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パソコン創世記


ビル・ゲイツとの出会い

富田倫生
2009/9/8

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 1978(昭和53)年秋、アメリカに出張した渡辺の本業からの逸脱の度合いは、もう少し大きくなっていた。

 出張願いには、関連するショーの見学と目的を書いた。だが、メインの訪問先は、ロサンゼルスから東へ約1100キロメートル離れたアルバカーキーにあった。ショーの見学を1日で切り上げた渡辺は、西和彦からの紹介状を手にアルバカーキーの空港に降り立った。マイクロソフトのビル・ゲイツは、空港で渡辺を待っていた。

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 ビル・ゲイツを一目見たとき、渡辺は肩すかしをくったような軽い失望を覚えていた。何しろ若い。ほっそりとやせ、ワイヤーフレームの眼鏡をかけたゲイツは、青年というよりも少年といった方が似つかわしい。23歳になるかならないかで、西和彦よりはほんの少し年上のはずだが、童顔の西よりもさらに若く見える。

 しかし話しはじめるや、ゲイツヘの軽い失望はたちまちのうちに、大きな驚きに変わっていった。言葉の1つ1つに、自らの開発したベーシックに賭けるなみなみならぬ執念が込められている。アップルIIやPET、TRS-80といったパソコン元年を飾った機種に、いかにしてマイクロソフトのベーシックを売り込んだかをとうとうと語りはじめ、新型のパーソナルコンピュータにいかにアプローチしているかを披露する。その言葉からはマイクロソフトのベーシックに対する圧倒的な自信がうかがえる。

 マイクロソフトのベーシックの実力はいずれ細かく検討するにしても、ビル・ゲイツの持っているある種の勢いには大いに注目する必要がある。ビル・ゲイツとの会見を終えた渡辺は、「これからはベーシック、それもマイクロソフトのものが主流となる」という西和彦の指摘がかなり的確なものだったことを実感していた。そして、渡辺にビル・ゲイツの存在を吹き込んだ西和彦自身、その後いっそうマイクロソフトへの傾斜を強めていくことになる。『ASCII』の発行を続けるかたわら、西は強引にマイクロソフトと極東代理店契約を結ぶことに成功。日本のパーソナルコンピュータメーカーのほとんどにマイクロソフトのベーシックを採用させ、その実績によって同社の副社長にのし上がっていくのである。

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