第6回 小江戸らぐ(後編):「弱いところ」をさらけ出せ
よしおかひろたか
2008/12/25
■外への広がり
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よしおか なかなか外に広がっていかないというのも、コミュニティの難しい部分ですね。IT業界で、勉強会という場に来てメリットのある人は大企業の中にもたくさんいると思うんだけど、そういう人たちはそもそも、そんな勉強会があることすら知らない。そういう人たちに届く言葉がないといけないと思うんです。いま自分が仕事で困っていることが、技術的な面でも、そうじゃない面でも、勉強会という場に来れば解決するかもしれない。分からないことが聞けたり、相談相手が見つかったりするかもしれない。そういう人たちを呼び込むにはどうすればいいんでしょうか。
羽鳥 うーん、難しいですよね。
よしおか まだわたしたちは「内輪」なんです。コミュニティ活動をしている人はすごく熱心で、しない人はそもそも知ってすらいない。
羽鳥 インストールパーティーを開催するとき、なるべく広げようとしたんです。地域のケーブルテレビで告知までしたんですが、ことごとく失敗。結局、前から知っている人がそれを見てくるだけなんですね。
よしおか 結局、自分のできることは、自分の知り合いを呼ぶことだけですよね。だけど、例えばブログに書いたり、メーリングリストで発信したりしていると、たまに新しく参加する人が現れる。カーネル読書会では、「今回が初参加の人は?」と手を挙げてもらうんです。すると、何人かいるんですよ。それを地道に増やすしかないんですかね。
■「宴会しているだけ」じゃない
よしおか 昨今の勉強会ブームで、「単に宴会しているだけじゃないのか?」という冷めた見方に対して、何かコメントはないですか。
羽鳥 いやー、それはうわべしか見てないと思いますね。
よしおか おお。うわべだけというのは?
羽鳥 横のつながりができるし、物事を深めることができる。教え方や学び方、質問の仕方などを皆さん身に付けています。ただ宴会しているだけじゃないですよね。
よしおか 教え方や学び方、身に付いていますか。
羽鳥 身に付いていますね。何回かやると、けんかしなくなるんですよ(笑)。絶妙なんですよね。昔は尖っていた人が、「これ以上はいい過ぎになる。これ以上いっちゃうとまずい。けんかになる」というところで、引くようになるんです。自分で意識しているのかいないのかは分からないんですが、大いなる前進だと思いますね。
■若きエンジニアたちが引き起こすブレイクスルー
羽鳥 そろそろまとめましょうか。僕らは、「できることをやる」というスタイルで、それを当たり前としてやっている。どうして当たり前にできちゃうのかって聞かれると、困っちゃう。やっぱり、そういうふうに能動的に動くことが楽しかったからかな。みんながオフに集まって勉強するのは、それが楽しいから集まっているんです。
よしおか それは間違いない。ただ、そういう経験をしたことがない人に、これは楽しいから来いっていっても、そうはいかないですよね。経験してもらわない限り、理解してもらえない。どう疑似体験してもらうかというのが、越えられない壁のような気がするな。
羽鳥 確かに、そうですね。
よしおか 従来の研究会や学会は、知を流通させるプラットフォームという機能があった。現在、バザールモデルのコミュニティで行われていることは、従来型のプラットフォーム以上のスピードで新しい知識が流通する場になっていると思います。わたしたちのようなアマチュアが、日々ぶつかる問題を勉強会や飲み会で流通し合い、試行錯誤の末に解決して、そのノウハウをまた勉強会や飲み会で流通させる。この「知」や「ノウハウ」の総和は、プロフェッショナルの研究者たちが生み出す価値の総和を圧倒的に凌駕しているのではないか、というのがわたしの仮説です。
羽鳥 しかも、生業にしてやっていないというところが面白い。プロフェッショナルじゃ理解できないでしょう。なんでこの人たちはそんなことをやっているんだ、という話になるでしょうね。
よしおか プロフェッショナルの知識が通用しない面もある。専門家から見ると「あり得ないだろう」と思うようなアプローチで、ブレイクスルーが引き起こされている。東京にはWeb 2.0系の小さな会社が山のようにあります。そういう会社にいて、現場で仕事をしている若いエンジニアたちが、そのノウハウを飲み会の場所で自由に交換している。Perlハッカーたちが居酒屋に集まって勉強会をしている。その価値の総和と流通のスピードは、途轍もないものがある。
羽鳥 彼らは得意なところも明確だし、悩んでいるところも明確ですね。
よしおか 自分が悩んでいることをみんなにさらけ出すことに、一切の躊躇(ちゅうちょ)がないんです。これまで大企業は規模の経済性で勝負してきましたが、一方でそういう小さな会社のWeb系のエンジニアは、自分の技術に対する忠誠心と、それを磨くということへのストイックさで勝負している。そういう人たちがいて、勉強会というプラットフォームができちゃったから、彼らは勝手にどんどん育っていくでしょう。
羽鳥 すごく面白いですよね。これからが楽しみです。
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小江戸らぐは軽やかに、勉強会やコミュニティが陥りがちな隘路(あいろ)を飛び越えて、いまに至っている。コミュニティの運営のコツについて、羽鳥さんは「頑張らないことだ」と語る。紆余(うよ)曲折を経てたどりついた境地なのかもしれない。
勉強会の主催者は、ともすれば参加者のために「頑張ってしまう」。しかし、過度の頑張りは主催者の負担になり、それは運営を継続することへの足かせにもなる。そして、頑張らないためには、自立した参加者、すなわち自分のできることを自分でする参加者が必要である。
羽鳥さんは、当たり前のことを当たり前にやっているという。だが、羽鳥さんたちにとっての当たり前が、ほかの人にとっての当たり前ではないから難しい。羽鳥さんたちの当たり前は、少なくともコミュニティの運営方法として、何がしかのベストプラクティスを内包している。それは勉強会を主催したいと願っている人々にとって貴重な情報となる。引き続き、勉強会の達人にとっての「当たり前」を、明示的に記録していきたいと思う。
筆者プロフィール |
吉岡弘隆(よしおかひろたか) 2000年6月、ミラクル・リナックスの創業に参加。1995年から1998年にかけて、米国OracleにてOracle RDBMSの開発を行う。1998年にNetscapeのソースコード公開(Mozilla)に衝撃を受け、オープンソースの世界に飛び込み、ついには会社も立ち上げてしまう。2008年6月、取締役CTOを退任し、一プログラマとなった。 所属 ミラクル・リナックス株式会社 日本OSS推進フォーラム ステアリングコミッティ委員 U-20プログラミング・コンテスト委員 セキュリティ&プログラミングキャンプ、プログラミングコース主査 独立行政法人情報処理推進機構、技術ワーキンググループ主査 OSDL Board of Directorsを歴任 カーネル読書会主宰 Webサイト ブログ:ユメのチカラ 日記:未来のいつか/hyoshiokの日記 |
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