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転職。決断のとき

第50回 遠回りして気付いた、「エンジニアこそが天職だ」

加山恵美
2009/4/8

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転職が当たり前の時代になった。それでも、転職を決断するのは容易なことではない。スキルを上げるため、キャリアを磨くため、これまでと異なる職種にチャレンジしたり、給料アップを狙ったり――。多くのエンジニアが知りたいのは、転職で思ったとおりの仕事ができた、給料が上がった、といったことではなく、転職に至る思考プロセスや決断の理由なのかもしれない。本連載では、主に@ITジョブエージェントを利用して転職したエンジニアに、転職の決断理由を尋ねた。


今回の転職者:橋本直樹氏(仮名・28歳)
大学の工学部を卒業後、音楽の道を志して音楽関係の専門学校に入学。マルチメディアのコンテンツ制作会社に就職し、プログラミングに携わったことがきっかけで、エンジニアへの転身を決意。独学でSJC-Pを取得し、システム開発会社へエンジニアとして転職した。

 今回登場の転職者、橋本直樹氏は、一時は音楽関連の専門学校に学んだ。ところがあるきっかけでITエンジニアという職業に魅力を感じるようになり、キャリアチェンジを果たした。遠回りしつつも、「これぞ天職」といえる職業に就いた橋本氏の転職経緯を追った。

ファミコンではなくパソコン

 橋本氏は28歳。同世代には、小学生のころファミコンに慣れ親しんだ人が多いだろう。しかし橋本氏は違った。「ファミコンは買わない」主義の家庭だったのだ。その代わり、父親が会社から持ち帰ったパソコンで遊んだ。東芝製の「パソピア」(PASOPIA)だ。パソコン雑誌を見てプログラムを入力し、シューティングやRPGなどのゲームをしていた。

 高校まではテニス部に所属し、スポーツにも打ち込んだ。大学進学時には機械関係で働いていた父親の影響もあり、工学部を選んだ。メカやハードウェアには子どものころから興味があったという。

 ファミコンではなくパソコン、部活でテニス、そして工学部。橋本氏の興味と経験は幅広い。次は音楽に関心が向いた。学生時代には友達とバンドを組み、演奏に熱中した。「B'z、エアロスミス、ボン・ジョヴィなどハードめのロックでした。うるさい系かな」

工学部卒業後、音楽関係の職業を目指し専門学校へ

 工学部卒業後、橋本氏は本格的に音楽の道を志し、音楽関係の専門学校に入学した。パソコンで作曲やアレンジもこなすようになった。

 だが就職先探しには苦戦した。音楽関係の職場はなかなか見つからなかった。専門学校卒業後の数カ月は、得意のギターを武器にミュージシャンになるか、裏方で作曲やアレンジをするかなど、いろいろと模索した。

 自分なりに情報収集し、最初の就職先に決まったのはマルチメディア系のコンテンツ制作会社だった。「音楽に近い」とようやく見つけた会社だった。

 最初の仕事は大学のeラーニング教材制作で、その大学の担当部署に常駐することになった。英語やロシア語といった語学、スポーツなどの教材を順次手掛けた。作成したい教材の内容を教授から聞き取り、構成を考え、カメラを設置して撮影する。ちょっとした映画監督のような感覚だった。

 「それでは撮影を開始します。先生、どうぞ」

 撮影した後は映像を編集し、字幕やBGMを付ける。問題の答え合わせをする場面では「ピンポーン」「ブブー」といった効果音も合わせる。持っていた音楽の知識やセンスを教材に盛り込んだ。

コンテンツ制作でプログラミングに再会

 教材はWebブラウザで閲覧するもので、データは基本的にフラッシュだった。多少のプログラミングも必要となった。教えてくれる人はいなかった。すべて書籍から独学で会得した。

 フラッシュでプログラミングをしていると、子どものころにBASICで遊んだ記憶がよみがえってきた。「懐かしい」と感じ、それ以上に「(自分に)合っている!」と気付いた。仕組みはすぐに理解できたし、プログラミングは純粋に楽しかった。このことがきっかけで、橋本氏はITエンジニアへのキャリアチェンジを考え始めた。

 「音楽で生活ができていたなら、その道に進んでいたかもしれません。しかしプログラミングは本当に楽しく、ITエンジニアは『これぞ天職』と思えるほどでした」と橋本氏はいう。

 実際、橋本氏の「ITエンジニアになりたい」という発想は、あまりとっぴなものとはいえないだろう。当時の仕事がITエンジニアのものと似ていたからだ。

 顧客から要望を聞き取り、成果物の案を作成し、スケジュールを調整して制作に入る。出来上がった成果物をサーバに収める。カットオーバー後は顧客からのフィードバックを受け取る。まさにITエンジニアのようである。

独学でJavaを勉強し、SJC-Pを取得

 しかし、橋本氏はITエンジニアとしてまったくの未経験である。採用が厳しいことは覚悟していた。加えて年齢もある。大学卒業後に専門学校に入り、その後コンテンツ制作会社に勤めたため、卒業から4年が過ぎていた。橋本氏は27歳目前だった。

 スタート地点で4年遅れてはいたが、「それでもやりたい」という熱意は本物だった。昼は教材制作の仕事を続け、夜は独学で勉強した。橋本氏は「Javaの本を買いあさりました。Javaを選んだのはフラッシュのプログラミングに近いと思えたからです」と話す。その努力が実り、2006年12月にSJC-Pを取得した。

 「まずスキル」と考えていた橋本氏だが、資格を得たことで転職活動にも着手した。スキル習得も大事だが、のんびりしていると30代になってしまう。「時間がかかれば転職に不利」と焦った。

 逆の不安もあった。コンテンツ制作会社に就職してからまだ2年もたっていなかった。短期間の転職で、飽きやすい人物だと思われないかという懸念もあった。

 年齢を考えると「早く転職したい」。勤続年数を考えると「早すぎると悪い印象を与えないだろうか」。心は揺れ動いた。

   

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