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国際競争時代に突入するITエンジニアに生き残り策はあるか?
日本人ITエンジニアはいなくなる?

第15回 ITエンジニアこそ、日本最大の資源

小平達也(パソナテック 中国事業部 事業部長/早稲田大学アジア太平洋研究センター 日中ビジネス推進フォーラム講師)
2006/2/22

ITエンジニアの競争相手が海の向こうからやってくる。インド、中国、それに続くアジア各国。そこに住むエンジニアたちが日本人エンジニアの競争相手だ。彼らとの競争において、日本人エンジニアはどのような道を進めばいいのか。日本だけでなく、東アジア全体の人材ビジネスに携わる筆者に、エンジニアを取り巻く国際情勢を語ってもらった

そもそも働く目的は?

 本連載では、自分戦略として個人の高付加価値化は必須であるという考えのもと、海外技術者のキャリアや経営者の視点など、さまざまな角度から高付加価値化というテーマに取り組んでいる。

 読者の皆さんはITエンジニアとしていろいろなシーンで活躍されていると思うが、そもそもスペシャリストとして働く目的とは何であろうか。内閣府が2005年に実施した「国民生活に関する意識調査」では、働く目的のベスト3は以下のようになっている。

<働く目的>
  1. お金を得るため(45.0%)
  2. 自分の才能や能力を発揮するため(17.9%)
  3. 社会の一員としての務めを果たすため(14.3%)

 「お金を得るため」と回答した人が45.0%と、ほかと比べて圧倒的に高い。極論であるが10人のプロジェクトチームで仕事をしている場合、メンバーのうち4人は金銭目的を第一にしてプロジェクトに参加しているということになる。

 単なるタスク処理業務だけ行うのであれば、その考え方もアルバイト的でいいかもしれない。しかし、「お金を得る」ことだけを目的としているプロジェクトメンバーは、プロジェクトがトラブルや困難に直面したとき、逃げ出さず本気で必死になって乗り切ってくれるのだろうか。

 社内での、もしくは社会的な地位が高くなればなるほど、あいまいな状況で決断をしなければいけないケースが増えてくるだろう。そのとき意思決定する人間に、経済合理性とともに「仕事への思い」「志」といった思想がないのでは、決断が社内や社会で受け入れられ、認められるのは難しいのではないか。

 最近の騒動ではないが、「仕事をした結果を市場が評価して時価総額が最大化される(仕事の結果が認められ給与がアップする)」ことと「時価総額の最大化そのものを目的にする(高額の給与をもらうこと自体を目的にする)」ことでは当然、意味も意義も大きく異なる。この点は企業経営も個人のキャリアも同じだ。

 ある分野で専門性を高め、マネジメント業務を通じて自身の価値を高め、その結果が収入に結び付くというのがシンプルだが確実で効果の高いキャリア戦略の本道だろう。目的と手段をはき違えたキャリア観では、そもそも仕事を通じて得られる高揚感や達成感など、自分自身の満足感も得られないのではないか。

 もちろん個人でどのようなキャリア観を持つかは自由だ。今回は自分戦略を取り巻く環境として、知っておいた方がよい日本社会とグローバリゼーションの動きについて紹介したい。

2005年、日本はついに人口減少へ

 本連載第2回「優秀な人材に見向きもされない日本企業」(2003年12月)で、日本国内の人口が2006年にピークを迎え、その後長期の人口減少社会になるということを紹介したが、予想より1年早い昨年2005年に人口減少が始まった。平成17年の死亡数107万7000人が出生数106万7000人を上回り、自然増加数がマイナスに転じたのだ(厚生労働省・人口動態統計の年間推計による)。

 この傾向は一時的なものではない。人口減少は引き続き進行し、2050年に日本の人口はおよそ1億60万人になると予測されている(国立社会保障・人口問題研究所 中位推計)。2000年の日本の人口は1億2693万人であったので、この50年間で2600万人、毎年52万人が減るという計算である。

 2600万人の規模をイメージするために比較対象を挙げてみよう。ITエンジニアに代表される情報サービス産業の就業者は約57万人といわれているから、この46倍である。ちなみに57万人の内訳はSE(システムエンジニア)24万1317人、PG(プログラマ)10万5688人、研究員8067人、管理・営業9万4080人、そのほか8万3910人、出向・派遣者3万6480人となっている(2004年経済産業省・特定サービス産業実態調査による)。

 ほかの比較対象を挙げると以下のとおりだ。

  • 東京都の人口は1250万人。東京都が2つ分
  • 大阪市の人口は260万人。大阪市が10個分
  • 台湾の人口2200万人の約1.2倍
  • 日本の18歳人口150万人の約17倍

 感覚を共有いただけただろうか。これだけの日本人が50年間でいなくなってしまうのである。職場で本文を読まれている方は周りの席を見渡して想像してみてほしい。2050年までに、5人に1人の割合で日本人が減っていくのだ。

 日中戦争から第二次世界大戦終了まで(1937年から1945年の9年間)の日本の戦争による死者数は310万人であったといわれている。すでに突入している人口減少社会では、われわれは先人たちが経験したいかなる戦争や災害よりも大きく急激な環境変化に直面することになる。

 「人口」にカウントされている中でも、若い世代のフリーター(200万人)やニート(65万人)といわれる人々の数は増加していく。これらの人々は低所得のまま年齢を重ね高齢化していく。

