第5回 「減速ビューチェンジ」で良好な人間関係を築こう
樋口研究室
飯田佳子
2010/2/18
「自分は正しく行動している」と考えていても、評価者がそう感じていなければ、あなたの評価はあなたが納得する形でなされない可能性が高い。評価者に考え方を変えてもらう? もちろん、それは不可能ではないが、はっきりいって非常に難しい。むしろ、自分のビュー(視点)を相手のビューにチェンジ(変化)させた方が楽だ。 |
■なぜか昇格しない女性エンジニア
今回はITサービス会社に入社して10年になる女性エンジニア「Aさん」の事例を紹介する。
Aさんは顧客先に常駐して仕事をするITエンジニアだ。まじめな仕事ぶりのAさんは間違ったことが大嫌い。「相手の仕事のやり方がおかしい」「理屈に合わない」と感じると、それが上司やお客さまでも、ズバリと指摘する。
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入社して10年、ふと周りを見ると、およそ自分より目立たないと思われる同僚やお客さまが管理職に昇格していた。自分はいまだ主任にもなっていない。なぜわたしだけ取り残されているのだ!? そういう疑問を持ち始めたころ、Aさんはわたしのところにやって来た。
■痛いところを突きまくるエンジニア
会社で部下を査定するのは上司の役目だ。10年間、Aさんが昇格しないというのは、上司の評価が低かったからではないか。しかし、Aさんの仕事ぶりに問題はなさそうだ。「Aさんはかなり相性の悪い上司に巡り合ったのだ」。最初、わたしはそう考えていた。
しかし、Aさんがいうには、この10年で何度も社内の組織が変わり、上司はそのたびに変わったという。Aさんは出会ったすべての上司と相性が合わなかったのか? わたしの疑問はさらに深まった。
わたしがAさんの上司に会うことは難しい。敵(上司)の問題を調べるより、まずは味方(Aさん)に問題がないか調べてみよう。わたしはそう思った。
上司が部下に予定外の仕事を依頼するケースはよくある。上司と部下のトラブルはこんなときに発生することが多い。こういうとき、Aさんは上司に、どんな対応をするのだろうか。
そこでわたしはAさんに「上司から緊急のコンプライアンス(法令順守)の全社研修に出席しろと指示が来た。あなたならどう対応する?」と尋ねてみた。Aさんは「わたしは法令を無視して仕事をした覚えはない」というらしい。確かに、誰も法を破ってまで仕事をしようなどとは思っていない。
わたしは続けて「会社の必須教育だから都合をつけて出席してくれないか」といってみた。Aさんは「予定外の作業はお客さまに迷惑を掛ける」というらしい。これもそのとおりだ。
さらにわたしは「理由はわたしがお客さまに説明する。だから、どうしても出てくれないか」と頼んでみた。するとAさんは「会社全体でリスク管理ができていないからこんなことになる」というらしい。え、リスク管理? どうもAさんは、社員の法令順守のリスク(従業員が順法に契約を進めないこと)に対して会社はもっと早くから気付いて対応すべきだった、そう思っているらしい。理屈に合っている。
それでもわたしは「出席してほしい」とAさんに頼んだ。するとAさんはようやく「分かりました」といってくれた。しかし、続けて「こんなことが続くと社員のモチベーションが下がり続ける」といった。加えて「今回は出席しますが、今後はこんなことが起こらないよう社長や部長にいってください」といった。まったくもって理にかなっている。
Aさんは上司やお客さまに対して、本当にこういう会話をしているのだろうか。わたしは少し驚きながらAさんに尋ねてみた。すると「そのとおりです。正しいことをいっているだけです」と答えた。
Aさんの発言はロジカルで、ストレートだ。内容は非の打ちどころがないぐらい完璧(かんぺき)である。しかし、同時に、Aさんとの会話には逃げ場のない「窮屈さ」を感じた。
■避ける、遠ざける、逃げる上司
わたしが感じたことを素直にAさんに話してみた。するとAさんは声を荒げた。「会社は組織変更が多すぎる」「管理職がころころ変わる」「勉強しない管理職が多い」「課長は役員が発信したメールをルーティング(転送)しているだけ」「会社には人材育成プランがない」「女性がうまく活用されていない」などなど……。どれを聞いてももっともで、分かりやすい指摘だった。
わたしはAさんに、いつも上司にこういう内容をしゃべっているのか尋ねてみた。Aさんは本社への帰社日や定例会議、目標面談のときには、毎回上司にきっちりいうらしい。
Aさんの姿はすがすがしい。お金を払うお客さまは喜ぶだろう。同僚からみても、いいにくいことをズバリといってくれるので頼りになるのだろう。しかし、Aさんを管理する上司にとって、Aさんはできるだけそっとしておきたい存在かもしれない。もし上司が弱気なタイプの人であれば、Aさんと会うたびにグサグサと串刺しにされるように感じ、Aさんを避けたいと思うかもしれない。ひょっとしてAさん、10年もの間、常駐先で上司からメンテナンスされずに放置されていたのではないか。わたしはそう感じた。
