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パソコン創世記
原爆による自滅から人類を救う道具の夢

マウスと名付けた小さな箱

富田倫生
2009/11/10

「『連想索引』という新しい仕組み」へ

本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など
 

 それに「人間がさまざまな不要不急のことがらを、重要なことだとわかったときには復活できるという保証のもとに忘れてしまう特権をとりもどすことができれば、その旅路も少しは楽しいものになるかもしれない」(「思考のおもむくままに」前出『ワークステーション原典』)のだ。

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 広島と長崎が廃墟と化し、日本が無条件降伏に追い込まれた1945年の夏を、20歳のアメリカ海軍レーダー技術者、ダグラス・エンゲルバートはフィリピンのレイテ島で迎えた。

 本国への帰還船を待ちながら、赤十字の図書館として使われていた竹作りの高床式の小屋で1人雑誌を読んでいたエンゲルバートは、『ライフ』に転載された「思考のおもむくままに」と出合った。論文を読み進むうちに、エンゲルバートは胸に湧き上がってくる興奮を抑えられなくなった★。

 ★前出『ワークステーション原典』所収、セッション4のディスカッションにおいて、エンゲルバート自身がこの論文に出合った経緯とそのことの自分にとっての重みに関して言及している。

 日本パーソナルコンピュータソフトウエア協会主催の「パーソナルコンピュータの未来像」と題した講演会に、アラン・ケイ、ポール・サフォーとともに招かれたダグラス・エンゲルバートの話を、1994(平成6)年4月20日、筆者は日本青年館大ホールで聞く機会を得た。そのとき心に残ったのは、一見すればお手軽な進歩主義的調子を帯びて響く彼の言葉の裏にある、人類の未来に対する不安だった。視覚的な操作環境を備えたパーソナルコンピュータがネットワークされることで、エンゲルバートは集合的IQ(Collective IQ)を高められると語った。ずらりと並んだ講演会の協賛ハードウエアメーカーに遠慮でもしたのか、彼は「集合的IQによって企業は生産性を高められる」と、化学調味料を振りまくような見解も述べた。

 だが最後のパネルディスカッションの席上、横に座ったアラン・ケイと2人きりで話し込むようにメメックスのアイディアに初めて触れた当時のことに小声で言及しはじめ、「人類は障害物だらけの急流を乗り切っていかなければならない。そのためには知性を集合させるような環境がなければと考えた」とコメントしたとき、第2次世界大戦と原子爆弾の投下という出来事が、ヴァニーヴァー・ブッシュからダグラス・エンゲルバートへと『知性を支援する道具』のアイディアのバトンが手渡されるにあたっていかに大きな意味を持っていたかを、少し勘ぐりすぎのきらいはあるかもしれないが、筆者は妄想した。

 第2次大戦後、NASAの前身の航空宇宙諮問委員会(NACA)エイムズ研究所で風洞の研究に携わったエンゲルバートはやがて、人類の多くを進歩させるような意義のあるはでな仕事につきたいと、若者らしい野心を抱くようになった。

 「人間が直面する問題は、我々の対処能力を超える速度でその困難の度合いを増している。緊急で複雑な問題に対処できるように人間の能力を増大させることは、若者が『最高に目立つ』ための恰好の舞台になる可能性がある」(前出『ワークステーション原典』所収、セッション4「知識増大ワークショップ」)

 そう考えたエンゲルバートの脳裏に、大きなブラウン管の前に座って、見る間に変化していく画像を相手に仕事をしている自分の姿が浮かんだ。

 レーダー技術者として働いていたときの経験が種となったこのイメージは、数日のうちにエンゲルバートの胸の中で、テキストとグラフィックスを混在させた文書を画面上で操作する概念へと膨らんでいった。ブッシュの思い描いたメメックスのようなシステムを作りたいと考えた彼は、NACAをやめてカリフォルニア大学バークレー校の大学院に入り、コンピュータと対話するように作業を進めるためのソフトウエアの研究に取り組んだ。

 1957年にスタンフォード研究所に移ったエンゲルバートは、軍やNASAの援助を取り付けて、人間の能力を〈増大〉させるシステムの研究計画を軌道に乗せていった。1963年、研究所内に増大研究センターを設立させたエンゲルバートは、増大システムを実現するための要素技術の開発に取り組んだ。

 ディスプレイから情報を受け取り、使う側の意思もまたディスプレイを通してシステムに伝えようと試みたエンゲルバートらは、画面の特定のポイントを指し示してコンピュータに意図を伝える装置★の開発を目指した。画面上を自由に動くカーソルと呼ばれる記号を操作するために、彼らは膝を上下左右に動かして操作する装置や首で操作するタイプ、机の上を前後左右にすべらせて使うマウスと名付けた小さな石鹸箱のような装置を試みた。さまざまな装置の中でもっとも使いやすく、また局所的な筋肉のけいれんを招かないという点でも評価できたのがマウスだった。

 ★コンピュータについて書こうとすれば、カタカナの氾濫を許容してしまうか、日本語でまどろっこしい説明を重ねるかの判断を繰り返し求められる。ここも一言、ポインティングディバイスと書く手もあるが、ここらあたりの見極めは実際厄介で、本稿においても悩み通しである。と一応断って、以降は「ポインティングディバイス」を使う。

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