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IT業界の冒険者たち

第49回 ヤフーの最高経営責任者

脇英世
2009/7/30

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、IT業界を切り開いた117人の先駆者たちの姿を紹介します。普段は触れる機会の少ないIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

ティム・クーグル(Tim Koogle)――
元ヤフー会長兼CEO

 ヤフーというポータルサイトが、2人のスタンフォード大学博士課程の大学院生によって開設されたことはよく知られている。やがてヤフーの創始者となるジェリー・ヤンとデビッド・ファイロは、1994年初頭からマーク・アンドリーセンの開発した「モザイク」というブラウザを使ってインターネットに触れていた。2人はインターネットの世界を探検するうち、ネット上には興味深いコンテンツが多数存在することに気が付いた。そこで、モザイクのホットリストを使って、面白いホームページへのリンクを収集し始めた。やがて2人は、集めたリンクの数が増えてくると、階層的に分類して無料でインターネット上に公開した。その後、集めたリンク集を検索できるように改良した。

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 このようにして作られた検索エンジン付きのリンク集サイトは、最初「ジェリーのモザイクへのファーストトラック」という名前が付けられた。それから「ジェリー・ヤンのwwwガイド」「ジェリーとデイブのwwwガイド」と名を変え、ヤフーという名前に行き着いた。

 ヤフーという名は、『ガリバー旅行記』に出てくる人間の形をした獣に由来するという。だが、表向きはそうだともいいにくかった。そこで、UNIXのツールYACCにヒントを得て、無理やりに思えるが、Yet Another Hierarchical Officious Oracleの頭文字を取ったものとしたらしい。日本語に訳すと「もう1つの階層別に並んだおせっかいな神託」とでもなろうか。

 当初、ヤフーとその検索エンジン部分はそれぞれ、ジェリー・ヤンのakebono(曙)と、デビッド・ファイロのkonishiki(小錦)という名のワークステーションに置かれていた。ジェリー・ヤンは無類の相撲好きだったので、2つのワークステーションに、このような名前を付けたのだった。さらにユニークなことに、これらのワークステーションは、スタンフォード大学構内に駐車してあったトレーラーの中に置かれていた。

 1995年の初め、ジェリー・ヤンとデビッド・ファイロはスタンフォード大学当局からトレーラーの立ち退きを命じられた。行き場所を失い途方に暮れていた2人だったが、ネットスケープのマーク・アンドリーセンが、自社のサーバにヤフーのファイルを移すように勧めてくれた。この申し出をありがたく受け入れ、ヤフーはしばらくネットスケープのサーバに間借りすることになる。しかし、やがてネットスケープとの提携話がうまくいかなくなると、また出ていくことになるのだった。

 とかくするうちに、インターネット・ショッピング・ネットワークの共同創立者ランディ・アダムスが、ジェリー・ヤンとデビッド・ファイロに接触し、ベンチャーキャピタルであるセコイヤを紹介した。当時、セコイヤでヤフーを担当していたのはマイク・モリッツという人物だった。ベンチャーキャピタルと接触したということは、ヤフーが趣味の領域にとどまらず、起業への道を歩み始めたということである。

 1995年春、セコイヤはヤフーに100万ドルを投資し、代価として25%の株式を得た。1995年3月5日、ヤフーはカリフォルニア州の法人として設立されたが、5月14日にデラウェア州で再設立された。デラウェア州は、訴訟が迅速であったからである。さて、ヤフーが設立されてみると、ジェリー・ヤンとデビッド・ファイロは企業の顔としては良かったが、どう見ても経営者には向いていなかった。そのことは自分たちが一番よく知っていた。そこで、2人は自らの役職名を前代未聞の「チーフヤフー」という、まったく経営者とは思えない役職にしてしまった。

 1995年8月、セコイヤのマイク・モリッツが、後にヤフーの最高経営責任者となるティム・クーグルを連れてきた。ティム・クーグルの正式な名前はティモシー・アンドリュー・クーグルという。短くしてTCと呼ぶこともあるが、TCでは短すぎて、何のことか分かりにくいだろう。

