第3回 出資が得られる事業計画書と損益計算書
語り手 鈴井広己(仮名)
聞き手 渡辺知樹(ランディングポイント ジャパン)
2009/2/12
(1)技術面で常に1歩先を進み先端市場でのビジネスを行う
多数の競合がひしめくIT業界で、自社のバリューをつくる最も正攻法なやり方です。
(2)技術的投資ができる
(1)と関係しますが、短期の営利主義にこだわって中長期的な競争力の源泉である技術力、特に個々のエンジニアのスキル向上を犠牲にしない、ということです。お客さまに提供するサービスの質はエンジニアの技量ですから、そこを停滞させずにいかに伸ばすかを重視しようと考えました。
(3)政治的要素が少ない
具体的には、特定のベンダや特定の製品、技術に縛られないようにする、ということです。生き残るためには停滞しないということが大切です。個人が成長し続け、会社として変化し続けるには、不要なしがらみはない方がいいと考えました。加えて、高い技術力を持った集団がベンダ中立であることで、お客さまに最適・最善のソリューションを提供し続けることが可能になるはずです。
<渡辺の解説> |
会社をつくるに当たって、鈴井氏は「ベンダ中立かつ最先端の高い技術力を持ったエンジニア集団」という基礎理念を描いた。これが鈴井氏の会社のビジネスモデルを決め、顧客との関係や競合他社に対する強みを決定していくものとなる。 鈴井氏は実際に、情報システム部門が弱い、あるいは実質的には機能していない中堅〜大企業の、雇われCIO、または実質的にCIO役であるIT責任者の右腕になるというビジネスを展開していく。高い技術力により顧客企業のIT戦略の推進役を担い、またベンダ中立による最適なソリューションでIT戦略を実現していく。 |
■損益計算書を書くうえでの心得
鈴井氏 出資者に出資の可否を判断していただくためには、事業計画書と損益計算書が必須です。事業計画書には、現状分析、分析した内容から出した自社の強みや現在のビジネス環境を考慮したコアビジネスの確立、対象顧客ターゲット、競合との差別化戦略、立ち上げ時の半年間の具体的な戦略などを記載します。
<渡辺の解説> | |||||
現状分析をする代表的な手法として、「SWOT分析」を覚えておくといいだろう。これは自社のビジネス(この場合はこれから立ち上げる事業)とそれを取り巻くビジネス環境を次の4つに分けて整理する。(1)自社の強み(Strength)、(2)自社の弱み(Weakness)、(3)ビジネスにとって追い風となる機会(Opportunity)、(4)ビジネスを危うくしそうな脅威(Threat)。各要素の英単語の頭文字を取ってSWOT(スウォット)という。 ビジネスである以上、利益を出すことが求められるが、そのためにはビジネスモデル(自社の土台となる製品やサービスの提供方法、利益を生み出す構造)を確立する必要がある。いくらもうかりそうだといっても、不得意なことをやってはすぐに立ち行かなくなるのは明白だ。自社は何が得意で、何ができなくて、市場の環境はどうだから、そこでどのように自社の強みを生かしていくのか、という考察のうえ事業計画を生み出していくのである。
昨今の厳しいビジネス環境では、大企業でさえ苦手な分野や採算が取れない分野を売却・撤退している。SWOT分析の考え方は、事業の売却・撤退における判断の際にも活用されている。例えば、大手電気メーカー。すでに多くのノウハウを持っていて市場でのブランドイメージが高いAV事業に注力し、市場シェアの低い白物家電は撤退する。買い替え需要の見込める液晶テレビ分野には投資し、価格競争で採算の取れない半導体事業は売却する、といった「選択と集中」でリストラクチャリング(首切りのことでなく、本来の事業の再構築)を進める企業が多く見られる。SWOT分析は、そのような意思決定をする際の強力な支援ツールとなる。 |
鈴井氏 損益計算書では1年分の計画と、2年後の予想を用意しました(「起業へといざなった1本の電話」参照)。複数の出資者の方と話した際に感じたのは、最初の半年〜1年くらいのビジネスの動きを、損益、つまりお金の出入りという視点でかなり細かく確認されるということでした。特に、単月黒字化するまでの期間、平たくいえばその計画ではいつ損益分岐点を迎え、いつから利益が出せるようになるのかは、必ず詳細な説明と根拠が求められます。そのために、事業を始めてから利益を出せるようになるまでの人員計画、営業計画、入金の額やタイミング、必要コストなどを細かく書いて説明する必要があります。
人員計画については、具体的にどのようなエンジニアをどの時期に入れ、どの案件を担当してもらうなどまで細かく計画しなくては納得してもらえませんでした。出資者の方は、そこまで細かく計画を説明してもすべてうまくいくとは考えておらず、そこから2〜3割引いて検討しています。ですから、多少計画が変わっても問題ないということまで織り込んだ計画を出さなくてはなりません。実際に私の場合も、確実だと思った案件が遅れたり、なくなったりしました。投資家の判断は経験に裏打ちされたものだと思います。
このようにいろいろ並べると先のことを具体的に計画するのは難しく感じますが、基本的にはややフォーマットの異なる1年分のWBSだと考えればよいかと思います。経営という視点で見れば、会社の設立やその後の運営そのものがある意味プロジェクトですから。逆に、ここで具体的にいつ誰が何をしてどのくらいの収益を得るといったイメージができない場合は、会社を興しても軌道に乗せることは難しいと思います。
<渡辺の解説> |
損益計算書というとハードルが高く感じるだろうが、これまでプロジェクトマネージャとして、あるいは企業内の管理職として業務の展開を考えながら予算を立てた経験がある人は少なくないだろう。特に、ある仕事を遂行するに当たって、大きな目的を細かいアクションやタスクに分解し、どのタイミングで誰が何をするかを可視化することで具体的な計画に落とし込むWBSは、ITプロジェクト管理でもよく使われるチャートである。この考え方が身に付いているエンジニアであれば、これら一連の作業はそれほど難しいものではないと考えていいだろう。 WBSの例 ここで第三者である出資者に説明するために注意しないといけないのは、徹底的に現実的であること、そして最悪のシナリオに対するリスク管理策が織り込まれているかということだろう。 ビジネスをするうえで常に意識しなければいけないのは、ある目標を実現するために、いつ、誰が、何をやるのかということと、その際にいくらコストが掛かるかということだ。例えば1000万円の売り上げを立てるには、どことどこの顧客にいつごろどのようなサービスをいくらで提供するのかがブレークダウンできていないといけない。これから新規開拓するなら、どのような顧客に、どのようにアプローチして、その結果どのくらいの発注が取れるのかまで詳細に説明できないと、出資者の理解を得るのは難しいだろう。 |
いよいよ出資者に会う |
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