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パソコン創世記
原爆による自滅から人類を救う道具の夢

Smalltalkの萌芽

富田倫生
2009/11/16

「タブレットと電子ペン」へ

本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 コンピュータで考えることを子供に受け入れさせる道具として、パパートは1匹の亀(タートル)を用意した。

 ディスプレイの中に棲んでいるタートルは、与えられた命令のとおりに動く。「前へ100」とキーボードから命令を入れると、タートルは一歩をおよそ1ミリメートルとして100歩進む。「右へ90」とすると、90度右に向き直る。この動作を4回繰り返すと、タートルは一辺が100ミリの正方形を描く。この4つの命令をひとまとまりにして、「正方形」という新しい命令を定義することができる。

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 こうして子供たちは、いくつもの命令を組み合わせてタートルを動かし、定義した新しい命令によって複雑な動きを1まとまりにして、画面の中の小さな世界を完全にコントロールすることを学ぶ。

 パパートが子供たちにロゴを扱わせている小学校を訪ねたケイは、プログラムの本質と可能性をあらためて考えなおしたいと思うようになった。

 パパートによれば「プログラムするということは、コンピュータと人間である使用者との両方が『理解』できる言葉で交流し合うということにほかならな」かった★。

 ★『マインドストーム』(シーモア・パパート著、奥村貴世子訳、未来社、1982年)

  教育の場でまったくコンピュータに触れた経験を持たず、管理と支配の象徴としてこの装置に漠然とした敵意を抱いていた筆者がこうしたテーマの原稿を書くようになったのには、いくつかきっかけがあった。その中でも『マインドストーム』との出会いは、きわめて印象に残る幸せな体験だった。人間なるものにどんなに絶望したとしても、この本を読みなおせば、少なくとも私は希望の芽に水をかけることができると思う。

 初めてロゴを知ったとき、筆者はこの言語を走らせることのできるコンピュータを持っていなかった。そこで自分自身をタートルに任じて命令を与え、部屋の中を歩き回った。それまで静的な存在でしかなかった図形は、亀になって歩きはじめたとたん筆者の認識の中で動的な存在へと一変した。筆者はすでに30歳を過ぎており、「右に60、前に10」などと唱えながら狭いアパートの部屋をうろつき回っていると同居人には大いに迷惑がられたが、初めて自転車に乗れたときのようなその喜びは忘れることができない。ロゴに触れて、実際子供たちが喜ぶはずである。

 パパートのところから戻ったケイは、コンピュータと人間が交流し合う環境を組み込んだ、新しいシステムのイメージを描いた。ハードウエアは、平面型のディスプレイを使ってフレックスマシンよりももっと小さく、厚めのノートほどのサイズに押し込んでしまいたいと考えた。段ボールで作った模型ではさすがに少し軽すぎると感じて、中に鉛を入れてバランスをとった。この新しいイメージには名前は付けていなかったが、ダイナブックの種はこのときケイの胸の中ですでに芽を吹いていた。

 1969年に大学院を修了したケイは、スタンフォード大学のジョン・マッカーシーのグループで人工知能の研究に携わった。期待して入ったグループだったがここでの仕事には興味を持てず、ほとんど1年を、子供のための簡潔で強力な言語とはどんなものかを考えて過ごした。

 対話型のシステムの可能性にいち早く注目して、ARPAの情報処理部長としてエンゲルバートのNLSを支援したボブ・テイラーは、1970年にゼロックスが新設した、パロアルト研究所の実質的な責任者として招かれた。テイラーの誘いを受けたケイは、同年の暮れにパロアルト研究所に移った。選りすぐりの人材を1本釣りしていったテイラーは、取り組むべき課題は研究者の自由裁量に任せた。

 ケイはダイナブックをテーマにしたいとテイラーに申し入れた。
 
 暫定版のダイナブックのハードウエアを用意したアラン・ケイは、このシステムで使う言語にロゴにおけるタートルのような、人とコンピュータとが交流し合うための道具を組み込もうと考えた。

 フレックスは命令を入れればすぐにコンピュータが反応を返してくる対話型の言語として作ったが、命令を規則どおりにタイプしなければならないという点では、従来のコンピュータ言語と変わらなかった。ロゴもまた、正しい言葉遣いを子供たちに求めた。

 スモールトークと名付けたダイナブック用の言語では、この点を改善したいと考えて「メニュー」を用意することにした。その時点でできることを一覧表にまとめておき、その中から選ぶ形をとることで、交流はスムースなものになると期待できた。アルトのポインティングディバイスに使われたマウスのボタンの操作によって、画面上にメニューを呼び出す方式は、ポップアップメニューと名付けた。

 エンゲルバートが使った、画面を区切ってそれぞれを異なった情報の窓とするアイディアは、有効な道具になると考えた。画面を単純に複数のウインドウに分割するだけのタイリング方式も試みられたが、ウインドウの大きさを自由に設定できて、重ね合わせることのできるオーバーラッピングウインドウを考案し、スモールトークに組み込んだ。

 交流を促進するこうした道具を備えた言語を用意しておくことこそ、ダイナブックをあらゆる世代の人に使ってもらうための条件になるだろうとケイは考えた。

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