 これまで、自分のキャリアを考えるためには目先のスキルや職場との関係、業界の動向を考えていればそれでよかった。しかし急激な環境変化に直面する時代では、個人と職場を取り巻く社会の大きな動きを考えておくことがより重要となる。

 さらに、ITの進化と普及でより「フラット」になった今日の世界では、「環境変化」はワールドワイドに進行していく。日本という「内側」と併せてグローバリゼーションという「外側」の環境にも目を向けてみよう。

世界で低下する日本の存在感

 「プレゼンが下手」「英語が苦手」「意思決定が遅い」などといわれながらも、今日まで日本のメーカーやIT企業は世界で一定の存在感を保てていた。この背景には、日本が一定のボリュームの人口を有しており、世界で第2位を誇る市場を擁していたということがある。以下の主要国GDPランキングを参照してほしい。

<主要国GDPランキング(2004年)>
  1. アメリカ合衆国 11兆6646億ドル
  2. 日本 4兆6824億ドル
  3. ドイツ 2兆7031億ドル
  4. イギリス 2兆1245億ドル
  5. フランス 2兆104億ドル
※OECD(Organization for Economic Cooperation and Development)のデータによる
※中国のGDPは約1兆6487億ドル

 つまり、世界からいろいろと批判を受けてはいたが、いままでは国内市場で十分に食べていけたということである。「国内でそこそこ食べていける」状態では、企業も個人も本気でグローバルビジネスに取り組む必要を感じないだろう。

 実のところ、日本のIT企業や通信事業者のグローバル展開の歴史とは、自動車産業に代表されるような国内大手メーカーのユーザーが海外で現地生産などを展開するのに伴い、一緒に海外進出を果たしてきた歴史なのである。日本国内のユーザーとベンダの関係のまま、ユーザーの海外拠点へのシステム導入や運用をサポートするという構造で海外進出をしてきたのだ。グローバルな展開とはいいつつ「あくまでも顧客は日本人と日本企業」であり、そういう意味では限りなく日本ビジネスに近いものであったのだ。

 ところが今後、日本の人口が減少し、市場も縮小する中では状況は異なってくる。企業の衰退を食い止め、繁栄させるために、「海外進出する日本企業へのサポートを拡大する」「日本に新たな産業を興し市場を創造する」「日本の外に広がるグローバルマーケットで勝負する」というような選択肢が考えられるだろう。

海外企業のグローバル戦略と「オフショアのオフショア」

 世界的には、「グローバルマーケットでの勝負」に挑み、世界展開している海外企業が年々存在感を増している。自国の国内市場がもともと小さい国々は、海外に市場を求めて動くというアプローチをすでに行っているのである。

 例えばフィンランド、スウェーデンや韓国にはノキア、エリクソンやサムスン電子といった「一国一点豪華主義」企業が誕生し、自国を代表する企業として世界展開をしている。自国の市場規模よりも圧倒的に多くの人口や市場をかかえ、成長のスピードも速いグローバルマーケットでビジネスを展開しているのだ。これらの企業はBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)といわれる新興国で急速に存在感を増している。

 新興国自体のビジネスも大胆に動いている。安価な労働力を大量に提供できることが中国やインドのオフショア開発受託者の強みでありセールスポイントであるが、さらに踏み込んだ動きも出てきているという。

インドのソフトウエア最大手、タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)のラマドライ最高経営責任者(CEO)は、ソフト開発事業の一部を、人件費が安いベトナム、カンボジアに移管する考えを明らかにした。ソフト開発技術者の人件費の安さを武器に欧米企業からの受注を増やしているが、人員不足のためインド国内の技術者の賃金が高騰。相対的に賃金が安い海外への事業移管で競争力を維持することにした。

(2006年1月28日付 FujiSankei Business i.より引用)

 中国やインドだけでなく、最近ではベトナムやフィリピンなどでのオフショア開発の話もよく耳にする(本連載第10回「日本企業を囲む『内定辞退の壁』」で各国の商談風景を紹介したので参照されたい)。上記の例はいわばオフショアのオフショアであろう。中国でも上海で受託した案件をよりコストの安い西安などの内陸部に再委託するという話はよく聞くが、この記事によると、新興国から新興国への再委託というさらにダイナミックな動きが始まるということなのだろう。

ITエンジニアこそがわが国最大の資源

 日本社会で急激かつ大規模な人口減少が進む一方、フリーターやニートも増加していく。このような衰退社会では社会保障負担の増大や犯罪の増加、治安の悪化なども考えられる。一方、世界ではITの普及によりフラットな社会が実現しつつあり、存在感を持つグローバル企業が各国から出現し、オフショア開発の構造も複雑化していく。

 筆者は日常的に日本国内・海外双方のITエンジニアと出会い、雇用情勢、社会環境に触れている立場にある。このような状況を知れば知るほど、危機感を持たずにはいられない。同時に、資源の乏しいわが国では人材、とりわけITエンジニアこそが世界的に競争力を発揮できる最大の資源であり「切り札」であるということも確信している。

 日々の生活、ビジネスや旅行などを通じて日本と世界の大きな動きを体感する、日々の業務を通じて自分の専門性を追求する、より上流工程に取り組む、マネジメントスキルを高める……このようなごく当たり前のキャリア形成を1人1人が行っていくことこそが、個人にとってもわが国にとっても、結果としてグローバリゼーションの進む世界にとっても最大の貢献となるだろう。

 皆さん1人1人のキャリア観の形成と日々の活動が、実は世界の動きにつながっており、結果的に社会に対して大きな影響を与えるのだ。

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