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IT業界の冒険者たち

第50回 グラフィックスからLinuxへ

脇英世
2009/8/4

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、IT業界を切り開いた117人の先駆者たちの姿を紹介します。普段は触れる機会の少ないIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の冒険者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

マイケル・コープランド(Michael Cowpland)――
元コーレル・コーポレーション会長兼社長兼CEO

 ベクトルイラストレーションソフト、コーレルDRAWなどで有名な、コーレル・コーポレーションの元会長兼社長兼CEO(最高経営責任者)がマイケル・コープランドである。1943年4月23日に英国のベックスヒルに生まれ、英国のインペリアル・カレッジで工学を学んだ後、1964年にカナダへ移民した。マイケル・コープランドは、カナダのオタワにあるカールトン大学で、工学の修士号と博士号を取得している。どことなく英国紳士的な雰囲気があり、少々古い話だが、60年代のスパイTVドラマ「0011ナポレオン・ソロ」の主人公、ナポレオン・ソロを髣髴とさせるような顔をしている。

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 マイケル・コープランドは、体力に自信があるらしく、出会った人には、空手の有段者であること、キックボクシングに堪能なこと、熱狂的なフィットネス信者であること、さらにテニスやスカッシュの達人であることなどを必ず話して聞かせるらしい。テニスは、フロリダで開かれた世界選手権の決勝戦に出たほどの腕前だと自慢している。

 スポーツや武道を好む人の一部に見られるといったら語弊があるかもしれないが、マイケル・コープランドはリスクを冒すことを恐れない、攻撃的な性格を持つ。

 マイケル・コープランドは、オタワ郊外に2万平方フィートもある豪壮な邸宅を持っている。奥さんのマーリンのために10億円もの費用をかけて建築したものだ。ビル・ゲイツの豪邸は25億円程度といわれているが、外国で10億円かけた家といえば相当のものである。金属とガラスでできた御殿らしく、ガラスは金色に輝いているらしい。むろん観光バスが必ず立ち寄る観光名所になっているという。カナダのオタワに行く機会があれば、見に行きたいものだ。

 ガレージには自動車が10台入り、4000万〜5000万円は下らない白のランボルギーニ・ディアブロに、2台のポルシェが置いてある。運転はダイナミックというか乱暴というか、急発進、急旋回を繰り返しながら疾走するのだそうだ。ヘリコプターも持っているらしい。

 2人目の奥さんになったマーリンは、各種の報道から見て、相当魅力的な女性らしい。マイケルとマーリンは、1986年にファッションショーの会場で出会った。当時、両者は共に結婚していた。夫が同席しているのも気に留めず、マイケルは3時間ぶっ通しでマーリンに語り掛け続けたという。翌日、マーリンの勤め先である眼鏡店に、60本のバラが届けられた。2人は6年越しの恋で、1992年に再婚する。結婚しても恋人同士である雰囲気をなくさないようにしてほしいと、彼女が約束させたという。

 コーレルDRAWの箱には、美人の女性のイラストが描かれていて、個人的には、手に取るのがちょっと恥ずかしくなる。しかし、マイケル・コープランドは気に入っているらしい。人一倍美人が好きなのだろう。

 マイケル・コープランドは、マイクロシステムとベル・ノーザン・リサーチで技術者を経験した後、1973年、30歳で電気通信用LSIの専門会社マイテル・コーポレーションを共同で設立した。1984年まで社長兼CEOを務めた。1984年、マイテル・コーポレーションは、2億5000万ドルの赤字を出してブリッティッシュ・テレコムPLCに身売りした。

 1985年5月29日、マイケル・コープランドは手持ちの1000万ドルでコーレル・システム・コーポレーションをカナダのオタワに設立した。設立当初の会社名は、コーレル・システム・コーポレーションだったが、1992年5月に、コーレル・コーポレーションと社名を変更した。現在に至るまで、マイケル・コープランドが会長兼社長兼CEOである。

 1989年、イラストを描くソフト、コーレルDRAWを開発したところ、これが大ベストセラーになった。コーレルDRAWは、さらにアマチュア用グラフィックスソフトから次第にプロ用グラフィックスソフトへと成長していく。同年、コーレルはカナダで上場を果たす。1992年にコーレルDRAW3を出荷すると、その年のうちに米国でNASDAQに上場する。これで国際的な企業と認められたわけである。

