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パソコン創世記
第2部 第4章 PC-9801に誰が魂を吹き込むか
1982 悪夢の迷宮、互換ベーシックの開発

「キラーアプリケーション不足」という穴

富田倫生
2010/5/11

前回「『PC-9801対応』と明記してくれ」へ

本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 このころまでに、早水はPC-9801用にアプリケーションを書いているすべてのソフトハウスのすべての社員の顔と名前とを記憶するようになっていた。加えて早水は、徹底的に支援するべき伸びるソフトハウスをかぎわける嗅覚をつかんだ。

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 ポイントは、キーマン3人の存在の有無に思えた。ソフトの開発に力を持った技術者が1人と、営業の前面に立つ人物が1人。加えて裏方として会社を支えるまとめ役が1人、つごう3人の核となる人材がそろっていれば、借りているマンションの部屋がいかに狭かろうと、会社らしい体裁を欠いていようと、そのソフトハウスには勢いがあった。

 繰り返し訪れる早水に、顔なじみとなったソフトハウスのスタッフも率直にマシンへの注文を口にするようになった。

 ベーシックのバグに加えて、彼らが口をそろえて指摘したのが、漢字への対応が徹底さを欠いている点だった。PC-9801は漢字のフォントを収めたROMをオプション扱いとしており、24×24ドットで正しい字形を高速で打ち出せる漢字プリンターも用意されていなかった。

 PC-9801用のソフトウエアを何に収めて供給すべきかという点も、サードパーティーには頭の痛い要素だった。標準でドライブを備えていないPC-9801用では、8インチもしくは5インチのフロッピーディスクに収めるか、カセットテープで提供するか、あるいはすべてのタイプを用意するかを選ばざるをえなかった。

 ROMに収めて機械に組み込んだN88-BASIC(86)と必要に応じてフロッピーディスクから読み込む形をとったN-BASIC(86)、加えてCP/M-86を、古山たちはマシンの出荷に間に合わせた。その後もベーシックのバグが発見されるたびに彼らは身の縮む思いを味わいながら手直しに努め、製造責任者の叱責に身をさらしてそのたびにROMの焼きなおしを求めた。

 その一方で5月、古山のセクションは移植作業を進めていたMS-DOS 1.25版の発売にこぎ着けた。

 PC-9801の発表直前、互換ベーシックをめぐって激しいやりとりを演じた後、西和彦と浜田俊三のあいだにはむしろ通りのよいパイプがつながっていた。

 西はMS-DOSを日本でも16ビットの標準OSに押し上げるために、利用できる力はすべて利用したかった。一方アメリカ市場においてIBM PCの勢力がますます拡大する中で、浜田は当初本命と見ていたCP/M-86ではなく、MS-DOSの勝利を確信するにいたっていた。 この年の3月、IBMは10Mバイトのハードディスクを内蔵したPCシリーズの新機種、XTの発表を行った。

 ハードディスクによって大量の情報の蓄積に備えたこのマシン向けに、マイクロソフトはファイルの管理を階層化してすっきりとデータを管理できるよう工夫した、MS-DOSの新バージョン2.0を開発していた。

 浜田はPC-9801の新機種向けにMS-DOS 2.0の移植を最優先事項として進める方針を示した。

 日本電気への入社直後、大型コンピュータ用のプリンター開発を担当した小澤は、本格的な漢字プリンターを用意しておかなかったことを、PC-9801の弱点として強く意識していた。「漢字プリンターを欠いたPC-9801向けに漢字をサポートするアプリケーションは書きにくい」との声を早水経由で聞かされた小澤は、さっそく製品企画を練って、この年の5月には縦横24ドットの漢字を横136文字打ち出すことができるPC-PR201を、29万8000円という当時としては破格の値段で発売するところまでこぎ着けた。

 1983(昭和58)年春、販売店の店頭にようやくアプリケーションがそろいはじめ、市場に送り出した低価格の漢字プリンターが高い評価を得た時点で、浜田俊三はPC-9801の成功を確信するようになっていた。 漢字ROMの標準化やドライブの標準装備、OSの利用に対応するためのメモリーの拡張など、強化すべきポイントは数多く残されていた。

