図解言語入門:図解の技術を覚えよう
第5回 ピラミッドの課題をレビューする
開米瑞浩(アイデアクラフト)
2004/7/28
話すこと、書くこと、そして思考を図に表して理解する。当たり前で簡単なようだが、意外と訓練していないとうまくいかない。では、それを習得した場合のメリットとは。それは、相手とコミュニケーションにおいて誤解が少なくなること、より理解できるようになること、伝えるための道具になること、といったことだ。ITエンジニアに必須のコミュニケーションスキルの土台を、言語を図解化することで理解しやすく構築しよう。 |
■前回の問題
前回(「第4回 ピラミッドには執念が必要」)出題した問題に対して、多数の方からご応募をいただきました。今回は模範解答のほか、読者の皆さんからいただいた回答のレビューをしていきます。
では、最初に質問と問題を再度掲載しておきましょう。
質問 |
下記の文章は、あるIT企業の社長が全社員に向けて送ったメッセージの一節です。この文で社長は何をいいたかったのでしょうか。その「主張」と、それを支える「根拠」を、ピラミッド構造を使って整理してみてください。 その際、「主張」の直下、1層目にくる根拠には特に注意して、1層目だけを順番に読んでも意味が分かるように念入りにチェックしてください。また、いい回しは原文そのままを安易に使わずに、端的に分かりやすいようにいい換えられないかを考えてください。 |
問題文:ある社長のメッセージ |
何年も前から、日本経済は不況の底に沈んでいるといわれてきました。実際、不況であること自体は事実として受け止めざるを得ません。 IT業界はもともと景気の影響を受けやすい業界です。というのも、近年の情報システムは、売り上げ向上のような直接的なメリットよりも、ホワイトカラーの生産性の向上といった間接的なメリットを提供するためです。それなのに多額の投資に加えて運用コストもかさみます。 不況の中ではどうしても設備投資は削減される傾向にあります。まして、売り上げに直接メリットのない投資は敬遠されます。だからこそIT産業は景気の影響を受けやすいのです。 この不況の中で、IT業界の企業として生き残っていくために必要なものは何だろう? 私はずっとそれを考えてきました。 そして得た結論は、提案力が必要だというものです。 不況だからこそ、企業は不況を乗り切るための提案を求めています。そこでいう提案というのは、具体的なメリットが得られるものでなければならず、またそのことを企業が理解し実行できるものでなければなりません。 そうした案を考え出し、そしてアピールできる提案力を、身に付けていかなければならないのです。それが、私たちがIT業界で生き残っていくために不可欠な課題です。 |
■模範解答
では、模範解答を示します(図1)。
図1 模範解答 |
ピラミッドの頂点にくるのがメインメッセージですが、これは自社の社員向けにいっているので、「われわれには提案力が必要である」でも構いません。当事者意識を高めるためにはその方がいいかもしれません。
メインメッセージの直下にはキーラインメッセージを置きます。この言葉は略してキーラインといいます。今回は「IT業界は不況に弱い。しかも現在は不況である。企業はその不況を乗り切る提案を求めている」という流れになります。
このキーラインはできるだけ1本のストーリーでつながるように並べてください。例えば、「(C)企業は不況を乗り切る提案を求めている」は、「(B)現在は不況である」の後にこないと不自然ですね。こうした順序関係を意識することによって、1つ1つのメッセージの意味をしっかりと理解し、実感を込めて説明できるようになります(なお、キーラインの太い矢印はこの記事での説明のために置いただけで、実際には書く必要はありません)。
■メインメッセージとキーライン
さて、それでは実際の回答例を見てレビューしていきましょう。図2はTさんからいただいたものです。
図2 Tさんの回答例 |
メインメッセージが長く、切れ味が悪くなっています。そぎ落とせるモノはどんどんそぎ落とすことを心掛けてください。例えば、「不況の中で」というのはここではなく、キーラインに出てくるべきです。
そう思ってキーラインを見ると「現在は不況である」という認識が出てきません。これがないとキーラインのほかの2つが浮いてしまうので「不況である」というひと言をキーラインに置くようにしましょう。
