になれば、どんなメリットがありそう?」
Mさん 「まずは作業の遅れも取り戻せるし、B社の仕様書作りにも、時間をかけられそうです」

◆ステップ4:現状と望ましい状態のギャップの分析

Kさん 「いまは4時間かかっている会議の時間を2時間に減らすことが目標、そのための方法を今日考えてみることでOKかな?」
Mさん 「はい。ここが一番気になっているので」
Kさん 「4時間かかっている原因は何だと思う?」
Mさん 「会議の前にできることをわざわざ会議でやっていることがありそうです。あとは、自分の進行の問題ですかね」

◆ステップ5:行動計画の立案

Kさん 「そうか。会議を短くするために、何かできそうなことはある?」
Mさん 「会議前に出席者に事前に資料を配っているのですが、なかなかきちんと目を通してくれていないようです。まずは見てもらうよう、もう一度メンバーに伝えてみます」
Kさん 「それはいいアイデアだね」
Mさん 「あと、いま話していて気付いたのですが、資料を配るタイミングが遅すぎたのかもしれません。いまは会議の前日に配布しているので、次回はせめて2日前には配ろうと思います。」
Kさん 「そこに気付いたのはよかったね。ほかには考えられる?」*注1:選択の幅を広げる質問)
Mさん 「あとは、会議の進行を見直すことですね。会議前にイメージをつくって、おおよその時間配分を決めて、もっと効率的に進めたいと思います」

Kさん 「会議をもっと効率的に進行するために必要なものってある?」*注2:リソースを見つけるための質問)
Mさん 「必要なものですか。本を読むことですかね……。でも、それよりもうまくやっている人から直接教えてもらえるといいのですが。そういえば、先輩のWさんの進行は、無駄がないというか、すごく参考になったので、Wさんからコツを教えてもらおうと思います。」
Kさん 「Wさんか。それはいいね。ほかには?」*注1:選択の幅を広げる質問)
Mさん 「いまのところ思いつくのは、この3つです。」

Kさん 「話を聞いていて思ったけど、Mさんなら2時間どころか1時間でできると思うよ」*注3:挑戦のスキル)
Mさん 「うーん、そうですね。資料を2日前に配って、自分の進行を仕切り直せば、もしかするといけるかもしれないです」
Kさん 「いいね。ここまで話してみて、どう?」*注4:エバリュエーション)

Mさん 「そうですね。会議を1時間で終わらせるなんて、最初は思ってもみませんでしたが、工夫すればできそうな気がしてきました」
Kさん 「これまでのMさんの仕事ぶりから考えたら、できると思うよ。今日の話を確認すると、A社との会議に時間がかかっていることが問題で、現在1回4時間かかっているのを1時間で終わらせるという目標ができた。そのためには、会議の資料を2日前に配ること、会議の進行を見直すこと、Wさんに話を聞く、という3つが挙がったね。どれから手を付けられそう?」
Mさん 「まずはWさんにメールしてみます。その後、会議の進行を見直してみます。配付資料を2日前に配るのは、来週の会議からできそうです」
Kさん 「相変わらず行動が早いね。ほかに何か話しておきたいことはある?」
Mさん 「これらが改善されればストレスが減りそうです。ありがとうございました」

◆ステップ6:フォローと振り返り

Kさん 「次回のミーティングで、やってみてどうだったか、ぜひ教えてください。次回のミーティングは1週間後の同じ時間に。もちろん何か困ったことがあったら、いつでも相談してください」
Mさん 「はい、ありがとうございました!」

 この後、Mさんは先輩のWさんにメールを送り、翌日のランチの約束を取りつけました。そして1週間後のミーティングで、上司のKさんに結果を報告します。

Kさん 「Mさん、会議の件、やってみてどうだった?」
Mさん 「実は昨日会議があったんですが、何と1時間15分で終わったんです」
Kさん 「○○○○」

 もしあなたがKさんだったら、Mさんにどんな言葉を伝えますか? そして、その後の会話もぜひ展開させてみてください。

*注1:選択の幅を広げる質問
Kさんは「ほかには何か考えられる?」という質問をすることで、Mさんからできるだけ多くのアイデアを出してもらおうとしました。このように、コーチングでは選択の幅を広げて、できるだけ多くの選択肢をつくり出します。そして、複数の選択肢からベストな選択肢を選びます。

*注2:リソースを見つけるための質問
目標を達成するため、問題をより早く解決するために、その人が持っているリソース(資源)を考えてもらうための質問です。リソースには、人、モノ、金、情報、時間やその人のこれまでの体験などがあります。

*注3:挑戦のスキル
上司のKさんは、Mさんに「2時間どころか1時間でできると思うよ」と投げ掛けました。Mさんの力から考えて、もっと高い目標も目指せると考えたのです。挑戦のスキルによって、相手の可能性を広げる効果があります。

*注4:エバリュエーション
上司のKさんは会話の途中で、「ここまで話してみて、どう?」と、Mさんに確認しています。いま話を振り返って気付いたことや、それまでに得られたものを確認することで、考えをいったん整理することができます。

 以上、コーチング・フローに沿った会話例とスキルについてお伝えしました。必ずしも、このステップにとらわれる必要はありませんが、このフローを意識することで、相手が今どの地点にいるのか? どこに向かおうとしているのか? そして、必要なアクションは何かが、より明確になります。

 今回ご紹介したコーチング・フローと前回のコーチング・スキル、そしてコーチング・マインド(相手の可能性を信じ、相手が本来持っている力を発揮させる)、この3つを意識して実践してみましょう。そして、ぜひ実践してみた感想をこちらまでお寄せください。

 次回最終回は、ソフト開発会社勤務の男性がコーチングに出合い、職場で活用している体験談をお伝えします。

 なお、本連載では、コーチングのエッセンスのみをお伝えしていますので、よりコーチングについて深く知りたいという方は、「スキル創造研究室Book Review コーチングを学びたい人におくる5冊」の記事を参考にしてください。今回の参考書籍の一部も紹介されています。

参考書籍
『コーチングマネジメント』(伊藤守著、ディスカバー)
『入門ビジネスコーチング』(本間正人著、PHP研究所)
『コーチングの技術〜上司と部下の人間学』(菅原裕子著、講談社現代新書)
『コーチング・バイブル』(ローラウィットワース、フィルサンダール、ヘンリーキムジーハウス著、東洋経済新報社)

執筆:小田 美奈子
1968年生まれ。消費財メーカーで商品開発・マーケティング業務に携わるうち、コーチングの考え方に出合う。2000年11月より、コーチ養成機関であるコーチトゥエンティワン、CTI ジャパンにてコーチングを学ぶ。現在は「本当にやりたい仕事につき、自分らしく幸せに生きる」をテーマに、20〜30代の会社員を対象に、転職・就職・独立に関するキャリアコーチングやワークショップを実施している。財団法人生涯学習開発財団認定コーチ/日本コーチ協会東京チャプター監査監事。

監修・執筆協力:竹林一
オムロン ソーシアルシステムズ・ソリューション&サービス・ビジネスカンパニー セキュリティソリューション事業推進室 エンジニアリング部長。1981年立石電気(現オムロン)入社。事業企画室にて非接触ICカードシステム、ATM後方支援システムなどの新規事業化に従事。その後、駅務システム開発部にて国内・海外の駅務システムSE、スルッとKANSAI、関東パスネットなど大規模システムを開発プロジェクトリーダーとして推進。新規事業開発部長、グーパス推進部長を経て、2004年から現職。共著として『ここまできた!モバイルマーケティング進化論』(日経BP企画)がある。
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