 さらにサードパーティーに開発を仰ぐアプリケーションの領域でも、すぐにでも埋めるべき大きな穴が残っていることを、浜田は意識していた。互換ベーシックによってPC-9801が資産の継承を図ったPC-8801は、ビジネスに半歩足を踏み出したとはいえ、実体においてはゲームマシンの性格が強かった。PC-9801が継承した資産の大半は、ゲームだった。PC-9801を、本格的な汎用ビジネス機という本来のターゲットに引き寄せていくためには、表計算やワードプロセッサーなどのビジネス分野に、決定的な吸引力を備えたソフトウエアを生み出していくことが不可欠だった。


 この年の1月、ロータスディベロップメントが発売を開始した表計算ソフトの『1-2-3』は、再計算速度の飛び抜けた速さとデータベース、グラフ作成に関する豊富な機能で、先行したマイクロソフトの『マルチプラン』を一気に抜き去っていた。

 小型コンピュータに関するコンサルティングを行っていたフューチャーコンピューティング社のポーシャ・アイザックソンが発行していたニューズレターは、アメリカで起こりつつあるパーソナルコンピュータ革命の流れを読むうえで、浜田にとっての格好のガイドブックとなってきた。

 一連のニューズレターの記事は、1-2-3がPCとMS-DOSによるコンビの勝利を決定づける「キラーアプリケーション」となるだろうと予測していた。

 PC-9801はいまだ、PCにとっての1-2-3に相当するキラーアプリケーションを欠いていた。この穴を埋めなければ、PC-9801は汎用のビジネスマシンという本来のゴールに到達できないことを浜田は意識していた。

 だがその一方で視線を日本市場に据えれば、PC-9801という名のロケットが打ち上げに成功したこともまた、浜田の目には明らかだった。店頭における売り上げ台数では、PC-9801は性格においても価格設定においてもオフィスコンピュータの色を強く帯びたマルチ16を、まったく問題にしなかった。PC-9801を追って東芝が1983(昭和58)年の2月から出荷を開始したパソピア16は、当初からMS-DOSで動かすことを想定した意欲的なマシンで、機能的にも高い水準を達成しながら低めの価格に抑えられていた。だが先行する8ビット機のソフト資産が乏しかったうえに、MS-DOS上で使うGWベーシック用に変換するという手続きをとってもなお、すべての8ビットの資産を利用することができなかった点は、パソピア16の足を引っ張った。

 この年の5月、MS-DOS 1.25の出荷開始を目前に控えてアメリカに出張した時点で、浜田俊三は悪戦苦闘の末に古山良二たちが間に合わせてくれた互換ベーシックの重みを、あらためて痛感していた。

 日米の状況に数年の時間差があることを踏まえれば、互換ベーシックによる初戦の勝利の勢いをかって、今後キラーアプリケーションを確保していくことは充分可能と読めた。

 直接の用向きだったアストラのマーケティングに関する仕事を片付けたあと、浜田は出張先のNECISがあったボストン近郊のレキシントン近くに新しく作られたパソコンショップを訪ねた。これまでも出張のたびごとに、浜田はいろいろなショップを覗いてきた。だが流通大手のシアーズローバックが展開しはじめたシアーズビジネスセンターは、従来のパパママストアー的なショップとははっきりと一線を画し、IBM PCやUNIXの載ったマシンを並べて明確にビジネスを志向していた。

 店のスタッフに声をかけて店舗の性格付けやユーザーからの手応えをたずねてみると、じつにしっかりとした答えが返ってきた。そこで「あなた自身はどのようなバックグラウンドを持っているのか」と問うと、「これまでは企業のデータ処理部門でメインフレームのおもりをしてきたのだけれど、将来は必ずパーソナルレベルでコンピュータが使われるようになると思って、ここの店長になった」のだという。

 しばらく彼と話し込み、あらためて16ビットの業務用ソフトが盛んに使われているアメリカの状況に強く印象づけられた浜田は、目に付いた『CP/M入門(CP/M PRIMER)』という本を買い求めて店を出た。

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