もう1つ重要なことで、この社長の考える「提案力」とは、実は「企画力と説明力」のこと、つまり
- 企画力=具体的なメリットのある計画を作る能力
- 説明力=その企画を説明する能力
のことで、この2つがそろって提案力であると考えるべきです。ところが、メインメッセージに「情報システムのメリットを企業に提案できる力」と書いてしまうと、「メリット」が目立ってしまい、企画力を重視しているかのような印象を与えます。
また、ピラミッド構造の基本的なルールですが、1箱1メッセージの原則の観点で少々問題があります。「企業はメリットのある提案を実行して不況を乗り切りたい」という部分には、「メリットのある提案が欲しい」と「不況を乗り切りたい」の2つのメッセージが交じっています。「○○して、××する」といったいい回しにはそんなケースが多いので注意してください。
ほかの回答例にもあったのですが、「多額の投資」と「運用コスト」は並列にせずに一本化した方がいいでしょう。原文では「多額の投資」と「運用コスト」を区別して使っているようですが、要するに「カネがかかる」ということであって、それが開発費なのか運用費なのかは付随的な問題です。そのため、模範解答のように「(A-2)ITにはお金がかかる」とするのがいいと思います。その場合、(A-1)でも「投資」ではなく「お金」という単語を使って、
(A-1)不況になるとお金をかけられない
(A-2)ITにはお金がかかる
と、「お金」でそろえると、そのつながりを読み取りやすくなります。
「お金」というのは「設備投資」や「運用コスト」よりもはるかにアバウト、いいかげんな単語ですが、逆にそのいいかげんさが必要な場合もあるわけです。
■1箱1メッセージの原則を思い出そう
次に、Sさんの回答例(図3)を見てみましょう。
図3 Sさんの回答例 |
こちらも1箱1メッセージ原則の違反があります。「○○であるために、××である」というようないい回しは、○○と××に分けられないかどうか、注意してみてください。この回答例もよく読むと、ピラミッドの下部で説明されているのは「景気の影響を受けやすい」の方だけで、「提案力が重要」の方についてはまったく説明されていないのです。
もう1つ、「景気の影響を受けやすい」を説明するためには、「不況のときは(一般論として)投資をしにくい」という一文が必要ですが、欠けています。MECE(ダブリなく、かつ、モレなく)の原則をもっとよくチェックしてみましょう。
さて、次にKさんの回答例です(図4)。
図4 Kさんの回答例 |
これはちょっと変わった回答ですね。まず1つ問題なのはピラミッドの頂点、メインメッセージです。「主張と根拠」のピラミッドでは、頂点は「誰かの行動を変える」ような主張でなければなりません。仮に社長がメインメッセージの一言だけをいったとしてみましょう。
「わが社がIT業界で生き残るための会社の方針です」
これだけでは何も分かりませんね。……で、方針は何なの? とあらためて聞かないと、誰も何の行動も取れません。それに対して、
「わが社がIT業界で生き残るには提案力が必要です」
であれば、必要なのは提案力であって、少なくとも体力やお笑い力や団結力ではないことが明らかに分かります。このメッセージであれば、「提案力」についてピンとくる人ならば、ひと言聞いただけで提案力を高めるための行動(プレゼンテーションの研修に通う、業界知識を勉強する、など)を始めることができます。メインメッセージはこのように「行動を起こすことができる」メッセージでなければなりません。
もう1つ、この回答例では「状況・分析・対策」という3つのくくりがあまり意味をなしていません。特に「状況」と「分析」は何が違うのかはっきりしません。この問題では「状況・分析・対策」の層は必要ないでしょう。
レビューは以上です。
意外に難しかったでしょうか? MECEや1箱1メッセージといったピラミッド構造のルールをきちんと意識してピラミッドを組み立てるのはなかなか難しいものです。しかし、それを通じて「言葉の意味」を非常に敏感に感じ取ることができるようになります。皆さんもぜひ、何かを主張する場合、あるいは他人の主張を分析する場合には、ピラミッド構造を地道に作って考えることをお勧めします。
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