第1回 コーチングでモチベーションアップを狙え
小田美奈子
2006/2/3
以前連載した「コーチングを身に付けよう」で、身に付けておくと役立つスキルであるコーチングの概要と活用事例について紹介しました。
今回は、IT業界でコーチングやファシリテーションなどのヒューマンスキルを活用している人を取り上げ、その事例を紹介していきたいと思います。皆さんがプロジェクトを成功に導くためのヒントになれば幸いです。
1回目は、大手のソフトウェア会社にて15年のリーダー経験がある後藤敏信氏が、プロジェクトでコーチングを活用して、成果に結びつけた事例を紹介します。
後藤敏信氏のプロフィール:1955年生まれ。ソフトウェア開発会社にて、大手通信事業者の顧客料金システム開発プロジェクトに携わる。システムエンジニアを経て、プロジェクトリーダー、提案型営業を経験。2005年より、インターネットマーケティング会社に勤務し、ビジネスブログの作成・コンサルティングをメインに行っている。 |
■コーチング活用のきっかけ
小田 プロジェクトリーダーを15年と長く経験されたんですね。
後藤 主に大手通信事業者の顧客料金システムの開発に携わり、大規模プロジェクトを多く経験しました。部下は40〜50人いて、リーダーとして総合試験の計画の作成や、各部署のサブリーダーから話を聞いて問題点を洗い出すなどの作業をしていました。
毎年1つのプロジェクトにかかわり、新規のプロジェクトでは20人ぐらいと一緒に働いていました。
小田 プロジェクトにコーチングを活用することになったきっかけは、どのようなことでしょうか。
後藤 家族がコーチングを勉強していたので、自宅の本棚にはすでに数十冊のコーチング関連の本やテキストがありました。私は目の前の本は読んでしまうという習性があるので、それを手に取ったのがきっかけです。
その中で「聴く」「質問する」というスキルが興味深かったので、早速試してみました。すると、その反応が面白いのです。部下の態度が変わるんですね。余計なことまで話しだすというか、話しだすと止まらないというか。より多くのことを話してくれるようになったんですね。それが面白くて、本やテキストを読んでは実践する、という繰り返しでした。
■どんなプロジェクトで活用したのか
小田 具体的にどのようなアプローチをされたのでしょうか。
後藤 通常、私たちは報告では仕事上のことしか聞かないのが当たり前なんですね。そして結果から先に聞きます。「どこまでできた? それ何%なの?」など、結果を聞いて何がどこまでいったか、定量的に聞くことが習慣づけられています。
プログラムであれば、全体のプログラム本数がいくつで、何本できて、何本できていなくて、という数値的な評価の報告を求めます。そういう中で「何で遅れているの」などの話になるわけですよね。
コーチングを知り、それまでの聞き方をやめて「どう?」「うまくいってる?」「こないだのやつ、うまくいった?」というような定性的な聞き方をするようにしました。
そうすると、「何がこうで……」と始まって、「ここが間違っていました」「あ、じゃあ、うまくいかないんだ」という話になっていくんですね。そして「ちょっと聞いてみます」「ほかの部署の○○さんに聞いてみます」など、部下がいろいろな話をいいだすようになったんです。
また、サブリーダーから毎回上がってくる進ちょくで、何か気になったり、遅れが見られたりすると、そのグループのところにいって、担当からじかに聞いたりします。
■意見やアラートが分かるようになった
「どう。忙しい? 最近、残業多いよね」という世間話からいろいろ聞いていきます。そうすると、「どうも具合が悪い」「何となく気持ち悪い」という意見やアラームが分かってくるようになります。
コンピュータシステムは100%出来上がって初めてOKなものなので、どこかにバグが出ていることは早めに見つけておかないと、後で修復するための工数がかかりすぎます。
報告書は決められたフォーマットなので、「何か気になること」ということは書いていません。報告書に書いてあることだけをうのみにすると、個人の数を足していくだけですから、全員の分を足して、全体の何%出来上がって、これに対してはこういう対策をして対処します、という報告をするようになります。
もともと、部下も定量的な質問に慣れているので、報告は定量がスムーズです。定量的に聞くと、定量的に答えてくるけれども、技術の話だけになるので、その行間が見えなくなります。それが定性的に聞くことによって、定量的な報告プラス、何だかイマイチだなという話も聞ける。部下が表現してくれるようになるという感じですね。
