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パソコン創世記
原爆による自滅から人類を救う道具の夢

アラン・ケイとFLEX言語

富田倫生
2009/11/12

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 山が好きだったケイは1966年の秋、コンピュータ科学の大学院を持っている山の中にある大学を図書館で調べた。

 唯一条件をみたしていたのは、学部を開設したばかりでこの年から大学院の募集を始める予定のユタ大学だった。願書を送った時点ではケイは知らなかったが、コンピュータでグラフィックスを処理するというテーマに取り組んでいたアイヴァン・サザーランド★が、同大学院の講師として招聘されていた。

 ★サザーランドはMITリンカーン研究所の大学院生だった当時、もっとも早い段階でブラウン管式のディスプレイを採用したTX-2を使って、画面上で図形を描くためのソフトウエアを書いていた。

 TX-2には先行するTX-0があった。リンカーン研究所がトランジスターの実用性を確認するために実験的に開発したTX-0には、10×10インチのディスプレイと画面上に絵を描くことのできるライトペンが接続されていた。磁気テープを使った記憶装置を付け加え、ハードウェアを改良したTX-2も、ディスプレイとライトペンを受け継いだ。サザーランドは改良版のTX-2を使って、画面上で図面を描き、コピーをとったり保存したり、呼び出したものに手を加えたりできる、スケッチパッドを書いて博士号を得た。

 彼をはじめとするMITの先駆的なハッカーが、コンピュータに初めてディスプレイを接続したTX-0やTX-2に取りついて、1950年代後半からの数年間にわたって過ごした熱狂の日々は、スティーブン・レビーの『ハッカーズ』(古橋芳恵/松田信子訳、工学社、1987年)に活写されている。
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 ユタ大学に入った直後にサザーランドの博士論文を読んだケイは、画面上で自由にグラフィックスを扱うことのできるシステムに強く引き付けられた。
 
  ユタ大学で実際にケイが取り組んだのは、小型のコンピュータで使うことを想定したコンピュータ言語だった。

 当時のコンピュータの常識的な規模と機能からすれば、ちっぽけなディスプレイ付きの計算機といった印象を与える仲間の作っていたマシンのために、ケイはアルゴル★に似た言語を小さなメモリーに収まるようにコンパクトに作ろうと考えた。

 柔軟で拡張性のある(FLexible EXtendable)言語という目標からフレックス(FLEX)と名付けた言語を書くにあたって、ケイはリスプ★★の柔軟性と簡潔性に学ぼうと目標を立てた。医師や弁護士、エンジニアなど、コンピュータの専門家以外の人に使いこなしてもらうために盛り込もうと考えた対話型の処理の進め方は、政府系のシンクタンクであるランド研究所で作られたジョスという言語に学んだ。

 ★科学技術計算用のプログラミング言語。ヨーロッパの研究者を中心に1960年に設計され、それ自体はアメリカや日本では広く使われることはなかったものの、パスカルなどのその後開発された言語に大きな影響を与えた。科学技術計算用の言語として広く使われてきたフォートランは、IBM社のジョン・W・バッカスによって1957年に同社の704用に書かれた。大型コンピュータにおけるIBMの大成功によって、フォートランの普及には拍車がかかったが、この言語は論理的な厳密性や洗練を欠いており、プログラムの記述が汚くなるとして、潔癖症の頭のよい人たちがアルゴルを書いた。

 ★★人工知能分野で広く使われてきたプログラミング言語。この分野の代表的研究者で、当時MITに籍を置いていたジョン・マッカーシーによって、1959年ごろ発想され、1960年代初期に開発された。この時期、同大学で人工知能の導師となったマッカーシーとマービン・ミンスキーが「ハッカーを放し飼いにする」うえで果たした役割は、スティーブン・レビーの『ハッカーズ』からうかがい知ることができる。リスプはもう1つの、そしてもう少し耳ざわりのいい人工知能研究の成果と言えようか。

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