 1993年、コーレルは、ゼロックスの子会社であるベンチュラ・コーポレーションを買収し、ベンチュラ・パブリッシャーとデータベース・パブリッシャーを獲得した。一方コーレルDRAWは、1995年のコーレルDRAW6、1996年のコーレルDRAW7に続いて、コーレルDRAW8、コーレルDRAW9というように、順調にアップグレードしている。

 1996年、コーレルは突然、ワープロソフトのワード・パーフェクトと表計算ソフトのクアトロ・プロを、ノベルから1億8600万ドルで買収した。この買収はあまりにドラスティックで業界を驚かせた。マイケル・コープランドは、それまでマイクロソフトとの協調路線を表明し、マイクロソフトのオフィススイート製品とコーレルDRAWは衝突しないといっており、ワード・パーフェクトとクアトロ・プロの買収はあり得ないといっていたのである。

 この買収は、むろんリスクを伴っていたが、1994年にノベルが、ワード・パーフェクトを8億5000万ドルで、クアトロ・プロを1億4500万ドルで買っていたのだから、マイケル・コープランドがこれは買い得と考えても不思議ではない。

 この買収の結果、コーレルはオフィススイート製品を持つに至った。突然大きくなったコーレルは、オフィス向けソフト市場に参入し、巨人マイクロソフトと正面衝突することになった。

 低価格戦術で序盤戦は優勢に駒を進めたコーレルだったが、大企業市場向けの展望や、営業サポート部隊が十分でないという問題を抱えていた。そこでコーレルは日がたつにつれて、次第にオフィススイート市場の80%を握っていたマイクロソフトに追い詰められていく。

 結局、このオフィススイート戦争でコーレルはマイクロソフトに大敗し、1996年に2億3000万ドルの損失を出した。この結果、1995年7月に19ドル50セントであったコーレルの株価は急落し、3ドル50セントまで下がってしまった。

 しかし、打倒マイクロソフトに燃えるコーレルは、1996年にワード・パーフェクト以下のコーレルが販売するすべてのプログラムをJavaで書き直すことを発表した。それにとどまらず、PDAやCADまでJava化することを声明した。さらにコーレル・コンピュータ・コーポレーションを設立して、ネットワークコンピュータにも触手を伸ばした。ネットワインダ(NetWinder)というのが、コーレルのネットワークコンピュータである。コーレルはSCSI技術を持っていて、SCSI技術をアダプテックに売った。コーレルはさらにビデオ技術を持っており、これらを統合したものがネットワインダになったと説明している。ネットワインダ技術は激賞を浴び、1ドル65セントにまで落ちていたコーレルの株価を押し上げることになった。

 すべてのコーレル製品をJavaで書き直すというアイデアは野心的なものだったが、この試みは、あえなく失敗に終わり、1997年にJavaによる開発計画は放棄される。

 Javaは優れた技術であるが、まだ若く未完成な部分がある技術であり、Javaで書かれたアプリケーションは遅いという決定的な問題を克服できなかった。現実のビジネスの場では、そこに新しい野心的な技術があるからといって、それを使えばよいものではないのである。

 マイクロソフトとの正面からの力勝負に大敗し、さらにJavaも失敗したコーレルは、新天地Linuxで挽回を図った。マイクロソフトのワードには4400万ユーザーがいるが、コーレルのワード・パーフェクトにも2200万ユーザーがいる。何とか挽回の手はあるはずである。

 1998年5月、コーレルはLinux用コーレル・ワード・パーフェクト8の開発を発表する。1998年12月から、コーレルは個人使用の場合に限って、Linux用コーレル・ワード・パーフェクト8のパーソナル版をインターネットで無償配布した。しかし、Linux用コーレル・ワード・パーフェクト8をインターネットからダウンロードするのはつらいものがある。有料でもいいから、マニュアル、CD-ROM、クリップアートが欲しいし、テクニカルサポートを必要とする人もいる。そこでパーソナル版を609ドル95セント、ビジネス版を905ドルでパッケージ販売することにした。コーレルは、こうしてビジネスチャンスを見いだそうとした。

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