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パソコン創世記
ビル・ゲイツ アルテアにベーシックを書く

レイクサイドスクール

富田倫生
2009/12/3

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 東海岸のボストンでハネウェル社のプログラマーとなっていたポール・アレンもまた、『ポピュラーエレクトロニクス』のアルテアの記事に引き付けられた1人だった。

 記事を読み進むうち、アレンの胸に興奮と焦りの入りまじった熱気が噴き出してきた。

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 〈やはりこうなった。こうなるに決まっていたのだ〉

 アレンは高校時代の後輩で、これまで何度もペアを組んでコンピュータ絡みの仕事をこなしてきたビル・ゲイツのもとに走った。

 ポール・アレンとビル・ゲイツを結びつけたのは、2人が通ったシアトルのレイクサイドスクールで始まったコンピュータの授業だった。

 私立の名門男子校 レイクサイドスクールは、1968年春、いち早くコンピュータ教育に取り組むことを決めた。だが数百万ドルはする大型コンピュータはとても買えず、DECが低価格を武器に攻勢をかけていた小型のミニコンピュータにも手は届かなかった。

 そこで学校はDECのPDP-10を持っていたゼネラルエレクトリックと交渉し、使用時間に応じて料金を支払う契約を結んだ。もともとはテレックス用の通信端末として開発されたテレタイプが購入され、レイクサイドスクールに設けられたコンピュータルームに置かれた。

 本来、電話回線で文書を送るテレックスの端末として開発されたテレタイプには、入出力と通信の機能が備わっていた。文書を送る際はまず、テレタイプに組み込まれた電動タイプから入力した文字をコードに変えて、紙テープに打ち出してやる。このテープをあらためて読みとり装置にかけると、テレタイプは情報を音に変えて電話回線に送り出す。送られてきた信号は相手方でいったん紙テープに打ち出され、これを読みとると逆に電動タイプライターが文字に再現してくれる。

 こうした機能を持つテレタイプは、コンピュータの端末装置としても利用されるようになった。レイクサイドスクールでは、テレタイプは電話回線を通してゼネラルエレクトリックのPDP-10に接続され、タイム・シェアリング・システム★によって割り振られたマシンの処理能力を同校から利用できるようになった。

 ★複数のユーザーが、自分だけで独占しているような感覚でコンピュータを使える環境を目指した基本ソフトウエア。

  筆者はほぼ1年半の間、蟄居閉息してこの原稿をまとめたが、その間、口をきく相手は唯一同居人のみだった。自分が積み上げていく原稿の束が、果たしてヤギの餌以上のものであり得るのか悩み続けた筆者は、ついに不安がこうじた挙げ句、同居人に読んでもらうというやけくその振る舞いに及んだ。コンピュータには何の思い入れもなく、パワーブックをまな板代わりに使うような同居人は、記述が技術的な説明やスペックの紹介に及ぶとプリントアウトを数枚まとめて放り投げ、物語の本線のみを追った。事態に気付いた筆者はいったんは怒鳴り散らそうかとも思ったが、かなうならばコンピュータに直接興味のない人にも読んでもらえないものかというはかない願いに一歩近づくうえでは、同居人の反応を指標として、原稿の仕立てを調整するべきではないかと考えた。その結果、少しややこしそうな話は注に回すこととした。以下はもっとも早い段階で、この措置の対象となった一節である。

  気力のある方には読んでいただきたいが、飛ばしてもらってもストーリーは問題なく追える。

  コンピュータの歴史の中でまず目標とされたのは、きわめて高くつくマシンの処理能力という資産を、全体としていかにむだなく活用しきるかという点だった。大型コンピュータでは、仕事の手順やデータを紙のカードに穴を開けて表現し、これを機械に読ませて処理を行わせるパンチ・カード・システムが広く使われた。ただし作業ごとのカードの束は、いつも順番待ちで機械の前にたまるのが常だった。

  こうした慢性的な作業過多状態にあって最大限の効率を実現するために、スケジュールの管理や作業の切り替えまでコンピュータにやらせようとする試みが生まれた。この仕事はどの程度急ぐのか、どれくらい作業時間を必要とするかをカードに書き添えてコンピュータにどんどん仕事を渡し、高価な機械にはむだなく働き続けてもらおうとするバッチ処理と呼ばれるこうした使い方によって、組織全体から見た処理能力の利用効率は高まった。ただし使っている側の1人ひとりは、作業の進め方を機械の都合に全面的に合わさざるをえなかった。数時間で処理した結果が出てくることもあれば、何日か待たされることもあった。

 機械の利用効率を最優先したこうした使い方が一般化する中で、やがてコンピュータの世界にも人間の使い勝手を優先しようとする試みが現われた。機械の処理能力を巧妙に小分けして、まるで1人の人間が高価なコンピュータを独占しているような使い勝手を実現しようというのがその目標だった。コンピュータで処理できる情報は当初、数値や文字といったごく単純な構造のものに限られていた。ことこうした単純な形の情報に限れば、コンピュータの処理スピードは人間に比べて桁違いに速く、人間にはほんの一瞬と思えるあいだにかなりの作業が進んでしまう。

  そこでまず、数値や文字を扱う機械の処理能力を、ごく短い時間ごとに切り分けてやる。そして最初の小さな時間の枠を利用して、1人目のユーザーの求めてくる仕事をこなす。時間枠を使いきれば、2人目のユーザーの要求に応じる。こうしてすべてのユーザーに小さな時間枠を与え終わったら、コンピュータはもう一度最初のユーザーに向き直り、もう一度1人ひとりの要求を時間枠の範囲で進めていく。こうした時間の切り分けをきわめて短い時間で行えば、単純なものの処理では圧倒的にコンピュータよりも遅い人間は、あたかも自分1人でコンピュータを占有しているような感覚が味わえた。

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