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国際競争時代に突入するITエンジニアに生き残り策はあるか?
日本人ITエンジニアはいなくなる?

第28回 外交のプロに学ぶ、自分を「伝える力」

小平達也
2008/4/25

ITエンジニアの競争相手が海の向こうからやってくる。インド、中国、それに続くアジア各国。そこに住むエンジニアたちが日本人エンジニアの競争相手だ。彼らとの競争において、日本人エンジニアはどのような道を進めばいいのか。日本だけでなく、東アジア全体の人材ビジネスに携わる筆者に、エンジニアを取り巻く国際情勢を語ってもらった。

いかに相手に「伝える」か

彼を知り己を知れば百戦して危うからず
彼を知らずして己を知れば一戦一敗す
彼を知らずして己を知らざれば戦うごとに必ず危うし

 「敵方の状況・実力などを知ったうえで、自らについても客観的に把握をしておくことが大切である」という意味の、孫子の兵法(謀攻篇)にある言葉である。

 本連載では「ITの進化とグローバリゼーション、それに伴う仕事と所得の平準化に対して、自分戦略として個人の高付加価値化は必須である」という考えのもと、まさに「彼を知る」(=相手を徹底的に理解する)という観点から海外のITエンジニアのキャリア観などについて紹介している。

 「相手を知る」「自分を知る」ことと併せて、「自分を適切に伝える」ということも大切だ。これは単なる自己紹介・自己PRではない。前回「松下電器産業の社名変更に見るグローバル戦略」でも触れたが、ITエンジニアとして素晴らしいスキルを持っていたとしても、それを相手に伝え、理解・支持されなければ海外のITエンジニアをうまく活用することはできない。

 激しい環境変化を迎えるとき、技術スキルをベースとしながら、いかに相手に分かりやすく伝え、素早く前向きに対応していけるかがいままで以上に求められてくる。

 日本国内で日本人の同僚と仕事をしている限りは、「伝える力(りょく)」の難しさと重要性を感じることはあまりないだろう。なぜならそれほど努力をしなくても、長期間同じ環境で同じ経験を共有している相手には「勝手に伝わっていく」からである。

 これはこれで居心地がよいのだが、中国やインド、ベトナムをはじめとする海外のITエンジニアとの仕事の場合、そうはいかない。「何度いっても分からない」「日本国内の業務と比べ数倍コミュニケーションの手間がかかる」「オフショアでコスト削減を狙っても、これでは日本で開発した方がまし」など、負担はますます増えている。

外交のプロの「伝える力」――外務省大臣官房参事官 井出敬二氏に聞く

 ところで外交の世界には、「パブリック・ディプロマシー」という考え方がある。これは広報や文化交流を通じて、民間とも連携しながら、政府間だけでなく外国の国民や世論に直接働き掛ける外交活動のことだ。

 活動の背景には、グローバル化の進展により、日本の外交政策やその背景にある考え方を自国民のみならず各国の国民に説明し、理解を得る活動が増えていることがある。いってみれば、日本国政府として海外のメディアや人材に自国の考えを伝えるということだが、これは海外と仕事をする日本人エンジニアにとっても参考になる考え方だ。

 今回は外務省大臣官房参事官であり、2004年2月より2007年7月まで在中国日本大使館広報文化センター長を務め、日本の中国に対するパブリック・ディプロマシーを展開してきた井出敬二氏に話を聞いた。井出氏は中国だけでなく、在ロシア日本大使館広報文化センター長も務めた経験のある、まさに外交のプロだ。

 ご自身の経験を基にした著書に『中国のマスコミとの付き合い方』(日本僑報社)、『パブリック・ディプロマシー』(PHP研究所・共著)などがあり、また日本語インターネット新聞「日刊ベリタ」で「日中・広報文化交流最前線」という記事を連載している。中国駐在時には現地マスコミとの交流を推進し、また自ら現地のテレビや新聞に積極的に対応するなど、行動力あふれる方である。

中国での「伝える力」6つのポイント

小平 「今回は、われわれ民間人もパブリック・ディプロマシーという考え方と実際の活動を知ることにより、日本企業や日本人エンジニアの海外ビジネスへの応用可能性を探りたいと思います。特に中国で、日本企業と日本人エンジニアが、よりうまく『伝える力』を発揮していくためのアドバイスを聞かせていただけますか」

井出敬二(いでけいじ)氏
外務省大臣官房参事官(国会担当)。1980年外務省入省。OECD日本政府代表部一等書記官、在ロシア日本大使館広報文化センター所長・参事官(報道担当)、外務省アジア大洋州局地域政策課長、経済局開発途上地域課長。2004年2月より2007年7月まで在中国日本大使館広報文化センター長、公使。

井出参事官 「私は2004年2月より2007年7月まで在中国日本大使館で広報文化センター長を務めましたが、この間には反日デモなどが発生し、その対応もしてきました。この経験から、中国とビジネスをするうえで役立つと考えられる6つのポイントをご紹介したいと思います。

 まず1つ目には、ITエンジニアであっても日中間の政治関係を理解しておくことです。『政治とビジネスは関係ない』という方がいますが、中国人が政治を通じて日本人をどう見ているかは知っておいた方がよいでしょう。日中関係で中国メディアがよく報道している問題は、歴史も含めてひと通り理解しておくことが大切です。通常のビジネスの場で政治問題を議論する機会はないでしょうが、中国人との本音での付き合いではそういう機会もあり得ます」

小平 「確かにそうですね。私が企業にアドバイスをする際にも、『日中関係で注意すべき日にち』を紹介しています。例えば日本で7月7日といっても七夕くらいしか思い浮かびませんが、この日は日中全面戦争の発端となったといわれる盧溝橋事件の発生した日で、日中関係を背景とする歴史的な『忘れられない』日にちになっています。そのような日に晴れやかなセレモニーやキックオフパーティーなどは控えるべきですね」

井出参事官 「いつがデリケートな日なのかは知っておくべきです。2つ目のポイントは中国社会を理解することです。例えば、実は中国はアメリカと同じくらいの『クレーム社会』であるということを知るべきです。日本企業の消費者向け製品やサービスなどでしばしば問題が起こります。これらがひとたび報道されると、今度はネットで一気に燃え上がる。この対応が大変なのです。欧米の食品、スポーツ用品を扱う企業なども標的になり、対応に苦慮していたことがあります。

 また、人材採用に関連しての中国独特の戸籍制度、日本とは異なる冠婚葬祭のしきたりなどは、私もずいぶん勉強しました。

 3つ目のポイントはこれと関係しますが、クレーム対応、広報対応能力を上げることです。上記のような問題が発生した際、日本企業の体制と担当者の力量によって、対応力は相当変わります。同じ日本企業といっても、説明責任をきっちり果たすところもあれば、現地日本人職員が少ないなどの事情から十分対応ができないところもあります。これは特に反日デモの際、日本企業もターゲットになり、皆さんが苦労されているのを見ていて、その重要性をあらためて強く認識しました」

小平 「まさにビジネススキルと直結しますが、これは危ない、と感じる『問題発見力』とそれに対処する『問題解決力』両方が必要となりますね。自分が対応すべき課題をきちんと認識して、臨機応変に対応する、これはITエンジニアにとっても大切な能力です」


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