小田 定量+定性の質問で多くの情報を引き出す、それは大きな変化ですね。コーチングを取り入れたことで、ほかに変化はありましたか。
■メンバーのモチベーションが向上
後藤 コーチングを取り入れて変わったことは、とにかくメンバーのモチベーションが高くなったことです。話を聞いていても、仕事の進ちょくや品質、トラブルの解析ではなくて、「このプロジェクトで、ここが面白いよね」「このプロジェクトでもっと学びたいことは」「この技術ってあそこでも使えるよね」などの話が出ます。モチベーションでプロジェクトの定量成果は確実に変わります。
SE個人にとって、会社の方針やプロジェクトの目的は、他人事だと思うのです。特に大規模システムになればなるほど、数百人のSEが関連しますので、自分1人の仕事なんて、と思うのが普通です。
なのに、SEの仕事はハードです。何カ月もホテルや作業室に缶詰めになったり、深夜まで働き、トラブルが出れば、休日や夜間でも呼び出しを受けます。しんどいですよね。与えられた仕事で苦労していると、愚痴しか出ません。
自分の担当は、どこか小さい部分を作らされるだけ。それが100%完成するのが当たり前で、マイナス査定なんですよね。そうすると苦しくなってくる、冒険もできない。
新しいことを覚えるにしても、新しいプロジェクトで新しいシステムがあるときにうまくメンバーとして参加できればできるけど、そうでなければなかなかできないんですね。
そういうベースがある中で、「君はここの部分ね」「ここのパートね」と割り当てて「じゃあやってね」といっても、そこには何のモチベーションも生まれないですね。もし、自分のやりたいことと、目の前のプロジェクトが同じ目的だったらどうでしょうか。やる気が出ますよね。
小田 それはやる気が出そうですね。具体的に教えていただけますか。
■コーチングで行った具体的なこと
後藤 私がやったことは、
・メンバー個人のやりたいことをじっくり聴く(仕事のうえでの内容)
・プロジェクトの中で適切なポジションや役割を考える
・できれば、方向性やテーマを一緒にして、個人の探究心と仕事の成果を合わせる
そんなことを心掛けながら、メンバーとは話をしていました。
個人面談もこれまでは15分で終わらせていたものを、1〜2時間かけてじっくり話をするようにしました。あとは、普段の会話でも「そもそも何をやりたいか」という話をするようにしました。「うちの会社で何をやりたいんだっけ?」「うちの会社を活用して何を勉強したいんだっけ?」と。
例えば、「いつまでもプログラムを作っているわけにはいかないから、将来は、どんな形でやりたい?」というような話を意図的に聞くようになりました。
それを覚えておいて、新しいプロジェクトが立ち上がるときに、その内容を伝えます。「この間ずっと話していたの、こういうのがやりたかったんだよね?」「今度、こういう仕事が発生するから、できればここの部署でやってくれないかな」という投げ掛けをしました。
そうすると、本人もやりたいと明言したことでもあるし、もちろん興味も持っているので、仕事として与えられたもののほかに、自分でやりたいことがそこで手に入ります。
自分自身もメンバーへの接し方が変わりました。SEとして資格を持っているというのではなくて、本当は何をやりたくて、どういうことに興味を持っていてということを聞くようになりました。
メンバーは、会社の拡大がやりがいではなくて、自分の覚えたことを形にしていくこと、または新しいことを試していける場を欲しがっています。
■やりたいことをプロジェクトで見つける
後藤 プロジェクトが発生したときに、本人のやりたいことをはさむことでベクトルを同じ方向に向けさせると、みんな頑張れます。自分は、普段の会話や年2回の面談を通じて、それをはさむ役割をしていました。
小田 個人のやりたいこととプロジェクトの目指すものをつなぐ役割をされているんですね。最近、複数の方から「個人のやりたいこととプロジェクトの方向性がずれたときは、どうすればよいのか」と聞かれたことがあります。この問いに関してはいかがでしょうか。
後藤 会社は、品質も費用も納期も100%のことを求めます。そこで管理する方法は、定量型のすべてを数量化するという部分ですよね。上司のほとんどは、数値をそのまま部下にいうんですよね。ただ、部下はその数字だけをいわれても、基本的に自分の部分ではないという意識なのです。それは頭からすっと抜けていく感じで、味気ない話になるんですね。
