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パソコン創世記
原爆による自滅から人類を救う道具の夢

タブレットと電子ペン

富田倫生
2009/11/13

「アラン・ケイとFLEX言語」へ

本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 フレックスの開発作業はARPAの援助を受けて進められ、ケイは操作用にキーボードは付いているけれど、プログラミングにはパンチカードを使うしかなかったIBMの1130というコンピュータで作業を進めた。

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 このフレックスに取りかかっているあいだに、ケイはこれまでに感銘を受けたいくつかの技術とフレックスとを1つのイメージに統合できないかと考えるようになった。

 同じARPAをスポンサーとしていた関係で、ダグラス・エンゲルバートにはすでに1967年に会っていた。NLSの紹介用に作られたフィルムを見せられ、実際にスタンフォード研究所にも行ってシステムを体験し、強い印象を受けた。

 エンゲルバートのNLS、サザーランドのスケッチパッド、さらにランド研究所を訪ねた際に見せられた画板にペンで書き込むような入力装置、タブレットも心に残っていた。

 博士論文にこれまでの研究成果をまとめるにあたって、ケイはフレックスを組み込んで使うマシンの姿を想定し、目指すべきシステムを支える1つの要素として開発した言語を位置づけなおそうと考えた。

 想定によれば、フレックスマシンは小さなテレビ画面の付いたアタッシェケースほどの大きさとされた。タイプライター型のキーボードの手前には、エンゲルバートの5本指のキーセットを左右に2つ置こうと考えた。ただしポインティングディバイスには、マウスの代わりにタブレットを選んだ。キーボードの下から引き出して本体から切り離すこともできるタブレットに電子ペンで入力し、もう一方の手は左右どちらかのキーセットに据える形が、フレックスマシンにおける基本姿勢として想定された。鍵を差し込んで立ち上げると、すぐにフレックス言語が起動され、ユーザーはマシンと対話するように仕事を進められるようにしたいとケイは考えた。
 
  だが「リアクティブエンジン」と名付けた論文の骨組みを固めて、長大な原稿をまとめているあいだにも、ケイはいくつかの試みに影響を受け続けていた。

 ARPAは研究を後援している大学院生の会議を、定期的に開いていた。1967年の夏、フレックスに関する報告を行うためにイリノイ大学で開かれた会議に出たケイは、ここで初めてプラズマ方式を用いて作った平面型のディスプレイを見た。

 いつかこの薄っぺらいディスプレイの裏側に、想定しているフレックスマシンの回路をすべて収めてしまえる日がくるだろうかとの思いは浮かんだが、論文のテーマに盛り込むには話が夢想的にすぎるように思えた。だがエンゲルバートの講演のしばらく前、1968年の秋になってランド研究所でグレイル(GRAphical Input Language)と名付けられたシステムを見てからは、平面ディスプレイへの関心がケイの胸の中で大きく膨らみはじめた。

 グレイルは、タブレットと電子ペンだけでコンピュータを使えるようにするための言語だった。手書きの文字の認識機能まで盛り込んだグレイルなら、ユーザーは紙に数字や文字を書き込む感覚でコンピュータを使うことができた。およそ30分ほどグレイルを使わせてもらった時点で、ケイは強い啓示を受けた。

 直感的に浮かんだのは、想定しているフレックスマシンでグレイルを動かすアイディアだった。タブレット付きの小さなあのマシンでグレイルが使えれば、ユーザーはもっと自然な感覚でコンピュータと向き合えるに違いないと思えた★。現実には、ランド研究所はIBMの大型コンピュータ、360モデル44を1台まるごと使ってグレイルを駆動しており、フレックスマシン規模のものではとても動かせそうもなかった。だがケイは、フレックスマシンで動かすことを超えて、平面ディスプレイの後ろに回路を押し込んだマシンを電子ペンで操作する夢を膨らませはじめた。

 ★『マッキントッシュ伝説』(インタビューアー 斎藤由多加、オープンブック、販売元マックワールド・コミュニケーションズ・ジャパン、1994年)中のアラン・ケイのコメント。

  1994年3月号の『マックワールド』誌は、マッキントッシュ生誕10周年を祝うとして日本版独自企画の「徹底検証 マッキントッシュ伝説」という大特集を組んだ。スティーブン・ジョブズを除くマッキントッシュにかかわった大半のキーマンをインタビューして原稿をまとめた斎藤由多加氏は、雑誌に掲載しきれなかった部分と本人のコメント、デモンストレーションなどの動画資料をエキスパンドブック形式の電子ブックにまとめる作業を雑誌掲載分と同時並行的に進め、同年2月のMac World Expo/TokyoにCD-ROM版を間に合わせた。ここに収められたインタビュー原稿から、今まで活字となっていなかった多くを教えられた筆者は同時に、当初約束した締め切りから約1年も遅れてまだこの仕事にかかずらわっている当方と、斎藤氏の圧倒的な馬力の差を痛感させられて愕然とした。

 子供がコンピュータと付き合うための環境の整備を目指して、MITの人工知能研究所でシーモア・パパートが開発と運用の実験を進めていたロゴという言語にも、ケイは大きな影響を受けた。

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