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企業ストーリー 〜ITエンジニアから経営者へ

第4回 1億円出すという出資者を選ばなかった理由

語り手 鈴井広己(仮名)
聞き手 渡辺知樹(ランディングポイント ジャパン)
2009/5/12

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■出資者を決めて、会社設立にこぎ着ける

鈴井氏 そんなときに従業員が100人規模の小規模な会社の経営者の方と話をしました。その方からは、最初は少人数から始めてビジネスの拡大に合わせて少しずつ人を増やしていき、出資額はその黒字到達に必要な最低限に設定しなさいといわれました。多くても後々の問題の種になりそうだし、少なければもちろんお金で苦労するのは目に見えていますから、このアドバイスはかなり具体的でイメージがしやすかったです。また借金をしてまで投資をしないという姿勢や、その方の会社のアットホームな雰囲気にも安心感がありました。

 結局、身の丈に合った事業展開を認めてもらえそうなこと、そしてこの経営者の方のこれまでの経験が、今後自分たちが歩んでいきたい道に非常に近く、単に金銭的な支援だけでなくいろいろな指導を受けられそうであることを考え、こちらの方にお世話になることにしました。何よりお会いした際の印象や人柄にも、信頼できそうだと感じるものがありました。

 そして、この会社に支援を受けたいということを創業メンバー同士でも確認したうえで、早速われわれのビジネスプランをこの方針に沿って細かく練り直し、実際にこの経営者の方や幹部の方にプレゼンを行いました。内容としては、現在の自分たちのやろうとしている分野でのビジネス動向、自分たちの強みと差別化できる部分、そしてコストや売り上げのシミュレーションを作成し説明しました。その場での反応は悪くなかったように思いましたが、その後さらに会計士の方と想定コストの妥当性を細かく確認して、ようやく経営者の方から承認をいただいて会社の設立へとこぎ着けました。

 このとき、まだ設立時に無駄なコストを掛けるのはよくないからということで、この経営者の方の厚意で親会社となるその会社のオフィスの一部を貸してもらうことになりました。そのうえ経理や総務といった間接サービスについても、その会社の担当の方が兼務してサポートしてくださることになりました。非常にアットホームな雰囲気の会社なので、起業したというより、その親会社の社員になったような気がしたことを覚えています。その後いくつかの案件が確定して動き始めてから、新宿の駅からそう遠くない小さいビルの一室を借りたので、親会社のオフィスからは出て行きました。

■いよいよキックオフ。だけどエンジニアは?!

鈴井氏 アドバイスどおりにスモールスタートとし、まずは私自身の食い扶持を確保するため、親会社の紹介でCIO(最高情報責任者)の補佐的な役割で顧客先に常駐する仕事を1本確保しました。結構規模の大きい会社ではありましたが、CIOの方をはじめ内部の方はあまりITに強くなかったので、IT戦略に関するハイレベルな話から実際のサーバやネットワークのトラブル対応のサポートまで、結構大変でした。

 加えて、創業時の共同経営者がIT業界の経験が長い営業マンであったため、そのご縁でいくつか発注いただけそうな案件が出てきていて、スタッフの確保が急務となっていました。そのため自分の仕事の合間を縫って、会社の体制づくりのため、とにかく知り合いのエンジニアに“ラブレター”を送りまくりました。ほとんど振られましたが……。やはり新しい会社でネームバリューはないですし、将来性も分からない、現在勤務する日系や外資系の大手ITベンダをけってまでこちらで一緒にやってくれるという人はなかなか現れませんでした。人員の確保は最初の立ち上げの際、最も苦労したところでした。

 出資金も少ないのでできるだけ節約したいということと、創業時のメンバーということで順当にいけば幹部候補生となるためあまり知らない人間をコアメンバーにするのもリスキーだと考え、人材紹介会社には頼みませんでした。人の紹介をたどっていくしかコネがなく、口説き落としたい相手と連日飲みに行き、この時期妻との関係がちょっと険悪になりました。心身ともども非常につらかった時期でした。それでも優秀なエンジニアに来てもらうためには、彼らが勤務中の大手ベンダと遜色ない報酬を出すよう極力まで人件費を確保し、そして大手にいては味わえないような夢や今後の展望を語るということで、毎晩熱弁をふるいました。

 結局、最初の5人程度の採用については、こうしてようやく口説き落とした(?)わたしの知り合いやその紹介の人間で占められました。あとは求人のWebサイトも活用しました。

 何のネームバリューもない小さな会社ですから、応募に来る人は何だか素人に近いような人からいろいろできる人まで多種多様でした。ただ大企業にいるような、突出して仕事ができると思わせてくれる人にはなかなか会えませんでした。ビルやオフィスの見栄えが良くないせいか、面接の約束を入れているのにすっぽかされたことさえありました。