 ティム・クーグルは1952年、バージニア州アレクサンドリアに生まれた。父親は自動車の整備関係の仕事をしていたらしい。子ども時代から父親について、自動車のエンジンの修理や整備について教えられた。このことが後年彼を助けることになる。

 やがてバージニア州立大学へ進むと、父親の収入では学費をまかない切れなくなってしまった。そこで、父親から教え込まれた自動車の修理をして得たお金で、学費の不足分を補った。そうこうするうち、ティム・クーグルは街で一番の機械工になっていた。

 バージニア州立大学を卒業したティム・クーグルはスタンフォード大学の大学院に進み、修士、博士の学位を取得することになる。大学院では、非常に優秀な成績だったらしく奨学生になった。在学中には友人たちが持つ車のエンジンを再生修理する会社をつくった。スタンフォード大学は、全米でも裕福な家庭の子どもが通う大学として有名である。ティム・クーグルは、そんな友人たちの所有する自動車の修理や整備をするようになった。時には、レーシング用にエンジンをチューンアップすることもあったという。やがて評判が評判を呼び、自動車整備の会社をつくるまでに至った。

 ティム・クーグルはスタンフォード大学の大学院在学中に、もう1つ別の会社をつくっている。この会社はモトローラが買い取ってくれた。スタンフォードの大学院を修了後、ティム・クーグル自身も、ここに9年間勤めた。

 さらに1990年から、シアトルにあるインターメックの社長を5年間務めた。インターメックは、世界で最初に携帯型バーコードスキャナを製品化した会社であるが、ティム・クーグルが社長をしていたころは、自動データ収集とデータ通信の会社であった。ティム・クーグルは5年間でインターメックの売り上げを1億2500万ドルから3億5000万ドルに伸ばした。経営者としての腕は確かだった。

 余談だが、シアトル時代には湖のほとりに家を購入している。この家は、現在も所有しており、湖の対岸にはビル・ゲイツの家がある。

 1995年にティム・クーグルの赴任した当時のヤフーは、相当変わった会社だったらしい。社員が数人だけだったということもあるが、ティム・クーグルにして初めて、見た目にも経営者らしい人物が入ってきたというから、どんな具合か想像できる。カリフォルニアの開放的な文化を背景にしていたため、相当な放任ぶりだったのだろう。ジェリー・ヤンとデビッド・ファイロは、ティム・クーグルに「チーフ・チーフヤフー」という役職名をあげようと提案した。ティム・クーグルは断固として、その申し出を断り、社長兼最高経営責任者に納まった。後には、会長兼最高経営責任者となっている。

 ヤフーの幹部は、ほとんどがスタンフォード大学出身者で占められている。ジェリー・ヤンとデビッド・ファイロ、ティム・クーグルは、もちろんスタンフォード大学出身だが、顧問弁護士のジム・ブロックや副社長のカレン・エドワーズ、ティム・ブラディなどもスタンフォード大学出身である。シリコンバレーでベンチャービジネスを始める場合、スタンフォード大学出身であることが、いかに優位か分かる。ちょっと声を掛ければ、簡単にスタンフォード大学OBが集まるのである。

 ティム・クーグルの写真を見ると、かなり老成した印象を受けるが、年齢は48歳と意外に若い。若いとはいうものの、COO(最高業務責任者)のジェフリー・マレットが35歳、ジェリー・ヤンが31歳、デビッド・ファイロが33歳と、ほかの幹部よりも10歳以上年輩である。

 ティム・クーグルも少しずつヤフー文化に染まってきているようで、ネット・スピークというヤフー独特の隠語を使うらしい。ティム・クーグルとジェフリー・マレットのコンビは「クール」な連中だといわれている。また、ヤフーは「クール」なWebサイトだと呼ばれている。ヤフーのサイトを見ると、クールというお墨付きをもらった多くのサイトに出くわすだろう。ちょっと前までは、ヤフーおすすめのWebサイトに与えられる称号「クール・サングラス」が目に付いた。

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