ところが、自分の受け持っている部分の技術的な問題や、そういう問題に特化して話をすれば、腹に落ちるのです。
例えば、「君のやっているこの技術の確認の仕方が、今回のプロジェクトの一番の成功要因になっている」とか、「君のやっている検査方法で3日間短縮してくれることが、全体の納期を縮めることになる」というような置き換えをします。
数値目標の手前のところに、1人1人に合わせた納得しやすい目標を置くイメージです。本人にやってほしいこと、さらに本人がやれるだろう、やってもいいだろうと思うようなものを置いてあげることで、結局全体が上がっていくような感じです。普段から見ているメンバーなので、時間はそんなにかかりません。
小田 普段からメンバーをよく見ることが大事で、結果的にモチベーションのアップにつながったということですね。具体的にどのような成果がありましたか。
後藤 具体的には、納期が短縮できた事例があります。もともとは6カ月の納期のプロジェクトでしたが、いろいろな事情が重なり、1カ月半で立ち上げたのです。肉体的にはきつかったのですが、メンバーのモチベーションの高さがフォローしてくれました。
このときは、メンバーに担当割りするときにこちらが考えないで、本人に選んでもらいました。ネットワークが得意な人はLANを組むし、データベースやサーバが得意な人は初期設定して、ではここでは何をするかというのを勝手にみんなでやるんですね。やりたい人は一緒に入るし、早くできる人は一緒にやってサポートをして、そんな短い期間でも新しいことをやったりするメンバーでした。
メンバーの強みとやりたいことを生かすことができたと思います。
小田 先ほどのお話にあった、プロジェクト内で適切なポジションに配置されたことが効いたんですね。
では、コーチングを取り入れたことで、後藤さん自身に成果はありましたか。
■自分の成果
後藤 自分自身にとっての成果も大きいと思っています。自分の目的や目標を明確にすること、自分を認めることで、揺るぎのないリーダーになれたと思います。自分の立つ位置がしっかりしているので、ほかの人の意見は意見として受け入れることも以前より簡単になりました。
以前は、自分は歯車の一員だという意識だったので、会社の帰りに同僚と飲みに行って愚痴をいい、部下に愚痴られると「俺だってそうだい」とばかりに、話もろくに聞かないという、とっても後ろ向きの仕事態勢でしたね。
小田 その変化は大きいですね。いま振り返ってみて、リーダーとして大切だと思うことはありますか。
後藤 上司は、部下が技術を探求することを邪魔するのではなく、伸ばしてあげられるといいですね。会社は100%のものを求めていますが、SEは、自分の知識欲を満たしたいこともあります。
難しそうなことを「これ、できないかな?」と相談を持ち掛けると、徹夜して次の日に作ってきたりして、本当に好きなんですね。そこを分かっているかどうかだと思います。会社では無駄なことだったとしても、それを認めることで、彼らが「あ、この人は見てくれている」という意識を持つのだと思います。
■オリジナルの管理手法を持つ
管理手法はたくさんありますが、自分たちオリジナルの管理手法があってもいいと思います。やりにくい管理手法を作って文句をいうよりは、自分たちで管理手法そのものを作り替えた方がよいかもしれないなと思いますね。自分は、直属の上司の理解と部下の理解があって、この方法を進めることができました。
小田 後藤さんオリジナルの手法が成果を生み出したんですね。最後に、後藤さんの経験から、プロジェクトで成果を出すために参考となるヒントをお願いします。
後藤 SEという職業の人は、基本的に探究心が旺盛で、職人気質で、自分のことは自分でやるタイプが多いのではないかと思います。そんなSEには、『個人のやりがいを引き出す』ことは効果があると思いました。
多くのSEは、好きでコンピュータにかかわっています。夜中だろうが朝方だろうが、夢中になると目の前のものに集中してしまいます。こんなに、仕事をしている時間が多い職業も少ないのではないでしょうか。
その源泉は「好きだから」だと思います。「好きだから」とプロジェクトの間に、何かをはさむことができれば、SEのとても高いモチベーションとなって、成果につながると思います。
小田 個人のやりがいを最大限に引き出すことが成果につながるということですね。貴重なお話をありがとうございました。
