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IT業界の冒険者たち

第12回 シスコシステムズ創業者

脇英世
2009/5/26

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、IT業界を切り開いた117人の先駆者たちの姿を紹介します。普段は触れる機会の少ないIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

レオナルド・ボサック(Leonard Bosack)
サンドラ・レルナー(Sandra Lerner)――
シスコシステムズの創業者

 シスコシステムズは、ルータで市場の85%、LANスイッチで35%のシェアを押さえているネットワーク機器メーカーの名門である。米国ではシスコという略称が使われているが、日本ではシスコと呼ばれていない。これは、国内にビスケットで有名な日清シスコ株式会社があり、混同されかねないからである。しかし、長いので以下はシスコとする。さて、シスコの表記についてだが、米国では従来ciscoと全部小文字で記述されていた。正式な商標登録が全部小文字になっていたからである。しかし最近は、先頭を大文字にしてCiscoとしている。この社名は、察しのとおり、サンフランシスコ(San Francisco)から思い付いた名前である。

 サンフランシスコから南に1時間ほど車で行ったところに、スタンフォード大学がある。同大学は、大陸横断鉄道のセントラルパシフィック鉄道とサザンパシフィック鉄道の両方を支配した鉄道王リーランド・スタンフォードが寄付した土地に建設された。最愛の息子リーランド・スタンフォード・ジュニアを失ったスタンフォード夫妻が寄付したのである。

 スタンフォード大学は、1930年代までは田舎の大学であった。当時は、大恐慌の煽りを受けて、卒業生の就職先がまったくなかった。そんな中、東部のMIT(マサチューセッツ工科大学)から赴任してきたフレデリック・ターマン教授が、MITに倣って地場産業の育成を図った。大学側はその所有する広大な土地をリースした。こうして出来上がったのがシリコン・バレーであり、スタンフォード大学はその中央に位置している。

 シスコはスタンフォード大学のレオナルド・ボサックとサンドラ・レルナーという2人の人物によって、1984年に設立された。レオナルド・ボサックは、1981年にコンピュータ科学科修士号を取得した。一方のサンドラ・レルナーは、1981年に経済学科の修士号を得ている。専門は統計学であった。

 2人はともにコンピュータ施設のディレクターであり、レオナルド・ボサックはコンピュータ科学科の、サンドラ・レルナーはビジネススクールのネットワークを管理していた。これらのネットワークを相互接続し、さらにNSFネットに接続したいというのが彼らの希望であった。そして、ネットワーク同士を結び付けようという2人の熱意は、本人たちをも結び付けた。ただし、ごく普通の夫婦に納まったわけではなかったらしい。正式な夫婦ではなかったという説もある。ともかく、そういった微妙な関係の2人であった。

 シスコは、2人の住んでいた家の居間で設立されたといわれている。しかし、2人が家を抵当に入れて中古のメインフレームを買い、それをガレージに据え付けて、友人や親族を安い給料で雇ったのが同社の設立だとする資料もある。ともかく1986年3月、最初の製品であるルータが発売された。当初、シスコは大学、宇宙航空産業、軍をはじめとする政府機関にターゲットを絞り、口コミやARPAネット経由で商圏を広げていった。広告活動はほとんど行わなかったという。実際、必要がなかったのである。レオナルド・ボサックの強みは、ルータに必要なIGRPというルーティングプロトコルの開発をしていたことにある。そういった意味で、ほかの追随を許さなかったシスコは、ルータ市場を独占した。

 1988年、シスコは大企業相手の市場に乗り出すことに決めた。これはレオナルド・ボサックにとっては失敗だった。たちまち資金が欠乏し、シスコはベンチャーキャピタルであるセコイア・キャピタルのドナルド・バレンタインに泣きつくことになる。こうした経緯により、シスコの過半数の株式を取得したドナルド・バレンタインがシスコの支配権を握り、会長に納まった。そして、元グリッド・システムズのCOOであったジョン・モーグリッジを雇い、社長兼最高経営責任者に据えた。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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