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パソコン創世記

オモチャマシンの革命劇

富田倫生
2009/8/18

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 日本電気株式会社――。

 資本金1003億3000万円、1984(昭和59)年3月期決算の売上高1兆4600億円。従業員数は3万5000人に及ぶ。

 通信、コンピュータ、半導体の超巨大企業――。規模から見ても利益率から見ても、日本のエクセレントカンパニーと呼ぶにふさわしい存在であろう。そしてさらに、日電にはエクセレントと呼ばれるにふさわしい、もう1つの要素がある。

 企業イメージの明解さである。日電の戦略を示す合言葉、C&C。

 C&Cとはコンピュータとコミュニケーションの略で、これまではそれぞればらばらに発展してきた2つの要素が結びつく高度情報化社会への対応こそが、日電の進むべき道であるという。

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 今、C&C戦略は確かに日電に明解な企業イメージを与えている。しかし、日本電気会長だった小林宏治がこの言葉を使いはじめた1977(昭和52)年当時、そしてごく数年前にいたるまで、日電は見事に引き裂かれた2つの顔を備えていた。そして、この2つの顔のあいだに存在した亀裂が埋められてはじめて、C&Cは日電全体の合言葉となりえたのである。

 とすれば、日電に明解な企業イメージを与えた功績を帰すべきは、C&Cなる合言葉そのものではなく、亀裂を埋めた何物かであるべきかもしれない。

 では、引き裂かれた日電の2つの顔とは何か。

 胸の内で思い起こしていただきたい。かつてあなたが、日電のブランドであるNECに、どのようなイメージを抱いていたかを。もしもあなたが技術畑の人間であるなら、エレクトロニクス関係の企業に籍を置いているなら、NECブランドにはかねてからハイテックなイメージを持っていたかもしれない。しかしほとんどの日本人は、NECの3文字に日電の子会社、新日本電気の家電製品のイメージを重ね合わせていたはずである。

 昭和20年代生まれの私は、NECと聞くと「売れない家電」と思い浮かべていたことを、今もはっきりと覚えている。じつは5年ほど前、私はあるオーディオ誌の編集を行っていたのだが、内外のブランド約40を総まとめに紹介する記事の中でも、NECのオーディオブランド「ジャンゴ」は取り上げなかった。まったく取り上げる気にもならなかった。

 だが現在、NECブランドには、そうしたしみったれたイメージはかけらも存在しない。コンピュータと通信の融合する高度情報化社会、同社流にいえばC&Cを目指す先鋭的なイメージを、NECは獲得している。

 技術者の思い描くハイテックなイメージとほとんどの日本人が持っていただろう「売れない家電」のイメージ――。この両者の亀裂を埋め、NECの3文字に「C&C」の鮮明なイメージを定着させる原動力となったものは、何といっても同社のパーソナルコンピュータ、PCシリーズのラインナップであろう。

 しかし、このエース誕生までの道のりは、けっして平坦なものではなかった。同社のパーソナルコンピュータははじめから社内の期待を集めて市場に送り出されたわけではなく、むしろ社内の空気はわけの分からないオモチャのようなマシンに、大変冷たかったのである。

 そもそも、パーソナルコンピュータを誕生させたセクションにも注目する必要があろう。日電のパーソナルコンピュータは、それまで大型コンピュータを担当していたセクションから生まれたものではない。当初、日電内のコンピュータのプロである大型コンピュータの担当者たちは、パーソナルコンピュータなど見向きもしなかった。

 革命児はそれまでコンピュータとは縁のなかった集積回路部門、ICやLSIといった電気回路用の部品を取り扱うセクションから誕生した。しかも、半導体の設計や製造に携わる技術系のセクションからではなく、新設された弱小の一販売部門から革命児は誕生することになったのである。

 その誕生の過程では、ある種の「熱」に取りつかれたまことに日電マンらしからぬ人物たちによって、企業内ベンチャーとでも呼ぶべき革命劇が演じられていたのである。

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