エンジニアが価値を生むための発想法

最終回 顧客の「真の要求」が分かる技術者を目指せ

前田卓雄
2008/12/12

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アイデア出しが役立つ場面

 幸いなことに、どんな企業も常にさまざまな課題を抱えている。従って、さまざまな提案が可能であり、いっそう豊富なアイデアが必要になる。

 例えば財務分析を実行すれば、在庫・仕掛かり・売り掛け・買い掛け・売り上げ・利益などの課題が見えてくる。情報分析やデータ分析を行えば、利用されている情報やデータが業務にどのように役立っているか(あるいは、役立っていないか)が分かる。組織モデルや人材育成モデルを分析すれば、現状の組織における人材配置(責任や権限の割り当て)や、将来必要となる人材育成の課題が見えてくる。業務の進め方を分析することによって、非効率的なプロセスやワークフローが見えてくる。こうして課題をいくつも挙げることができ、アイデア出しの素材である「課題」を収集することができる。

 集めた課題を解決したい、すなわち「自社・仕事の進め方などを良くしたい」「現状を変えたい」と考えれば、アイデア出しや提案の方向性が見え始める。では、具体的にどんなアイデアが出てくるのか。

 TRIZ(発明的問題解決の理論)には、経営問題を解決するため、あらかじめ経営効果に影響を及ぼす39のパラメータが用意されている(図4参照。なお、参考としてソフトウェア問題を解決するために用意された21のパラメータを図5で示した)。

  1. R&D能力
  2. R&Dコスト
  3. R&D時間
  4. R&Dリスク
  5. R&Dインターフェイス
  6. 生産の方法/能力/手段
  7. 生産コスト
  8. 生産時間
  9. 生産リスク
  10. 生産インターフェイス
  11. 納入の方法/能力/手段
  12. 納入コスト
  13. 納入時間
  14. 納入リスク
  15. 納入インターフェイス
  1. 製品の信頼性
  2. サポートコスト
  3. サポート時間
  4. サポートリスク
  5. サポートインターフェイス
  6. 顧客からのフィードバック
  7. 情報量
  8. コミュニケーションフロー
  9. システムに影響する(有害)要因
  10. システムが生成する(有害)要因
  11. 便利さ
  12. 適応性/融通性
  13. システムの複雑さ(の削減)
  14. 制御の複雑さ(の削減)
  15. 緊張度(の減少)
  16. 安定性
図4 経営問題解決用TRIZで使用するパラメータ

  1. 静的サイズ
  2. 動的サイズ
  3. データ量
  4. インターフェイス
  5. 速度
  6. 正確性
  7. 安定性
  8. 検出能力/測定能力
  9. 時間損失
  10. データ損失
  1. システムにより生成される有害効果
  2. 適合能力/汎用性
  3. 互換性/接続性
  4. 使いやすさ
  5. 信頼性/堅牢性
  6. セキュリティ
  7. 美しさ/見ばえ
  8. システムに影響する有害効果
  9. システムの複雑さ
  10. 制御の複雑さ
  11. 自動化
図5 ソフトウェア問題解決用TRIZで使用するパラメータ(参考)
出展:『Systematic (Software) Innovation』 Darrell Mann著

 TRIZを適用したアイデア出しのプロセスでは、解決したい課題を「改良したいパラメータ」の1つに置き換える。すると、一方で別のパラメータが悪化するという「矛盾」が見つかる。これを踏まえて、「矛盾マトリクス」上の発明原理を適用し、アイデアを生み出す(矛盾マトリクスの見方は前回の図6参照)。

 例えば、納入時間を良くしたい、すなわち「納入時間(パラメータ#13)」を短縮したいとすると、在庫の増加、すなわち「納入コスト(パラメータ#12)」が増加するという矛盾が生じる(筆者注:矛盾マトリクスはTRIZが提供するさまざまなツールの1つにすぎない)。TRIZの「矛盾マトリクス」上のパラメータ#13とパラメータ#12が交差する個所を見ると、適用可能ないくつかの発明原理が紹介されている。この場合は、発明原理3、10、24、38である。例えば、発明原理10「先取り作用」は、2つのサブ原理「必要とされる前にシステムあるいはオブジェクト(の全体あるいは一部)に要求された変更を実施する」「(システムあるいはオブジェクトの)要素をあらかじめ調整して、最も便利な個所から納入時間に損失が生じないように行動できるようにする」として、さらに詳しく紹介されている。そして、一例にすぎないが、ジャストインタイムで使用するカンバン方式、流通段階でのディーラやデポの活用など、具体例を示している。例えば、ジャストインタイム/カンバン方式を採用することにより、在庫を増やさずに納入を可能にしてはどうか、という提案である。