■後藤氏の事例から学べること
後藤氏が実践したコーチングを活用したアプローチとその成果は、下記のようになります。
(1)定量的な質問で現状把握、定性的な質問でより詳しい情報を引き出す
→事前に問題点を察知、自発的な行動を引き出す
定量的な質問と定性的な質問を組み合わせること、相手の話をよく聴くことで、より多くの情報・行動を引き出しています。
数値で答えてもらう定量的な質問で具体的な現状を把握し、「どう?」など、相手が自由に考えられる質問をすることで、表面に出ていなかったことを見えるようにしています。
その結果、事前に問題点や不具合につながるポイントを察知しています。加えて、部下が解決策に気付き、自発的に行動するという効果もありました。
(2-1)メンバー1人1人の話をよく聴き、個人のやりたいこととプロジェクトの方向性を合わせる
→モチベーションをアップ
(2-2)メンバー個人のやりたいことをじっくり聴く
(2-3)プロジェクト内で適切なポジションや役割を考える
(2-4)個人のやりたいこととプロジェクトの方向性を合わせる
上記のようなステップを踏むことで、メンバーの強みを生かし、やりたいことができる環境をつくり出しています。相手の話をよく聴くことで、相手は安心感を覚え、より多くのことを話す、という効果があります。
また、数値目標を部下にそのまま伝えるのではなく、プロジェクトの目標と個人に関係する部分との接点を見いだし、1人1人に合わせた納得しやすい目標を置きました。
■Weメッセージで納期短縮
それがプロジェクト全体にどんな影響があるか、どんな貢献をしているかを伝えています。これは「Weメッセージ」と呼ばれ、相手が「私たち(全体)」に及ぼす影響を伝えるものです。相手が受けとりやすく、モチベーションを高める効果があります。
このメッセージを伝えることで、メンバーのモチベーションがアップし、納期短縮という成果につながりました。
(3)メンバー1人1人をよく観察し、好きなことや知識欲を認める
→モチベーションをアップ
メンバーの好きなことや知識欲を認め、技術を探求することを伸ばすサポートをしました。「認める」は、「相手の良いところを見て、心にとめる」=「見+とめる」が語源です。
メンバーをよく観察し、認めることで、メンバーが安心感を覚え、モチベーションアップにもつながっています。
今回お話を伺い、後藤さんがメンバー1人1人を尊重し、丁寧に向き合っている姿勢を感じました。1人1人をよく観察すること、面談に加えて日常でもメンバーにたくさん話してもらう機会をつくること、話をよく聴くことの大切さをあらためて認識しました。
以上、後藤氏が、プロジェクトにコーチングを活用して成果が生み出された事例をお伝えしました。
皆さんが興味を引かれたところは、ぜひ積極的に活用していただけると幸いです。
コーチングの基本スキル「聴く」「質問する」「認める」については、「コーチングを身に付けよう」の「第3回 コーチングの基本スキルを会得しよう」をご覧ください。
参考文献 『部下を伸ばすコーチング』(榎本秀剛著、PHP研究所) 『小さなチームは組織を変える〜ネイティブ・コーチ10の法則』(伊藤守著、講談社) 『コーチングマネジメント』(伊藤守、ディスカヴァー・トゥエンティワン) 『入門ビジネスコーチング』(本間正人著、PHP研究所) |
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執筆:小田 美奈子(http://www.happy-coachingcafe.jp/) |
消費財メーカーで商品開発・マーケティング業務に携わるうち、コーチングの考え方に出合う。2000年より、コーチ養成機関であるコーチトゥエンティワン、CTIジャパンにてコーチングを学ぶ。現在は「本当にやりたい仕事につき、自分らしく幸せに生きる」をテーマに、20〜30代の会社員を対象とした「天職・ライフワーク」「転職」に関するコーチングやキャリアカウンセリング、ワークショップ、経営者を対象とした「事業計画の達成」「ビジネスプラン作成」に関するコーチングを実施している。財団法人生涯学習開発財団認定コーチ/日本コーチ協会東京チャプター会員。特定非営利活動法人日本キャリア開発協会認定CDA(Career Development Adviser)。 |
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