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IT業界の開拓者たち

第10回 ネットスケープの空気の補給を断った男

脇英世
2009/2/17

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本連載を初めて読む人へ:先行き不透明な時代をITエンジニアとして生き抜くためには、何が必要なのでしょうか。それを学ぶ1つの手段として、わたしたちはIT業界で活躍してきた人々の偉業を知ることが有効だと考えます。本連載では、IT業界を切り開いた117人の先駆者たちの姿を紹介します。普段は触れる機会の少ないIT業界の歴史を知り、より誇りを持って仕事に取り組む一助としていただければ幸いです。(編集部)

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

ポール・マリッツ(Paul A.Maritz)――
元マイクロソフト副社長

 マイクロソフトのポール・マリッツを後世のパソコン史家はどう扱うだろうか。ポール・マリッツにはニューヨークタイムズ紙に掲載された有名な発言がある。「われわれは彼ら(ネットスケープ)の空気の補給を断ってやる。彼らが有料で売っているものをわれわれはすべて無料で配ってやる」。この発言がマイクロソフトの独占禁止法違反の有力な証拠の1つとされている。おそらくこのひと言でポール・マリッツは永久に記憶されることになるだろう。

 ポール・マリッツの経歴を本人が語るところからまとめてみよう。ポール・マリッツは、マイクロソフトのプラットフォームとアプリケーション担当グループの副社長である。彼が掌握している事業部はデスクトップ&ビジネスシステム事業部、インターネットプラットフォームとツール事業部、コンシューマプラットフォーム事業部、デスクトップアプリケーション事業部とたくさんあり、ほかにマイクロソフトの子会社のソフトイマージ社も見ている。要するにウィンドウズとアプリケーションとインターネットのすべてを見る要職にあるといってよい。

 ポール・マリッツは1955年に南アフリカのジンバブエに生まれ、初等教育はスコットランドで受けた。写真で見るとひげだらけで老けて見えるが、案外若く、今年(2001年)46歳である。1977年にケープタウン大学を卒業し、コンピュータ科学数学科の学士号を取得した。卒業後、ポール・マリッツはロンドンに出て、バローズというコンピュータ会社に入社した。バローズは現在、ユニシスというコンピュータ会社の一部門になっている。ポール・マリッツはその後、スコットランドの聖アンドリュース大学へ移った。

 1981年、ポール・マリッツは突如として陽光輝くカリフォルニアに姿を現し、5年間インテルに勤めた。インテルでの仕事は、マーケティングとツールの開発であった。

 1986年、マイクロソフトに入社する。最初の仕事はXENIX(ゼニックス)であった。1987年、LANマネージャの開発責任者となり、1989年にはOS/2の開発責任者となった。またウィンドウズNTの開発の責任も任された。1992年にはマイクロソフトのウィンドウズ製品すべての責任を任され、1995年には開発ツールとサーバアプリケーションの責任者となった。1996年末に、マイクロソフトオフィス製品を含むデスクトップアプリケーション製品の責任者となっている。ポール・マリッツは、マイクロソフトの実戦部隊における最高指揮官ということになる。

 1998年5月、連邦政府と全米20州の連合軍がマイクロソフトに対して起こした第3次独占禁止法訴訟で、ポール・マリッツは最大の標的とされた。このとき、司法省が作成した訴状の第16節には以下のように書いてある。

 「マイクロソフトのプラットフォームおよびアプリケーショングループ副社長であるポール・マリッツは、業界の大物の発言として、ニューヨークタイムズ紙で以下のように引用されている。『われわれは彼らの空気の補給を断ってやる。彼らが有料で売っているものをわれわれはすべて無料で配ってやる』」

 この訴状の中で、ポール・マリッツは極めてよく登場し、電子メールでの発言も独占禁止法違反の証拠としていくつか挙げられている。

 連邦政府、つまり司法省と、マイクロソフト側の証人はそれぞれ12人ずつで、連邦政府側の証人として最初に登場したのはネットスケープの社長兼最高経営責任者ジム・バークスデールであった。直接審問書第3節で、ジム・バークスデールは以下のように述べている。

 「マイクロソフトはウィンドウズの生産者としての強大な権力を『ネットスケープの空気の補給を断つ』ことに使い始めた」

 むろん、これはポール・マリッツの発言を指している。

 マイクロソフト側の証人として直接審問の2番目に立ったポール・マリッツは、こうした批判に何と答えているだろうか。159ページある直接審問書の第333節で、ポール・マリッツは以下のように述べている。

 「私はインテル関係者やそのほかの人の前で、マイクロソフトが『ネットスケープの空気の補給を断つ』とか、同じ効果を持つ言葉を話したことはない」

 続けて次のようにいっている。

 「同様に、私はマクギーディ氏が証言しているようにマイクロソフトが『HTMLを殺す』などとはいっていない」

 ここまで見ると、長い間謎だった「ネットスケープの空気の補給を断つ」という発言の情報源はインテルの副社長スティーブン・マクギーディであることが分かる。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

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