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企業ストーリー 〜ITエンジニアから経営者へ

第2回 起業へといざなった1本の電話

語り手 鈴井広己(仮名)
聞き手 渡辺知樹(ランディングポイント ジャパン)
2008/12/22

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エンジニアから経営者への転身を果たした鈴井広己氏(仮名)が、起業エピソードを語る。聞き手・解説は、自身も企業の代表を務める渡辺知樹氏。

 起業を目指すエンジニアや、人に使われない生き方に興味があるビジネスパーソンに対し、実際に起業し経営に携わった人の経験やノウハウをお伝えする本連載。2回目となる今回は、鈴井氏が起業することになったきっかけ、起業の際どういう課題があり、どう考え、何をしたかについて、詳細にヒアリングした。

 単純に会社をつくるだけなら、それほど難しくない。代行会社に頼み、Webでも入手できるテンプレートをベースに、会社のルールの土台となる定款を決める。代行会社の手数料数万円、会社の定款を公証人に認証してもらう手数料5万円、登録免許税15万円、合計税金20〜30万円を払い込めば、登記完了だ。地元の市区役所や公証役場に何度か足を運ぶ手間を惜しまないなら、自分で手続きすることも可能だ。並行して社印を作り、会社名義の銀行口座を開設して資本金を払い込めば、晴れて株式会社の社長になれる。以前は有限会社で最低300万円、株式会社で1000万円以上の資本金があることが条件だったが、2006年5月に施行された新会社法ではこの制限が撤廃されたため、資本金はいくらでも構わない。

 会社の最も重要な、そして最も難しい目的は、「存続すること」(ゴーイング・コンサーン)である。そのためには売り上げを増やし、経費を抑えて利益を上げていくしかない。最初の関門は、どうやって売り上げを得るか。土台となる収益構造を確立すること、安定収入が得られるようなるまで回転資金をどう確保するか、顧客にサービスを提供する体制をどうつくるかであろう。

■きっかけは1本の電話

鈴井氏 起業のきっかけですよね……。大手コンサルティングファームへの転職を決め、会社にも辞表を出し、割と気楽な時間を過ごしていたところにかかってきた1本の電話です。その声の主は、私が辞表を出す少し前に会社を辞めていた営業部長の先輩でした。電話の内容は、以前取引のあった顧客から出資を受けて会社をつくる話が持ち上がっているから、一緒にやらないかというお誘いでした。すでに転職先は確定していたため少し考えましたが、ほかの会社からもオファーをもらっていたので、1社駄目になっても何とかなるだろうし、起業には関心があったので、興味本位で取りあえずのぞいてみて、成算があるようだったら話に乗ってもいいか、という程度の心構えで、話を聞くことにしました。つまり、会う約束をした時点では、全然本気ではありませんでした(苦笑)。

 実際に会って話を聞くと、出資の話は確定どころか具体的にまとまっているわけでもなく、いくつかの会社から出資の話を受けているという、いわば構想の段階でした。ちょっと拍子抜けしましたが、割とチャレンジが好きな性質ですし、転職先の出社日までまだ日にちがあったので、何となくですが勢いで行けるところまで行ってみることにしました。

 開口一番、その先輩は「顧客は俺が持ってくるから大丈夫」とのこと。業界歴の長い彼には付き合いが長く懇意にしている顧客が少なからずいるので、最小限の取引先は確保できるとは思いました。とはいうものの、どういう体制でどういうサービスを顧客に提供していくのか、会社の価値は何かといった具体的なビジネススキームはありませんでした。ITの開発や運用ができる会社は世の中にごまんとありますが、ほかと変わらなければ価格競争に陥り、最後は組織と個人の体力勝負になります。他社と差別化ができないのならこれまでどおり大企業にいる方がいい。エンジニアとしての、何よりビジネスマンとしての自分の強みや価値を反映したユニークなビジネスを育ててみたいと思いました。そこで、会社の基本戦略や経営のスキームを熟考したうえで、私が説明資料を作ることにしました。

<渡辺の解説>
 鈴井氏の考えたことは、外資系企業の新規ビジネスのプレゼンによくある、「Unique Value Proposition」、UVPなどと呼ばれ、最初に明らかにしなければならないテーマだ。業界や市場において、その会社やそのビジネスがどういった固有の価値を顧客に提供できるかを明確にするということだ。特にITビジネスのように多数の競合がいる分野では、特長がなければ価格を下げる以外にコンペで勝てる確率が低くなる。また、自分の会社では何ができ、何が得意なのを分かっていれば、それらを軸に無駄なく人員を採用・育成し、組織を整え、営業を展開していけるため、経営のブレを抑えられるのだ。

 すでに関係の出来上がっている顧客から受注が確約している場合でも、自分や自分の会社のUVPを意識しておくのは、一寸先は闇のビジネス環境で生き残っていくために絶対に欠かせない。経済情勢がわずかばかり変化しただけで仕事の量が減ったりプロジェクトが中止になったりする。経営には、こうしたさまざまなインパクトに対する備えが要求される。

■収益構造を明確にする

鈴井氏 説明資料を作成するに当たり、まずはお金を生む構造を明確にしなくてはいけないと考えました。大企業のサラリーマンとして生きてきたこれまでは、会社のブランド力とすでに別の部門で用意された製品・サービスでお客さまから仕事をいただくことができました。しかし徒手空拳となった等身大の自分で考えたとき、何をコアバリューにして、平たくいえば、どういう価値をどのように売ってお客さまからそれなりの額をいただくのか、という基本構造をよく考える必要を感じました。

 これまでの会社で、私は大きなプロジェクトをいくつもリードしてきました。しかし、自分自身の会社をつくるとなると、最初からそうした大規模プロジェクトを受けることは現実的に不可能です。具体的には、たった1人の営業とたった1人のエンジニアだけでどうお客さまに喜んでもらえるのか。極言すると、どうすれば社会に貢献できて、この社会に必要な存在になれるのか、ということを突き詰めて考えました。ハードウェアやソフトウェアといった形のある製品はなく、商品となるのは自分のいままでのノウハウだけ。それをどう展開すればお客さまの役に立てるかを、とにかく何日も真剣に考えました……。

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