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IT業界の冒険者たち

第19回 アルゴリズムの天才

脇英世
2009/6/10

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、IT業界を切り開いた117人の先駆者たちの姿を紹介します。普段は触れる機会の少ないIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

ドナルド・クヌース(Donald Knuth)――
元スタンフォード大学教授、TeX開発者

 日本では、Knuthという彼の名字をクヌースと表記するが、外国でも彼の名前を何と呼ぶかが常に問題になるらしい。インターネットにあるクヌースのホームページのFAQに「あなたの名字は何と発音するのですか?」というのがあり、「Ka-NOOTH」と短く答えが書いてある。つまり日本で一般的な表記のクヌースではなくて、カヌースと発音するらしい。

 クヌース自身は、1977年にフランシス・ヤオという人によって付けられた「高徳納」という中国名が気に入っていて、高徳納という印鑑まで持っている。この高徳納という名前の中国式発音は、ある程度カヌースという発音を反映しているように思う。

 ここでカヌースと書かずにクヌースと書くのは「ギョエテとは俺のことかとゲーテいい」というようなものだが、誰のことだか分からない人も多いだろうからクヌースと表記したい。

 わたしにとってはクヌースといえば絶対的にアルゴリズムの天才だが、いまの人には、彼のことをTeX(テフ)の開発者として紹介した方が分かりやすいかもしれない。

 ドナルド・クヌースは、1938年1月10日にウィスコンシン州ミルウォーキーに生まれた。クヌースの父はルター派の学校の先生で、教会のオルガンも弾いていた。クヌースも学校時代にピアノとオルガンを勉強し、いまでも父親から受け継いだピアノを自宅に持っているらしい。

 クヌースは学業優秀で、若くして秀才の誉れが高かったらしい。1960年、クヌースの通っていたケース工科大学は、特例措置として、クヌースをケース工科大学と大学院修士課程を同時修了とした。22歳で修士号を取得したのだから、抜群の秀才として評価されたのだろう。クヌースのケース大学における専攻は数学であった。

 クヌースはケース大学のコンピュータセンターにも勤務し、アセンブラやコンパイラを書いた。純粋数学者でなく、コンピュータ応用にも素養を持った数学者という彼の研究者としての性格はこのころ定まったのだろう。実際クヌースの主著『The Art of Computer Programming』(クヌースはTAOCPと省略して呼ぶ。邦題は『基本算法 基礎概念』『基本算法 情報構造』『準数値算法』 サイエンス社)という3部作はそんな感じの本だ。TAOCPには、アルゴリズムだけでなく、MIXという仮想計算機を前提とした具体的なコーディングの記述がある。そうかと思うと極めて高度な、数学的な近似論が展開する。斜め読みができないあくの強い個性的な本である。本人の意見では純粋数学者が見た計算機の本になるらしい。

 『The Art of Computer Programming』の第1巻の扉には次のように書いてある。

 「この一連の本を、多くの楽しい宵を思い出しながらケース工科大学に設置されていたIBM650型コンピュータに愛情を込めて捧げる」

 この文章は、彼の研究者としての経歴を知るとよく理解できる。クヌースのコンピュータに関する原体験はケース工科大学のコンピュータセンターなのである。

 1963年にクヌースはカリフォルニア工科大学の数学科の博士課程を修了し、Ph.Dを取得し、そのままカリフォルニア工科大学数学科に残った。カリフォルニア工科大学には8年近く在籍していたようだ。1968年、クヌースはスタンフォード大学のコンピュータ科学科に教授として迎えられた。以来スタンフォード大学で28人のPh.Dを育て、大学を辞めたいまも、まだスタンフォードにいる。

 先にも述べたように、最近はクヌースといえば、TeXやメタフォント、コンピュータとタイプセッティングで有名なのかもしれないが、クヌース本人はあくまでTAOCPにこだわっている。TAOCPこそが彼のライフワークである。

 TAOCPは第1巻が634ページ、第2巻が689ページ、第3巻が725ページある。

 1997年2月現在、第1巻は33刷、第2巻は22刷、第3巻は37刷である。もともとは第7巻まで計画があったはずだが、現在具体的になっているのは第5巻までである。1962年から準備を始めた第1巻の出版が1968年、第2巻の出版が1969年、第3巻の出版は1973年であり、すでに続きが出なくなってから24年、つまり4分の1世紀を経過している。

 TAOCPの執筆は、TAOCP以外の割り込みなしに徹底的に没頭しなければできない。クヌースによればTAOCPの完成のためには、客との面会、学会のための旅行、講演、どんな種類のどんな約束も邪魔なのである。そしてクヌースの見積もりによればTAOCPの完成には、あとたっぷり20年はかかる。クヌースは一念発起して、そのためスタンフォード大学の教授を早期退職してしまった。ものすごいことをやるものだと思う。退職した教授ともなれば、研究の提案書を書く必要もなく、研究補助金を管理する必要もなく、委員会の席に連なる必要もない。むろん無給となるのはいうまでもない。

 学生に毎日講義をし接触する機会を失ったが、ひと月に1回、定期的に公開講義をすることで、刺激的なフィードバックを得ているとクヌースはいう。TAOCPを書くにはバッチモードでなければ駄目である。クヌースは現在第4巻、第5巻の準備をしている。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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