仕事に役立つビューチェンジのノウハ

第6回 クリエイティブな行動に使えるビューチェンジ

樋口研究室
飯田佳子

2010/3/18

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「自分は正しく行動している」と考えていても、評価者がそう感じていなければ、あなたの評価はあなたが納得する形でなされない可能性が高い。評価者に考え方を変えてもらう? もちろん、それは不可能ではないが、はっきりいって非常に難しい。むしろ、自分のビュー(視点)を相手のビューにチェンジ(変化)させた方が楽だ。
 

 「“新しい”ものを作る」「“新しい”行動を起こす」……。「新しいものを生み出す」というクリエイティブな行動は、一般的には非常に難易度が高いと考えられている。しかし、ビューチェンジを使って、クリエイティブな行動を日常の行動に置き換えてみると、クリエイティブという言葉につきまとう難易度を劇的に下げることができる。

■参加するだけではダメ

 今回は、社会人5年目の若手エンジニア「Aさん」が登場する。

 Aさんは「セキュリティ研究会」という社外勉強会に参加している。月に一度、参加者(メンバー)が持ち回りでネタを用意し、発表をする。Aさんはこの研究会に参加して1年になるが、(わたしから見ると)参加の仕方に少し問題があった。Aさんはせっかく研究会に参加しているのに、人の発表を聞いている(聴講する)だけなのだ。会場の隅に座り、終了後のアンケート用紙には、何も書かないという参加態度をかたくなに守り通していた。

 有志による研究会というのは、参加者全員がさまざまな作業を持ち回りで担当しながら運営していくのが普通だ。発表者は発表内容を構想し、レジュメを準備して、当日の発表に臨む(アウトプット)。そのほかの参加者は、(参加者が)発表内容を理解(インプット)できるように準備(出欠確認や会議室確保、資料コピーなど)をする。

 これらの作業をメンバー全員でローテーション(巡回)させることで、知識や経験を均等に配分していく。「インプット」と「アウトプット」の役割をメンバー間でバランスよく割り当てていくことで効果が出るのが研究会というものなので、Aさんのように一方(この場合、インプットだけ)に偏っている人がいると、研究会の活動自体に悪い影響が表れる。

 研究会のリーダーは、研究会の活動を通じて参加者が得られるメリットを十分理解している。それゆえ、参加者の活動には常に気を配っていた。そしてあるとき気が付いたのだ。「Aさんは一度も研究会の発表者になっていない」と……。

■ついに、やらざるを得なくなったAさん

 あるとき、Aさんは発表者に指名された。Aさんは、かなりあせった。そして考えた。なんとか発表から逃げる方法はないだろうか……。

 「人に何かを解説するというのは技術力の高い人がすること」だとAさんは考えていた。それゆえ、自分でプレゼンの企画などしたこともないのであった。会社で発言はするけれど、それは資料の棒読みであって、プレゼン(説明)ではないという。また、Aさんの会社では、資料を作成するのに表計算ソフト(エクセル)を使うのが普通で、プレゼンソフト(パワーポイント)を使った経験はほとんどなかった。

 確かにAさんにとって、発表は荷が重い作業だろう。そういう事情もあって、わたしは最初、Aさんと一緒に発表から逃げる口実を考えた。「その日には、年に一度の会社のイベントがある」「実家の家族が来る」「病院の予約が入っている」など、いろいろと考えた。しかし、これらの口実は過去に全部使ってしまっていたのであった。

■Aさんは一生、逃げ切れるのだろうか

 わたしは思った。ウソや口実で逃げる手はある。しかし、ウソをつくと、また次のウソを作らなければならない。機会があるごとに研究会のリーダーは、Aさんに発表を求めるだろう。一度の発表を逃れるために、一生の間ウソをつきとおすのは、ちょっとしんどい……。だが待て……。よく考えると、研究会まで1カ月(4週間)もあるではないか。タイムアウト(時間切れ)になってしまったわけではない。わたしがサポートすれば、ひょっとしたらAさん、研究会で発表ができるかも……。

 「残りの4週間で研究会の発表を作ってみない?」。そうAさんに提案した。Aさんは悩んでいたが、「このままでは、ずっと新しいことができないのでは?」というわたしのアドバイスにAさんも「確かにそうだ」と感じたらしく、発表の準備に前向きな姿勢を見せ始めた。

■“4週間プロジェクト”が発進した

 研究会の発表資料を作成する作業は、料理と似ている。素材(テーマ)を決め、調理(資料を作成)し、皿に盛り付ける(プレゼンする)。それを研究会のメンバーに味わってもらう。

 良い料理を作るには、素材(テーマ)選びが大切だ。だが企画立案の経験がないAさんにこの作業はツライ。

 そこでわたしは、過去に研究会で取り上げられた発表リストを見せてもらうことにした。そこに何か良い素材が転がっているのではないか。

 リストを眺めると、そこには「守る」「隠す」「管理する」という単語が見える。それを見てわたしは思った。(IT環境を)「守る」「隠す」「管理する」といったセキュリティ作業が必要になってきたのはなぜか。セキュリティの歴史を調べて紹介してみてはどうだろうか。技術一辺倒の内容よりも新鮮ではないか。Aさんもこの素材選びに納得してくれたので、さっそく調理(資料作成)をスタートしようということになった。

