第8回 勉強会というライブが持つ「人を動かす力」
よしおかひろたか
2009/2/26
■勉強会を開催すること
前回、社内勉強会を立ち上げることを勧めた。早速、いろいろな人が勉強会開催を試みたようである。もちろん、うまくいった人もいれば、うまくいかなかった人もいる。
社内勉強会を開催する意義は、「社員のモチベーションを向上させること」と「技術力の向上」にある。ソフトウェア開発の場合、その成果は「モチベーション×技術力」に比例すると考えられるから、2倍おいしい。これは経営者にとって、教育投資としても、高価な外部セミナーに社員を派遣するわけでもないので、コストがかからない生産性向上策だといえる。にもかかわらず、社内勉強会に熱心どころか、懐疑的な経営者が少なくないのは残念なことである。
社内勉強会の開催が難しいのであれば、社外の勉強会に参加すればいい。難しいことをごちゃごちゃいう上司もいない。
それを一歩進めて、勉強会の主催者になってしまうという手もある。
第4回でも取り上げたが、勉強会を開催するメリットについて、勉強会を開催している人は、個人的な経験としてそのメリットを実感しているが、必ずしもそれを言葉にして発信はしていない。わたし自身も「勉強会、良いよ良いよ」といっているが、十分そのメリットを言語化しきれていない。むしろベテラン勉強会主催者ほど、その効用を声高らかに発することは少ない。
そこで、第4回と若干重複するところがあるが、筆者が主宰している「カーネル読書会」について紹介したい。そして、そこで得たものを記してみる。
■カーネル読書会 開催のきっかけ
きっかけは実に素朴な興味からだった。Linuxカーネルを読んでみたら面白そうだと思って、1人で勉強会をやるのはちょっとしんどいけど、みんなでわいわいできたら楽しいだろうな、と考えた。
そこで、1999年4月28日に、実際に開催してみた。やってみたら案の定、楽しかった。とても楽しかった。メーリングリストでの感想も「楽しかった」「次回もやろう」という声が上がった。参加できなかった人からも、「もし次回があるならぜひ参加したい」という声が上がった。
第1回なのだから、みんな初対面。簡単な自己紹介をしたのだが、それすらもなかなか興味深かった。なによりもカーネルについて、初心者ながら、わいわい話すということが、こんなに楽しいことだったのか、と驚いた。
勉強会をやりたいと思った人がいれば、それが勉強会開催のきっかけである。難しく考える必要はない。
第1回を開催したら、楽しさを増やすことを考え、手間暇がかかることを減らす。
勉強会を開催するメリット>勉強会を開催するコスト(個人的な負担) |
(勉強会の法則) |
個人的な負担が増えないように考えるのが重要だ。カーネル読書会の場合、最近は誰かにお題(テーマ)を提供してもらうので、主催者側の準備の手間暇はほとんどない。強いていえば、次の3つくらいである。
- スケジュール調整
- 会場の確保(会社のセミナールームなので簡単)
- ピザとビールの手配(インターネットでワンクリック)、あるいは居酒屋の予約
ビデオ撮影班が三脚固定で撮影をしてくれるので、わたし自身はほとんど手間暇をかけていない。ビデオ撮影に関しても、特に凝ったことはしていない。最初と最後で録画ボタンを押すだけである。動画編集と動画共有サイト(ニコニコ動画など)へのアップロードは、ビデオ撮影班にお願いすることが多い。手慣れたものである。
そのようなことをしながら当日を迎える。当日は特にすることもなく、適当に前説をして、自己紹介やお題提供者の紹介をするだけである。
お題提供者を見つけるのが一見、大変そうではある。だが、実は長いこと勉強会をやっていると、いろいろな人が紹介してくれるようになる。カーネル読書会で出会った人が、どんどん紹介してくれたり、自薦他薦でお題提供者になってくれたりする。長くやっていると、メリットが少しずつ蓄積していって、雪ダルマのように膨らんでいくのである。
■カーネル読書会での出会い
長く続けていると、見えてくることがある。面白いエピソードも事欠かない。
