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国際競争時代に突入するITエンジニアに生き残り策はあるか?
日本人ITエンジニアはいなくなる?

第11回 スピードとチャレンジに欠ける日本のIT業界

小平達也(パソナテック 中国事業部/早稲田大学ビジネススクール講師)
2005/7/1

ITエンジニアの競争相手が海の向こうからやってくる。インド、中国、それに続くアジア各国。そこに住むエンジニアたちが日本人エンジニアの競争相手だ。彼らとの競争において、日本人エンジニアはどのような道を進めばいいのか。日本だけでなく、東アジア全体の人材ビジネスに携わる筆者に、エンジニアを取り巻く国際情勢を語ってもらった

日本、アメリカ、中国のビジネス

 本連載の第9回「IBMのPC事業売却がエンジニアにもたらすもの」でIBMの中国企業へのPC事業売却に触れた。日本のITエンジニアも、「アメリカ」一筋、もしくは「中国」一筋という時代ではなくなったと感じることが多々あるだろうと思う。

 今年の1月にスイスで行われたダボス会議(世界経済フォーラム)では、全体で200セッションのうち、中国関連のセッションが7つもあったという(ちなみに日本関連セッションは1つ)。このような経済会議でテーマとして取り上げられる数に呼応するように、最近では日本企業でも、欧米で事業経験を積んだエース級の人材を中国ビジネスに投入することが、IT関連に限らず業界を超えた風潮になっている。

 こうしたことを背景として、日本のIT企業の経営陣はアメリカ・中国と日本の関係をどのようにとらえ、行動しているのだろうか。このような意識を持っていたところ、先日NECソフト 常務執行役員(当時) 工藤秀憲氏より「グローバルビジネスの成功に向けて〜日・米・中国人のビジネスと生き方〜」というテーマの講演を聞かせていただく機会に恵まれた。

 同社はシステムインテグレーション、ソフトウェア開発、ソフトウェアパッケージ販売などを中心業務とする会社であり、中国での事業展開も行っている。工藤氏はアメリカでの事業経験に加え、ここ数年は中国のシステムインテグレータなどとの事業を展開しており、今年1月からはNECソフト北京の董事長(理事長)も兼務していたという方だ。著書に『飛び出せ日本人! 日・米・中国人のビジネスと生き方』(創栄出版刊)などがあるので、ご存じの方もいることだろう。

 今回の工藤氏の講演では、日本・アメリカ・中国の3カ国で企業経営に携わった立場から、変化の激しいIT業界における激烈な交渉などを通じて学んだ日本人、アメリカ人、中国人のビジネスや行動の比較について紹介があった。本稿ではその中の一部を紹介しよう。

エンジンは他人任せ? 日本のIT産業

 「これを自動車に例えれば、エンジンがすべてアメリカ勢に押さえられているということなのです」。工藤氏は会場に向かって訴えた。

 同氏が指すスクリーンには「日本におけるオープン系ITツールのシェア」を示す図表が映された。例えばデータベースの2003年出荷金額シェアではオラクル(47.1%)、マイクロソフト(25.1%)、IBM(13.7%)とあり、日本企業の名前はない。世界を見渡したうえで日本のIT産業を語る際に、同氏はこのことを「エンジンがアメリカ勢に押さえられている」と端的に表現したのだ。これはデータベースだけではなく、ERPパッケージでは上位からSAPジャパン、日本オラクル、富士通というシェアになっている。同様にCRMパッケージの売上高シェアでも、SAPジャパン、日本シーベル、日本ピープルソフト(当時)などアメリカを中心とした欧米勢が存在感を示している。

 OSやデータベースでシェアを伸ばすアメリカ企業の背景についての詳しい説明も興味深かった。同氏は「アメリカ企業は多くの場合、世界を1つの市場と見なしているので、企業が生まれたてのまだ小さいうちからワールドワイドな事業展開を目指している」という。

 日本企業の場合、個別顧客への機能対応を重視し、カスタマイズと称する作り込みをすることが常識になっている。海外展開にしても「まずは日本国内で成功し、海外はいずれビジネスが大きくなってから」という発想が一般的だが、アメリカの場合は企業が小さいうちから「世界でどうやって売っていくか」を意識しているというのだ。