 1週目のこと、Aさんが資料を作ってやってきた。資料は表計算ソフト(エクセル)で作られている。発表はパソコンとプロジェクターで行うので、エクセルの資料はスクリーンに収まらず、格好が悪い。

 そこでわたしは、プレゼンソフト(パワーポイント)で、文字や図を埋め込むだけのテンプレート(ひな型)を作り、Aさんに渡した。文字は大きめで、色は1色だけ、アニメはなし。相手に伝えたいと思うことだけをきっちり資料に書くように。Aさんにそう指示した。

 2週間目のこと。Aさんは資料を作り直してやってきた。資料をパラパラと眺めると、図や絵がまったくない。

 わたしは図を挿入する場所を指定し、そこに検索エンジンの「画像」オプションでヒットした最適な画像をコピーで貼付するように指示した(個人の利用範囲で)。

 3週目のこと。作成した資料をAさんに説明してもらうことにした。資料を目で追うだけでなく、言葉で追った方が、欠点を見つけやすいからだ。

 やってみると意味不明な部分や説明不足の個所がいくつも見つかったので、修正するよう指示した。

 さて最後の4週目。資料の作成(調理)もゴールが見えてきたので、プレゼン(盛り付け)の準備をしなければいけない。経験がないながら、少しでもAさんのプレゼンがうまくいくよう、精度アップを目指さなければならない。

 そこでわたしは、樋口研究室と同じフロアーにある会議室にパソコンとプロジェクター、ホワイトボードを用意した。そして、Aさんの資料をスクリーンに投影し、プレゼンの予行演習をやってもらうことにした。

 聴講者はわたし1人だったが、Aさんはかなり緊張していた。

 ……持ち時間(45分)をはるかにオーバーしてプレゼンが終わった。最後にプレゼンの時間管理の方法をアドバイスして、4週間のプロジェクトは終了した。あとは本番を待つだけだ。

■大失敗をやってしまったAさん

 発表の日。Aさんは一生懸命やった。ところが予定を10分も「早く」終了してしまったのだ。時間オーバーを恐れて早口になりすぎたという。また、重要なポイントを1カ所、いい忘れたそうだ。余った時間は、研究会のリーダーが機転を利かせてくれて、ディスカッションで乗り切ったそうだが、Aさんはこの失敗で、かなり落ち込んだ。

 とはいえ、Aさんは自分で素材を決め、資料を自作し、自らプレゼンしたのだ。新しいものを作り出したわけだ。この結果は、別の機会に必ず成果として表れる。わたしはそういって、Aさんを励ました。

 1カ月後のこと。Aさんが明るい顔をして樋口研究室に現れた。何かいいことがあったようだ。

 Aさんいわく、研究会のアンケート集計によれば、Aさんの発表の評価がかなり高かったらしい。Aさんの発表に満足した参加者が8割もいたそうだ。この評価には、Aさんだけではなく、わたしも驚いた。ほかの発表者に比べると資料やプレゼン方法が整理されていて、面白かったらしい。

 「これから研究会のアンケートはしっかり書くようにします!」。Aさんはそう宣言した。

■料理を作るようにクリエイティブな作業を実行する

 何かを生み出したり、作り出したりするクリエイティブな作業は、一見するととても難しいように思うかもしれないが、過度に恐れることはない。実はわたしたちは日常生活において、意外と多くのクリエイティブな作業に携わっているものなのだ。例えば、料理(クッキング)である。

 料理をビューチェンジして眺めてみると、「クッキングビュー」が見えてくる。一見すると「素材集め」や「調理」「盛り付け」といった単純作業にしか見えないが、よく分析すると、新しいものを作り出す行為の本質(エッセンス)が浮かび上がってくる。

図 クッキングビューを使ってクリエイティブな作業を実行する

1.素材を集めるビュー

 クリエイティブな作業では、良い素材(ヒト、モノ、カネ)を集めることがキーポイントだ。素材集めがうまくいけばいくほど、結果的に良いものが完成する。

2.調理するビュー

 集めた素材は知識や経験を総動員して加工(調理)するわけだが、このタイミングで専門家の助言をもらえると、それがスパイスとなって生まれてくるものの出来栄え(品質)が変わる。

3.盛り付けるビュー

 完成したら、きれいに盛り付けて(ディスプレイして)、たくさんの人に評価して(食べて)もらおう。そこで得られた批評は次回の作業に必ず生きる。

 何かを始めるときに必ず「ゼロから始めなければ」と思っていると、なかなか最初の一歩を踏み出せない。そうではなく、自分の強みやスキル、友人関係などを冷静に観察し、まずはそれらを“素材”にして「取りあえず有り物でやってみる」感覚を持つと物事は先に進みやすい。

筆者プロフィール
飯田佳子●樋口研究室の認定ITコーチ。会社では、プロジェクトの品質管理の仕事をしている。システム構築には技術やプロセスも重要だが、もっと重要なのは人間の品質アップ。そう信じて、日々、社員のパフォーマンス向上を目指している。

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