図解言語入門:図解の技術を覚えよう
最終回(第7回) サーキットの課題をレビューする
開米瑞浩(アイデアクラフト)
2004/10/6
話すこと、書くこと、そして思考を図に表して理解する。当たり前で簡単なようだが、意外と訓練していないとうまくいかない。では、それを習得した場合のメリットとは。それは、相手とコミュニケーションにおいて誤解が少なくなること、より理解できるようになること、伝えるための道具になること、といったことだ。ITエンジニアに必須のコミュニケーションスキルの土台を、言語を図解化することで理解しやすく構築しよう。 |
■問題からBさんの発言項目をリストに
前回(「第6回 サーキットで論理を体感しよう」)の最後に掲載した問題「友達同士の会話」について、読者の皆さんから多数のご応募がありました。皆さん、ありがとうございました。参考のため、問題を再掲します。
指示文 |
下の文はある友達同士の会話です。Bさんの説明をサーキット型のチャートで表してみてください。部分的にマイナス記号(−)も使います。また、バルブ記号の数も1つとは限りません |
問題文:友達同士の会話 |
Aさん 「この前テレビのラーメン特集で近所の坂本軒をやっていたんだ。それで行ってみたらすごい行列でさ。最近まではそんなに行列なかったのに、やっぱり成功するにはああいう宣伝が必要なのかな」 Bさん 「待て待て、テレビの威力がすごいのは分かるけどそれがその店にとっていいことかどうかは分からんぞ」 Aさん 「だって客が増えるのはいいことじゃないの?」 Bさん 「必ずしもそうでもないんだ。順を追って考えていくとこういうことだ。ラーメン好きの人が店に来る。来て、食べて、満足すると、『あの店はいいよ』と口コミで宣伝してくれるだろう? そうするとラーメン好きの人の来店率が上がる。これ、つまり口コミ宣伝が飲食店にとっての一番の基本でね。これが一番大事な成功のループなんだ。 そこにマスコミ宣伝が絡むとどうなるかというと、例えばテレビに出れば確かにその瞬間来店客は増える。でも、そうやって一時的にお客が過剰に増えると、品質が下がりやすいんだな。肝心のラーメンそのものがまずくなったり、接客が荒っぽくなったりしやすい。そうすると満足率が下がって、口コミ宣伝に悪影響を及ぼしてしまう。まあ、その店の品質管理の精神と技術がしっかりしてれば、品質悪化はある程度避けられるけどね。それでもマスコミ宣伝には避けようがない悪影響もある。だから店によっては『マスコミ取材お断り』っていう店もあるんだよ。一時的にはよくても長い目で見れば損になることもあるってことだね」 |
この問題は、まずBさんの発言を個条書きにして、チャートの中で何が表現されているべきかを列挙することから始めます。
Bさん発言項目リスト |
(A)ラーメンの好きな人がいる |
(B)その一部が店に来る |
(C)店に来て満足すると口コミ宣伝をしてくれる |
(D)口コミ宣伝によって来店客が増える |
(E)マスコミ宣伝によっても来店客が増える |
(F)マスコミ宣伝だと来店客が増え過ぎることがある |
(G)来店客が増え過ぎると品質が下がることがある |
(H)品質が下がると満足率が下がってしまう |
(I)品質管理の精神と技術が確立していれば品質の低下を防ぐことができる |
(J)マスコミお断りの店もある |
ざっとこんなところでしょうか。理想としてはこのリストの項目すべてを表現できるようなチャートを書きたいところです。
■シンプル過ぎる回答例
では、応募していただいた読者の皆さんの回答を見てみましょう。
最初に応募してくれたKさんの回答です(図1)。とてもシンプルですね。
図1 Kさんの回答 |
この回答では、(F)(G)(H)(I)が書かれていないようです。L4の線が(F)と(G)に該当するかのようにも見えますが、(F)(G)には「来店客が増え過ぎる」というステップがあります。L4にはそれがなく、「マスコミ宣伝」が「品質悪化」に直結するかのように書かれています。
このように中間ステップを外す場合は、本当に外して構わないかどうか注意してください。安易に外すと判断の誤りを助長してしまいます。例えば「来店客が増え過ぎ」に対しては入場制限をすれば大丈夫かもしれません。逆にマスコミ宣伝以外の理由で来店客が増え過ぎることもあるかもしれません。「来店客が増え過ぎる」という中間ステップを外してしまうと、そうした考察を広げる手掛かりが失われてしまいます。
