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パソコン創世記
第2部 第6章 魂の兄弟、日電版アルト開発計画に集う
1983 PC-100の早すぎた誕生と死

PC-9801F

富田倫生
2010/8/11

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、日本のパソコン業界黎明期に活躍したさまざまなヒーローを取り上げています。普段は触れる機会の少ない日本のIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は『パソコン創世記』の著者である富田倫生氏の許可を得て公開しています。「青空文庫」版のテキストファイル(2003年1月16日最終更新)が底本です。「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に則り、表記の一部を@ITの校正ルールに沿って直しています。例)全角英数字⇒半角英数字、コンピューター⇒コンピュータ など

 木原がディスプレイの中の論理の世界に魂を奪われ、プログラミングに没頭していた1983(昭和58)年10月13日、日本電気は16ビットのパーソナルコンピュータ、2機種の発表を同時に行い、即日販売を開始した。

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 1つは、PC-100。そしてもう1つは、PC-9801シリーズの新機種、PC-9801Fだった。

 前年の同じく10月13日にPC-9801を発表した情報処理事業グループでは、年が明けて2月から後継機種の仕様検討の作業を本格化させていた。

 発売開始直後は、予定した年間7万台の販売計画を上回る月間1万台ペースで好スタートを切ったPC-9801だったが、年が明けるとショップやディーラーの手元には在庫がだぶつきはじめていた。

 PC-8801互換の16ビットのベーシックマシンとして仕立てたPC-9801がどこまで市場に受け入れられるか、見極めのつかない段階で着手した後継機の仕様検討の作業を、浜田俊三は当初、2本立てで考えた。

 コンピュータ事業の大原則から言えば、本筋はPC-9801のソフトウェアをそのまま引き継ぐことのできる強化機種だった。

 よほど革新的な技術を盛り込んで他社を圧倒できる自信でもない限り、過去のマシンとの互換性を断ち切ることが自殺行為につながることを、浜田は25年に及ぼうとするコンピュータビジネスの経験を通じて痛感していた。社内の強力なライバルである渡辺和也の注文を呑んで8ビット機との互換性を取る道を選び、西和彦から互換ベーシックの開発協力を得られないという窮地に立たされてもなお、この路線を死守することにこだわったのも、その確信ゆえだった。

 だが、市場からPC-9801が受け入れられないとすれば、別の路線を選ばざるをえないこともまた、事実だった。土壇場でオフィスコンピュータの最下位機種という道を捨て、きわめて短期間で開発せざるをえなかったPC-9801には、もう1度白紙を与えられて設計しなおすことが許されるのなら、作りなおしたい点はいくつも残されていた。コンパックが先鞭をつけたIBM PC互換機を、日本語に対応させるというアィディアに、浜田は魅力を感じていた。

 1983(昭和58)年3月の年度末で、PC-9801の出荷台数は4万5000と報告された。流通にかなりの台数がだぶついている事情を踏まえれば、無条件に合格点のつけられる数字ではなかった。だが年度が変わって、早水潔が掘り起こしに奔走してきたアプリケーション開発の成果が実を結びはじめた。小澤昇の努力によって短期間で出荷にこぎ着けた本格的な漢字プリンターも好評をもって迎えられる中で、浜田はPC-9801の改良という本筋の選択に傾いた。

 PC-9801の強化のポイントは、日本語が使えるビジネス機という性格を鮮明に打ち出すことに置いた。

 新機種のPC-9801Fには、JIS第1水準の漢字ROMが標準で組み込まれ、ベーシックやMS-DOSの日本語機能が強化されることになった。5インチのドライブを標準で持たせることにより、アプリケーションを何に収めて供給するかのターゲットが確定され、ハードウェアは全面的に作りなおされた★。

 ★ビジネスを狙うとしたPC-9801だったが、漢字ROMをオプションにまわした点は、標準で持たせた他社の機種が並ぶと弱点として際だった。そこでJIS第1水準の漢字ROMを標準で組み込み、オプションで第2水準のROMも用意された。

 日本語への対応は、基本ソフトにおいても徹底された。従来のベーシックでも、オプションの漢字ROMを組み込めば、それぞれの漢字に割り振られているJISコードを16進数で入力して、漢字を表示することができた。だがいかにもわずらわしい従来の方式に加えて、仮名やローマ字で入力した読みを、辞書を使って漢字に変換する機能があらたにベーシックに組み込まれた。同時に発表されたPC-9801用のMS-DOS 2.0にも、ローマ字と仮名の漢字変換機能が付け加えられた。

 日本語の使えるビジネス機という性格を際だたせ、ソフトウェアの互換性は保つと決めたうえで、PC-9801の次期機種の中身は完全に作りなおされた。

 初代機にはクロック周波数5Mヘルツの8086互換チップが使われたが、新機種には8Mヘルツで動作する8086-2を採用した。開発期間がごく短く限られたPC-9801は、既存の部品だけで組み立てられ、専用のLSIはいっさい使われていなかった。その結果、初代機はかなり大きなマシンに仕上がっていたが、後継機ではASICで専用LSIを起こし、小型化と信頼性、処理速度の向上を図ることにした。本体基板用に起こすASICは、合計12個に及んだ。

 フロッピーディスクは8インチに代わって5インチが主流となりつつあり、さらにその中でも従来の320Kバイトから640Kバイトへの世代交代が起こりつつあった。日本語を標準的に扱うことを考慮して、新機種には640Kバイトのドライブを1台積んだF1と、2台実装したF2が用意された。価格はF1が32万8000円、F2は39万8000円に設定された。

 初代のPC-9801は、8インチと5インチのドライブをオプションとしており、従来8ビット機でアプリケーションの供給媒体として広く使われてきたカセットテープレコーダーのインターフェイスも別売にまわしていた。本線の媒体がはっきりしていない点は、PC-9801用のソフトウェアを開発する側にとって頭の痛い問題だった。漢字ROMがオプションである点も、アプリケーション開発のターゲットを絞り込ませない要因となっていた。だがPC-9801Fによって、漢字ROMと5インチという目標が明確に設定できることになった。

 ベーシックマシンであるPC-8801の16ビット版として生まれたPC-9801は、2代目のPC-9801Fでアプリケーションの上るべき土俵を明確に定義した。水面下で早水が仕掛けつつあった、MS-DOSマシンに変身させるためのプログラムが発動しはじめれば、PC-9801は日本電気版のIBM PCとしてさらに確固たる地歩を固めるだろうと、浜田は読んでいた。

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