第4回 1億円出すという出資者を選ばなかった理由
語り手 鈴井広己(仮名)
聞き手 渡辺知樹(ランディングポイント ジャパン)
2009/5/12
エンジニアから経営者への転身を果たした鈴井広己氏(仮名)が、起業エピソードを語る。聞き手・解説は、自身も企業の代表を務める渡辺知樹氏。 |
起業を目指すエンジニアや、人に使われない生き方に興味があるビジネスパーソンに対し、実際に起業し経営に携わった人の経験やノウハウをお伝えする本連載。前回は、鈴井氏が綿密な事業計画を携えて、複数の出資者と会うところまでをレポートした。そこでは潤沢な資金提供が可能だが短期間でそれなりの成果を求める出資者、経営状況のチェックと助言のために自社の幹部を常勤役員として置くことを条件とした出資者、ある程度自分たちの裁量で会社を運営させてもらえるが、資金はあまり出せない出資者など、それぞれ一長一短ある出資者たちとのやりとりがあった。出資交渉では、徹底的に具体的で現実的であること、そして楽観的な見込みや前提条件については厳しく確認が求められた。そこで鈴井氏は何を感じ、どう考えたのか。
どの出資者からも、これからつくる会社の目的や経営の方向性については繰り返し聞かれたと鈴井氏は強調する。お金もうけをしたいのか? 急成長させたいのか? 自分たちの理想とする仕事をしたいのか? などだ。もちろんキャッシュフロー経営のためには、平たくいえば動かせる現金が多い方が目先の経営は楽になるが、その分、出資者から求められるハードルも高くなり、自分たちのコスト管理や資金繰りも規模が大きい分、難易度が上がることも容易に想像される。実際に出資額が多すぎても困る理由を、今回鈴井氏は語ってくれた。
出資者選びで(そして、おそらく創業時のメンバー選びででも)必要なことは、お互いの考え方、方向性、価値観が共有、共感できることだといってもいいだろう。もちろん出資する以上は将来的にはそれなりのリターンが求められるものであり、例えば●カ月で黒字化を果たす、●年で利益を●%以上出せるようにする、●年で株式公開する、といった目標に向かっての事業展開が要求されるのはいうまでもない。
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■1億円出すという出資者を選ばなかった理由
鈴井氏 先般お話したように、私自身は某大手コンサルティングファームから内定をもらっていましたが、何だか自分でも結論は出せないままそれでも毎日奔走しているうちにそろそろ先方に最終的な結論を出さないといけない時期にきていました。
最初からお会いしていた金融投資系の株式会社(先日破たんしましたが、某米系大手証券会社に関連した会社)です。割と条件は魅力的だったのですが、そこの親会社の社長が自殺未遂を起こしたということがマスコミに出てしまいました。イメージが悪いということもありますし、経営者が自殺に追い込まれるような何か問題がある可能性もあるので、この会社は出資先から外しました。
この会社の出資額は1億円という好条件でしたが、その条件として3年以内の黒字化が出されました。ただ事前にその会社のこれまでの投資情報を調べると多くの投資先が赤字続きで、実際にはもうかっていないように見えました。理由を尋ねると利益を出す以上に投資にお金を回しているという説明でしたが、何というか、まじめにビジネスパートナーとして付き合ってくれる感じではなく、どこかに出資することで財務諸表上の数字を大きく見せて自社の株価を上げてというサイクルを繰り返しているように見えました。また株主総会が近いということで大変忙しいとのことでしたが、お会いした経営者の方自身も相当ぐったりしているように見えて、その会社に対する魅力はあまり感じませんでした。
<渡辺の解説> |
一見するとビジネスの取引というのは、商品やサービスの提供とその対価の支払いという、モノや金のやりとりという目に見える要素で成り立っているように見える。ところが、実際に会社対会社のビジネスを成り立たせているのは「信用」であるということを知っておくといいだろう。 例えば、10億円分の商品を買うと明言してくれた相手がいるとする。ところがこれを手放しで喜んではいられない。なぜなら、相手は最初から商品をだまし取るつもりの詐欺師かもしれない。あるいは悪意はないのだが資金繰りに行き詰って倒産してしまい、結果的に納品したのに代金を支払ってもらえないケースもあるかもしれない。 そのため多くの会社では取引を開始する企業の財務諸表を見て何か財務体質に不安材料がないか確認したり、帝国データバンクの与信情報などを参照したり、格付け会社の付けたランクを参照したりして、取引していい相手かどうか、またその場合にいくらまでが取引の限度かを設定したうえで取引をしている。これを与信管理という。 今回世界を襲った金融危機についても、「サブプライム問題」といわれるが問題の本質は「信用」であるといえる。主に金融機関の絡んだ取引において相手がいくら負債を背負っているか分からない、よって相手がいつつぶれるか分からないから取引を躊躇(ちゅうちょ)してしまう、わずかでも悪いうわさが出れば他社が一斉に取引を停止してしまう、というように「不信の輪」が連鎖していったことで、世界規模での経済の停滞・収縮となっているのである。 会社の立ち上げ時はのどから手が出るほど仕事が欲しいときであるが、このような冷静な視点を忘れずに、いま一歩立ち止まって取引していい相手か、取引するならどこまでの規模が許容範囲か相手の信用を確認するようにしたい。商品・サービスを提供し、最終的に相手からの入金が確認できるまでがビジネスなのである。 |
鈴井氏 1億円もの出資が受けられるというのは非常に魅力的に見えましたが、実際に会社がスタートしてみると、もっと大事なことは月々確実に売り上げを上げていくことだと痛感しました。いくら潤沢な資金があっても、出ていくばかりではあっという間に底を突くものです。実際に事務所を構えて備品を購入して何人か雇った社員に給与を払えば1億円あってもすぐに残り少なくなってしまいます。また、身の丈に合わない金額だと使い道がコントロールできないようにも感じました。
特にわれわれのビジネスモデルは、独自のソフトウェア製品を開発するとか、ユニークな海外製品を独占的に代理販売するといったビジネスでなく、あくまでベンダ中立なITサービスを展開していくわけですから。いい換えればいきなり豊富な資金を持って人海戦術で市場に斬り込んでいく、という種類のビジネスでもないですからね。また、ある程度成長してから、会社の意思決定を自分たちが中心となってやっていくためには、自分たちで出資額を増やして出資比率を変える必要があります。1億円出資してもらっていると、過半数の株式比率を得るにはさらに1億円用意する必要がありますが、これだけの金額を用意するのも相当大変です。
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