もう1つ、(A)と(B)も「ラーメン好きの人の来店」というハコ1つに一体化しています。この一体化が必ずしも悪いとはいえませんが、「宣伝」は通常、「もともとラーメンが好きな人」に対して「行ってみようか」と思わせる効果があります。ですから、それを強調するためにはここは分けておいた方がよいでしょう。
■副作用しか書かれていない回答例
今度は、T・Sさんの回答です(図2)。
図2 T・Sさんの回答 |
この回答では、「マスコミ宣伝」には「過剰な来客」という悪影響しかないような印象を与えます。少し考えれば「来客」自体が悪いわけではない、ということは分かるのですが、一瞬びっくりするので「マスコミ宣伝」から「ラーメン好きな客の来店」への矢印も必要でしょう。作用と副作用があるときには両方を書くようにしましょう。
あとはバルブの使い方で、「品質管理」がきちんとできていると「品質の低下」を食い止められるはずです。ですから「品質管理」から出ている矢印にはマイナス(−)を付けておくべきでしょう。マイナス自体にネガティブイメージがあるために、付けにくかったことと思います。
もう1つ、この回答では「マスコミ宣伝」と「口コミ宣伝」の2つが両端に位置しているために無関係なものであるかのような印象も与えます。どちらにしても来店客を増やすという宣伝効果があることは同じなわけで、位置的に近いところに置くとか、同じ矢印に結び付けるといった配慮が必要です。これについては模範解答を参考にしてください。
■よくできた回答例
それでは次にT・Mさんの回答です(図3)。
図3 T・Mさんの回答 |
これはかなりよくできていますね。ちょっと細かく見ていきますと、まず、「ラーメン好きの人」と「来店客」とを分けています。それによって、その間のL1のプロセスに対して「宣伝」が効く、ということが直感的で明らかになっています。
次に、「マスコミ宣伝」と「品質」の間に「過剰な来店客」がしっかり入っているのもいいですね。さらに、「品質」が満足率を上下し、それによって「口コミ宣伝」の度合いも上下されること、品質管理技術によって品質が保持されるということも書かれています。
こうしてみるとBさんの発言項目リストの(A)から(I)までが網羅されており、ほぼ完ぺきといってよいでしょう。
でも、(A)から(I)まで網羅、と聞くと今度は残った1つが気になります。「(J)マスコミお断りの店もある」はどうしましょうか。これは書かれていないようですね。
実はこの「(J)マスコミお断りの店もある」をサーキット型構造の中に組み込むのはちょっと難しいのです。そのため、構造の中に組み込むのではなく、欄外にコメントを付記するような形で書くのがよいでしょう。
■サーキットは一種の数式
では、私が作った模範解答は以下のようになります(図4)。
図4 模範解答 |
この例では、(J)マスコミお断りの店もある という項目を、吹き出しを使ってコメントを入れるようにして書いておきました。「構造」に対する注釈を示すにはこのような方法もあるということです。
IT業界ではUMLのように厳密に意味が規定された表記法があります。そのため、教えられたこと以外はやってはいけないと思いがちですが、私が「図解言語」と呼んでいる方法はあくまでも「自分の考えを整理し」「それを人に伝える」ためのもの。多少変わった書き方をしても意味は通じますから、そこは臨機応変に対応してください。ホワイトボードに走り書きをするつもりで自由に書き込んでも大丈夫です。
この模範解答とT・Mさんの回答を比べると、「満足度」がバルブになっているか、ハコになっているかという違いがあります。しかし、両方のチャートを解読すると事実上同じ意味が表現されていることに気が付くはずです。このぐらいの違いはよくあることですから、気にしないで結構です。
サーキット型のチャートは一種の数式です。複雑な計算をするのには数式が不可欠なように、入り組んだ論理を考えるためには、論理を考えるための数式として、この種の手法が不可欠なのです。といっても、手法自体はハコと矢印という簡単なものですから、あとは慣れの問題です。日常的に使っていくことで、身に付けていってください。
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