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パソコン創世記
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アメリカのパソコンは仕事の道具

富田倫生
2010/1/27

「パソコンが仕事の道具に生まれ変わる」へ

本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 1951年に印刷会社の経営者を父として生まれたダニエル・ブリックリンは、コンピュータとビジネスの世界にともに強い関心を持つ野心家に育っていった。

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 高校時代からコンピュータに魂を奪われた彼は、1970年にマサチューセッツ工科大学(MIT)に入った。コンピュータ科学を専攻し、卒業後いったんはDECのソフトウエア技術者となった。だがビジネスへの関心は抑えがたく、1977年、アップルII やPET、TRS-80など組み立て済みのパーソナルコンピュータがつぎつぎ製品化された年に、ハーバード・ビジネス・スクールに入りなおした。ところがここで出会った教授たちの時代錯誤としか思えない振る舞いが、彼を再びコンピュータの世界へ引き戻した。

 授業では、金利をはじめとするさまざまなコストの変動が企業の収益にどう影響するかのケーススタディーが行われたが、教授たちは財務データの一部を変化させてその結果がどう出るかを割り出そうとするたびに、御苦労にも黒板の前で手計算を繰り返していた。

 単純な繰り返し作業は、コンピュータに任せるという健全な常識をすでに身につけていたブリックリンにとって、時代の歯車を巻き戻してこうした悪習に染まることは耐えられなかった。

 彼は大学にあったDECのPDP-10で簡単な自動計算ツールを書き、自分自身を手計算の泥沼に追いやることは賢明にも回避した。と同時にブリックリンは、こうした計算の道具を提供すれば、企業の経理担当者や管理職、財務アナリストなどに需要が見込めるのではないかと考えた。

 ただしこの種のソフトウエアを書いたとしても、もっとも安いコンピュータがミニコンピュータにとどまっているうちは、まとまった販売量などとても期待できなかったろう。そもそもそうしたまっとうなコンピュータのためのソフトウエアのビジネスは、一介のビジネススクールの学生には敷居が高かった。

 だがブリックリンが自動計算ツールの着想を得たころには、アメリカではすでにアップルII をはじめとする桁外れに安い新種のコンピュータが普及しはじめていた。ブリックリンはホビイ市場向けにパーソナルソフトウエアという会社を起こしていた友人のダニエル・フィルストラにこのアイディアを持ち込んで励ましを得ると同時に、彼から開発用にアップルII を1台借り受けた。

 ブリックリンはこのマシンで、集計表形式の自動計算ツールのプロトタイプを書いた。これが友人たちに好評を博したことから、MITの先輩だったボブ・フランクストンの協力をあおいで本格的にプログラムを組み立てなおし、機能と計算速度に磨きをかけた。そしてフランクストンとともにブリックリンはソフトウエアアーツ社を起こし、パーソナルソフトウエアを販売の窓口として、ビジカルクと名付けたソフトウエアを世に問うた。

 見える計算機(VISIble CALCulator)を略してビジカルクと名付けられたこの製品は、1979年の5月に開かれた第3回WCCFに出展されて話題を集めた。

 画面上に表示された表の縦横の空欄にキーボードから数字を入れていくと、あらかじめ指示しておいた計算の手順に従って、ビジカルクは自動的に処理を行った。たくさんのデータでますを埋めていったあと、1カ所数字の入れ間違いに気付いたときには、その部分だけデータを修正すればプログラムは自動的に全体の計算をやりなおしてくれた。ビジカルクを使えば、たとえば税率を現行の3パーセントから5パーセントに上げるとどうなるか、7パーセントまで上げるとどうかなど、さまざまなシミュレーションを簡単に行うことができた。紙と鉛筆と電卓を使う人なら誰でも、ビジカルクによる計算の自動化のメリットを享受できた。

 この年の10月に正式に発売となるや、ビジカルクは爆発的なヒット商品となった。趣味としてのコンピュータいじりにはなんの興味も抱かなかった新しい一群のユーザーが、表計算ソフトを仕事の道具として使うためにパーソナルコンピュータに目を向けはじめた。

 当初ビジカルクはアップルII でしか動かなかったことから、このソフトウエアを使うためにアップルII を購入する人が現われた。1980年9月、アップルコンピュータは総売上台数の約5分の1にあたるアップルII が、ビジカルクを走らせる必要条件として購入されたとの推定を行った。その後ビジカルクには、表計算ではじき出したデータをグラフ化するためのビジプロットや、データを整理して保存するためのビジファイル、電話回線を通じてデータをやり取りするためのビジタームなどの関連商品が生まれていった。

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