Aさんにこの話をすると、Aさんの気持ちはヒートする(熱くなる)ばかり。わたしの推測が真実かどうかは分からない。しかし、Aさんが会社でキャリアパス(方向性)をつくれていないことは事実だ。この状態が続くと、Aさんには会社の情報が入ってこなくなる。そのうち先輩の指導はなくなるだろう。研修も受けられなくなる。毎日ただ会社の案件をこなすだけ。このような状態でキャリアを築くのは難しい……。
■直ちに反応せず、余裕を持った会話をする
Aさんの頭の回転スピードは速い。情報量も豊富だ。この調子で相手と会話をすると、内容が悪口や批判に発展した場合、相手をたたきのめしてしまうことになる。
Aさんが、魅力的な人であることは確かだ。自信と信念があり、強さも持っている。そういうAさんが、いまの性格を変えてしまったら、逆に輝きを失ってしまうだろう。
わたしはAさんの魅力をキープしたままで、行動を改善する方法がないか考えてみた。結論はこうだ。
Aさんは相手の行動にとても敏感だ。(行動の)品質が悪いと、非難がいきなり口をついて出る。これを改善するのはけっこう時間が要る。ゆえに、できるだけAさんの頭の回転スピード(会話の速度)を遅らせて、相手に考える間(ま)を与えることができないか。
こういったときによく使うのが、会話に「休み」を入れる方法だ。思いついたことをペラペラとしゃべるのではなく、いったん自分の言葉を止めてみることで、相手に考える余裕を与えるのだ。
相手に話し掛けるときは、必ずその前に3秒、数えてみてほしい。頭に言葉が浮かんでも、すぐに口には出さず、頭の中で「1秒、2秒、3秒」と3つ唱えてから口に出す。そんなアドバイスをAさんにした。これで会話に適当な間(休み)を入れることができる。
しかし、やってみるとAさんの「休み」は少しずつ短くなる。最初は1秒でも、それが0.5秒になり0.3秒になるのだ。Aさんの頭の回転スピードはなかなか遅くならない。
そこでわたしは、頭で数えるのではなく、目で数えさせてみようと思った。
何かいいたくなったら、相手の顔のどこでもいいから「3カ所見ろ」とアドバイスした。それも勢いよく3カ所を見るのではなく、1カ所ごと、そこに目を留めて確認せよ、といった。車のミラーで後方の車を確認するような感じで。この方法で、高速回転するAさんの発言に休みを入れるようお願いしたのだ。
その後、Aさんと会うたびに会話の「休み」の練習をしている。先日のこと。Aさんは上司と面談する機会があったという。Aさんは、わたしがアドバイスしたとおり、上司の顔を3カ所見ながら会話をした。
Aさんがいうには、相手の顔を3カ所も見ていると、いままで見逃していた(相手の)心の動きや思考の様子が見えてくるらしい。この調子でいけばAさんの高速運転も少しずつ安全運転になり、会社や上司の示す標識でスムーズに目的地へ行けるかもしれない。
■ビューチェンジであなたの速度を調節する
自分の思うように相手が動かないときは、イラついてばかりいないで、自分の行動スピードが相手の行動スピードと合っているかどうか、考えることが大切だ。自分は正しく頭を使っていると思っていても、ひょっとしたら無駄なところに頭を使っていたりするかもしれない。余計なことを考えすぎてスリップしてしまうと、パフォーマンスが落ち、事故にもなりかねない。
以下に紹介する「減速ビューチェンジ」は、少しイライラしてきたかも? そう感じてきたときに使える方法だ。頭が余計な回転をしているときには、脳や心のギアをチェンジ(調整)しよう。そうすれば、安全走行のための余裕(パワー)が生まれる。
減速ビューチェンジを使ってあなたの速度を調整する |
1.止まってみるビュー
疲れてきたら思い切ってブレーキを踏んで止まってみる。いままで見えなかった景色(仕事や人の環境)が見えるので、そこから次に進むべき道を考える。
2.緩めてみるビュー
時には速度を落としてみることも大切だ。雨で濡れた曲がり角(苦境時)では、スリップ事故を回避するため、速度を落とすものだ。
3.戻ってみるビュー
来た道を戻ることも大切だ。一度通った道(経験)を戻ることは遠回りに思えるが、行き止まりだと分かったら、さっさと戻ろう。その道は二度と通らなくなるので、同じ失敗を避けられる。
減速してできた余裕は、あなた自身のキャリア開発や戦略策定のような、新しい道を切り開くパワー(燃料)として活用すること。これがとても大切だ。
筆者プロフィール |
飯田佳子●樋口研究室の認定ITコーチ。会社では、プロジェクトの品質管理の仕事をしている。システム構築には技術やプロセスも重要だが、もっと重要なのは人間の品質アップ。そう信じて、日々、社員のパフォーマンス向上を目指している。 |
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