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パソコン創世記
第2部 第5章 人ひとりのコンピュータは大型の亜流にあらず
1980 もう1人の電子少年の復活

ベーシックに閉じこもるか、OSに進むか

富田倫生
2010/7/5

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 CP/Mにはコンパイラ形式のさまざまな言語やアセンブラ、ユーティリティなどが移植されており、アプリケーションの開発環境が整ってきていた。

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 たくさんの情報を高速に読み書きできるフロッピーディスクの存在を踏まえ、マシンが備えはじめたより大きなメモリを前提として、機能が豊富でしかも速く動くソフトウェアを開発したいとなれば、OSに対応して書くことは当然の流れだった。ワードスターといった人気の高いアプリケーションも、CP/M上にはすでに生まれていた。マイクロソフトのソフトカードは、アップルII のユーザーにCP/M上の言語やアプリケーションを使う道を開いた。

 ところがその一方で、CP/Mは決定的な弱点を抱え込んでいた。

 ゲアリー・キルドールはDECのシステム10のOSだったTOPS-10をまねて、CP/Mを書いた。文字と数値を処理することが一般的にコンピュータに要求されることのすべてだった時期に作られたTOPS-10は、グラフィックスを取り扱うことなど念頭に置いてはいなかった。過去のコンピュータ技術をマイクロコンピュータ用に移し替えたCP/Mにも、グラフィックス関連の機能は備わってはいなかった。さらにCP/Mの16ビット版として開発されたMS-DOSでも、グラフィックスは穴のまま残されていた。

 そうした事情とは無関係に、マイクロコンピュータを使ったシステムを自分のものとしたホビイストたちは、文字と数値の世界を超えつつあった。彼らはグラフィックスを、音を、自分たちのマシンでいじりはじめた。グラフィックスを使ってゲームを書くことは、そもそもタイニーベーシックの手作りが呼びかけられた際の重要な目標の1つだった。高解像度のカラーグラフィックス機能を備えたアップルII 用には、ベーシックを使ってゲームをはじめとするたくさんの視覚的なソフトウェアが書かれていた。

 組織上の役割や制約とは無関係に、1人の人間として人がコンピュータと向き合ったとき湧き上がってきた、グラフィックスや音と遊びたいという欲求を埋めたのは、ベーシックだった。

 コンピュータが初めて個人に解放されて花開いた新しい文化は、ベーシックの上に乗っていた。

 今後より合理的、より効率的にコンピュータを使いこなそうとすれば、OSは確かに不可避の選択だった。だが現実に用意されていたOSの選択肢は、もっともパーソナルコンピュータらしいグラフィックスや音の機能を欠いた、旧世代文化のコピー版だった。

 ではどうするのか。

 インタープリタ構造のベーシックに永遠に閉じこもって、遅さを嘆きながらもグラフィックスを活用し、人の肌合いに沿った新しい文化を育てようと試みるのか。それともやはり、当然の流れとしてOSへの切り替えを受け入れ、その流れの中でパーソナルコンピュータが育てはじめた間口の広いメディアとしての性格に対応していくのか。グラフィックスの機能を欠いたOS上で、視覚的なソフトウェアを書こうとすれば、少なくとも枠からはみ出した機能だけは、対象とする個別のハードウェアに対応した形で書かざるをえなくなる。そうすればグラフィックスが引っかかって、OSの大きなメリットである互換性の確保が実現できなくなる。それでもやはり、OSに進むべきなのか。

 標準搭載には踏み切らなかったものの、IBMがOSの使用を前提としたPCで市場に乗り込んできた時期、ハードウェアとソフトウェアの作り手は意識するか否かにかかわらず、この問いに直面させられていた。

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