<渡辺の解説>
 採用において大企業に所属する人だから優秀かどうかは、ちょっと注意した方がいいだろう。確かにネームバリューがあり、倒産のリスクも小さく、給与や福利厚生面で有利な大企業の方が多くの人の応募が集まるのでそれだけ選択肢も増え、結果として優秀な人材を採りやすい環境にあることは否定できない。

 しかしながら、スキルやコンピテンシーが高く、また高い思考力や知識を持った人材がいる半面、役割分担や分業化が進んでいる大企業出身の人材ならではの落とし穴がある。結果的にこちらの要望とミスマッチの人材を採用してしまうとお互いに不幸だ。ここでは過去に筆者が見聞したタイプ別に採用時の注意事項を説明してみたい。

1.管理職タイプ

 とある大企業からリストラされた男性が、再雇用先を探す際にジョブコンサルタントから「あなたの専門は何ですか」と聞かれ、「管理職です」と答えたという笑うに笑えない話がある。確かに中規模以上の企業では、人が多いために組織自体を運営する役割の人、すなわち管理職やら管理部門などが必要になってくる。また海外の大企業のように経営(CEO)を専門とする職種が存在するのも事実だ。

 しかし創業したばかりの小企業にとって、直接お金を稼がない人間を、しかもコストの高い幹部正社員として雇う余裕はないはずだ。税務や社会保険に関する処理などを外部の専門家にスポットで委託するようなのは仕方ないが、あとは極力自分たちで済ませるようにすべきである。実際に鈴井氏の会社も初期の段階は親会社の担当者に経理や総務を兼任して見てもらっていたが、これは非常に合理的なやり方だといえるだろう。

 さらに大企業で管理職をしていた人の中には、仕事に線引きをして境界線上にある仕事や他人の仕事は拾ってくれない人がいる。確かに大きな会社では組織が細分化されていて個々人の役割もかなり定義されているが、できたばかりの小さい会社では、役割も明確に定義されていないし、きれいに割り切れない問題も発生するし、そもそも人手が絶対的に足りない。そうなると、手が空いていれば何でもフットワークよく処理してくれる人間を採用する方が圧倒的に効率がよい。「自分の担当ではない」とか「会社の体制が不十分だ」とか評論家的にウダウダ文句をいう人間は、ベンチャー企業では生きていけないだろう。

2.ジェネラリストタイプ

 一通りの業務を知ってはいるのだが何か専門分野での得意技がないジェネラリストも採用しない方がいいだろう。ITに関連する実際の業務の中で、「顧客の要望を聞いて整理し、仕様書や設計書にまとめることができる」「リスクベースでセキュアなネットワーク環境を設計し、自分で構築できる」「UNIXサーバにおいて、発生している現象から問題を切り分け、障害の原因特定と復旧を行うことができる」「オブジェクト指向言語を使って、サーバサイドでデータベースを操作するプログラムを記述できる」といった具体的な「●●ができる」という技能がなければ、受注した業務を遂行して売り上げを上げることはできない。逆に部下や外注先が必要になって余分なコストが掛かってしまう。

 これは筆者がある企業の中間管理職をしていたときの話だが、これ以上ないというほどの学歴を持ち、国内でもトップクラスの超巨大企業に勤務している方からの応募があった。ところが実際に話をしてみると、多数の常駐のベンダ社員を取りまとめ、財務や法務的な社内手続きをこなし、ベンダの取りまとめや労務管理をしているのが彼の現在の仕事であった。当時のチームは責任者である筆者も含めて多々発生する細かい作業を自分たちでこなす必要があり、その旨を伝えるとちょっと困惑したような顔をされたことを覚えている。

 これはベンチャー企業でなくてもそうだが、採用する人に求めるものを具体的に定義し、そのうえでその定義に十分に合致する技能を持った人を採用するようにしたい。高学歴だからいいだろうとか、大企業の人がうちに来てくれるなんてお買い得だ、といったあいまいな考えで要件に合わない人を採用すると、結局は会社にとってもその人にとっても不幸な結果になることが多い。

3.高プライドタイプ

 実際には自分の組織の看板でスムーズに仕事をしていたのに、それを自分の実力と勘違いしている人は、他人を見下したような態度でチームワークを乱すうえ、問題が起きても他人のせいにし、何より自分の非を改善しないためプロフェッショナルとしての今後の成長が見込めないので、絶対に採用してはいけない。ところが、一見自信満々な態度のため、強力な戦力になるように錯覚させられることも多いようで、往々にして採用されているケースが見られる。

 特にプライドの高いタイプの人は、往々にして柔軟性や応用に欠ける傾向があるので、仕事には多種多様なアプローチがあるということが理解できていないケースがある。自分が以前いた大企業のやり方しかないと思い込んでいたり、さらには周囲に強制したりして、ベンチャー企業ならではのやり方に柔軟に対応しようとか、自分で最適なやり方を試行錯誤して編み出していこうという方向に向かわず、何もしないで不平不満の塊になってしまう人さえいる。

社員をダメにする企業の人材育成戦略

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