 アメリカは多民族国家であり世界の縮図だといわれている。国内にいながらにして公私共に常に異文化に触れる環境が、海外での展開を容易にしているのだろう。

グローバル志向のアメリカと韓国

 このようなグローバル展開の志向を持つのは、実はアメリカだけではない。隣国、韓国でも海外志向が強いことをご存じだろうか。現在の日本にとって最大の貿易相手国は中国だが、その中国に対して、韓国企業の契約ベースでの直接投資金額は91億ドル(2003年の数字。出典:日本貿易振興機構 中国・直接投資統計)であり、日本の79億ドルを上回っている。

 背景としてさまざまな理由が挙げられるだろうが、韓国の場合、国内人口が4000万人と少ないために、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)など新興市場国を中心とした海外での売り上げを増やす必要がある、というのもその1つだろう。携帯電話や自動車に見るまでもないが、結果としてそれらの国における韓国企業の認知度は日本企業よりも高いという現象が起きているわけである。

 本連載の第2回「優秀な人材に見向きもされない日本企業」でも紹介したが、中国の大学生の就職人気企業の上位20位以内に韓国企業であるサムスン電子の名前が堂々とエントリし、GEやシーメンス、モトローラ社などと同等かそれ以上の人気ぶりである(一方で日本企業はベスト50位の中にソニーと松下電器産業の2社が入っているだけ、という状態である)。

 アメリカと韓国は、それぞれ異なる背景を持ちながらも、早い段階からグローバルマーケットを目指してまい進しているという意味で、同じ方向を目指しているといえる。一方で、日本は国内に1.2億人の人口を有し、世界第2位のGDPを誇る市場があるためもあって、危機感がない。「お客さまがいて食べていける」状態では、よほどのことがない限り必死にならない(なれない?)のは当然かもしれない。

 しかし、日本の人口は2006年にピークに達し、2100年には現在の約半分の6000万人台になるという国立社会保障・人口問題研究所の推計がある。現在の日本は世界トップレベルの豊かな市場を有しているが、この市場が消滅に向かうのは時間の問題ともいわれている。このようなことを背景として、IT業界では「気が付いたら自前の国産エンジンがない状態」になってしまっているのだ。

3カ国のITビジネスの違い―権限・スピード・チャレンジ

 下記は工藤氏によって紹介された、ビジネスに関連するテーマ別にまとめられている3カ国の比較表だ。日本、アメリカ、中国それぞれの国ごとに、経営の透明度、権限と役割の明確化、意思決定のスピード、チャレンジスピリッツ、顧客志向、社内情報の共有化、チームプレーについての得意、不得意を表している(表1)。いかがだろうか。

トピックス
日本
アメリカ
中国
経営の透明度
×
権限と役割の明確化
×
意思決定のスピード
×
チャレンジスピリッツ
×
顧客志向
×
×
社内情報の共有化
×
×
チームプレー
×
×
表1 IT業界における3カ国のビジネススタイル。NECソフト 常務執行役員(当時) 工藤秀憲氏の資料より

 アメリカと中国双方に共通する項目として挙げられているのは、権限と役割の明確化、意思決定のスピード、チャレンジスピリッツの3点だ。確かにこの3点は中国でも現地の経営者にインタビューするたびに感じさせられるもので、そのバイタリティは恐るべきものがあるが、この説明を受けてあらためてアメリカ社会との「発想」の類似性を感じた。

 もちろん違う見方をすれば、権限と役割の明確化は与えられた範囲内での業務しかしない「あしき縦割り」の原因になるかもしれないし、意思決定の速さは「朝令暮改」につながり混乱を招く可能性がある。過度なチャレンジスピリッツは実力以上の自己評価、過信を招くこともあるだろう。

 それにしてもである。IT業界ではITエンジニア向けのメッセージとして「変革を起こし、変化に対応することが大切である」と語られることが多いが、ITエンジニア個人というレベルを超え、その国の社会というレベルで上記3点がアメリカと中国に共通していることに注目しておきたい。

 1人ひとりのITエンジニアに対する工藤氏のメッセージを最後に紹介する。「長年アメリカ人、中国人とビジネスを進めていると、日本人、アメリカ人、中国人という国籍・人種で人間の行動パターンが違っているのではなく、各国の社会環境に最適な行動をした結果、日本的行動、アメリカ的行動、中国的行動として現れているということが分かってきます。(中略)つまり、各国人の行動パターンの裏にはそれなりの理由があるということです。しかし、いつの時代でも社会構造や事業構造の変化に追随できない個人、社会、国は衰退の道を歩み、変化を先取りできる人たちは成功の階段を上るのです」


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