どうも「勉強会」と聞くと、何か修行僧のように黙々と1つのことを極める、という印象を持つ人がいるかもしれないが、もっとお気楽でいいと思う。「カーネル読書会」と名付けたのも、「カーネル勉強会」だとちょっとまじめすぎて面白くないし、目指している方向が「ゆるゆるとカーネルやオープンソースをさかなに酒をおいしく飲む」だったので、あえて「勉強会」という名前を外した。
しかし、提供するコンテンツについての妥協は一切していない。その道のエキスパートがいれば、学生の発表もある。発表者の話はどれも興味深くて、議論もつきない。観客からの質疑応答を皮切りに会場内で大激論が始まることもある。米国のカンファレンスによく見られる、発表者そっちのけで議論をしているような雰囲気に似ている。
わたしはカーネル読書会を、よくあるセミナー形式の勉強会にだけはしたくないと思っている。誰かの発表を時間いっぱい聞いて、質疑応答もないような受動的なものにしたくはない。むしろ、勉強会とは発表者と参加者の一期一会のライブセッションだと思っている。そのようなライブ感を大切にしたいと考えている。
■ライブには人を動かす力がある
カーネル読書会は「YLUG(横浜Linux Users Group)」の有志と開催しているので、資料はYLUGのWebサイトに掲載している。
また、可能な限りビデオ撮影をして、ニコニコ動画やGoogle Videoなどにアップロードしている。資料は単調増加だ。アーカイブにどんどん蓄積されていくので、やればやるほど価値が増大していく。
先日、Linuxの次期バージョン(linux-next)に入った「TOMOYO Linux」は、第72回(2007年2月8日)で開発者の方々にお話をしていただいた。約2年前である。そのときのビデオも残っている。
圧巻は1時間を過ぎてからの質疑応答である。1時間14分が経過したあたりで、会場から「メインストリームへのマージを考えたらどうだ」「Ottawa Linux Symposium(OLS)で発表をしたらどうか」など、熱い声援が送られた。激励なのか叱責なのかつるし上げなのかは当時のビデオを見ていただくとしても、ご本人たちは相当なカルチャーショックだったようである。
2007年のOLSではTOMOYO LinuxのBOF(Birds Of a Feather)が開催され、それが縁で彼らはセキュリティ関係の重要人物たちと顔なじみになったようである。わたしもたまたまOLSで発表する機会があったので、TOMOYO Linuxの原田季栄さんたちが孤軍奮闘(?)している姿を拝見した。わたしは横でビールを飲んでいただけなのだが。
カーネル読書会をきっかけにメインライン化を目指し、いまではゴール目前というのは、勉強会やコミュニティ活動の1つの輝かしい成果ではないだろうか。勉強会を中心としたコミュニティ活動によって、社外のエキスパートたちと知りあい、有形無形の支援を得ることができた。それが結果として仕事にもポジティブに反映される。
カーネル読書会をやっていて本当によかったと思う。
人々は経験から何かを学ぶ。勉強会を開催することによって何かをわたしたちは得る。そして、得るものは人それぞれではあるが、主催者冥利(みょうり)につきる経験というものもある。そのような主催者冥利につきるエピソードをもっとわたしたちが語ることで、これから主催者になろうとしている人たちへの刺激になればと思う。
筆者プロフィール |
吉岡弘隆(よしおかひろたか) 2000年6月、ミラクル・リナックスの創業に参加。1995年から1998年にかけて、米国OracleにてOracle RDBMSの開発を行う。1998年にNetscapeのソースコード公開(Mozilla)に衝撃を受け、オープンソースの世界に飛び込み、ついには会社も立ち上げてしまう。2008年6月、取締役CTOを退任し、一プログラマとなった。 所属 ミラクル・リナックス株式会社 日本OSS推進フォーラム ステアリングコミッティ委員 U-20プログラミング・コンテスト委員 セキュリティ&プログラミングキャンプ、プログラミングコース主査 独立行政法人情報処理推進機構、技術ワーキンググループ主査 OSDL Board of Directorsを歴任 カーネル読書会主宰 Webサイト ブログ:ユメのチカラ 日記:未来のいつか/hyoshiokの日記 |
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