顧客が本当に求めるもの

 課題を出発点にアイデア出しを進めることで、提案素材が増える。増えた提案素材を分類整理したり組み合わせたりすれば、さらにアイデアが増えることになる。このアイデアの中から有望ないくつかのアイデアを提案としてまとめる。

 提案の豊富さは顧客の真剣な検討を生む。しかし、豊富な提案だけではまだ何かが足りない。決め手が欲しい。顧客の多くは、さまざまな分析を通じて図2で示したような現状モデルをすでに頭に描いている。つまり、現状は分かっているが、そこからどう抜け出て、将来モデルの経営効果(目標)にどうすればたどり着けるかを知りたい、と考えている。だから、顧客の本当の狙いに対して、ストレートに応える決め手を明確にしておかなければならない。

商談を勝ち取る

 顧客によっては、ベンダ提案をどのように評価するかを明示している場合もある。しかし、多くはベンダの選定プロセスや評価方法を詳細に明らかにすることはない。このため、ベンダ選択の背景にある考え方を理解しておくことが商談を勝ち取るうえで有効である。

 図6は、顧客企業がビジネス要求からプロジェクトを選択する際の選択基準の例である。通常、アイデア出しを通じてまとめた提案書は、顧客のビジネス要求をベースに、プロジェクトの選択基準に沿ったベンダ提案の評価基準で選定される。

図6 顧客側のベンダ選定基準

 アイデア出しを提案プロセスに役立てようとすれば、顧客側の経営目標や経営効果に立ち入り、そこから出てくるベンダ選定の評価軸に合った提案を生み出せるようにしなければならない。ここでもアイデアが必要であろう。このように、商談過程はアイデア出しの実践の場として最適である。

アイデア出しワークブック

 4回の連載を通じて、アイデア出しプロセスのアウトラインを紹介してきた。実践するには、次のような心構えが必要だ。

  • 日常の仕事の中に何か問題がないか、気付きや思いつきでよいからアイデアを書き残す

  • 何かを見たとき、それが「誰のため」か、「何のため」かを考える

  • 「何が究極の理想解なのか」「どうすれば理想に近づけるのか」、思い浮かんだことを書き留める

 実行し始めれば、自然と身に付いて、改善したくなる。読者に適した方法はどんな方法だろうか。ここでもアイデアが必要だ。

 問題解決、思考方法、アイデア出しにはさまざまな方法が提案されている。もしアイデアが必要であれば、工夫が必要であろう。筆者の工夫はアイデア出しをいつでも書き留めることと、アイデア出しの思考プロセスを楽しめるようにワークブックを準備しておくことである(TRIZの発明原理「先取り作用」の適用)。

 このワークブックの左側のページには、なかなかアイデアの出ない自分を励ますために、アイデア出しのプロセスやヒント集が書いてある。右側のページには、発明したいテーマを対象とした、ちょっとした考えやアイデアを記録している。こうして、思考プロセスを行ったり来たりして、アイデアを深めることができるように工夫している。もちろんTRIZやUSIT(統合的構造化発明思考法)の体系的な方法をベースにしたものである。

 いろいろな創意工夫をして、アイデア出し、提案、新製品の開発などを楽しんでみてはどうだろうか。楽しいこと限りなしである。

筆者プロフィール
前田卓雄(まえだたくお)

匠システムアーキテクツ株式会社 代表取締役

外資系コンピュータベンダのシステムエンジニア、デロイトトーマツコンサルティングを経て独立。主に、ユーザー企業、行政機関、大手システムインテグレータ、ハイテク企業、大手組み込みソフトウェア開発ベンダにおいて、情報戦略の立案、ユーザーが自ら作成するRFP(提案依頼書)作成を支援、ソフトウェアビジネスのプロジェクトポートフォリオ、プログラムマネジメント、プロジェクト管理とプロセス改善、開発プロジェクト管理システムの開発、バグ削減・欠陥予防・ソフトウェア生産性や競争力向上コンサルティングに従事。

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