自分戦略研究所 | 自分戦略研究室 | キャリア実現研究室 | スキル創造研究室 | コミュニティ活動支援室 | エンジニアライフ | ITトレメ | 転職サーチ | 派遣Plus |

IT業界の開拓者たち

第45回 インターネットの魔法使い

脇英世
2009/4/13

前のページ1 2

 紆余(うよ)曲折を経てクリフォード・ストールは1987年1月17日、ハッカーの特定に成功した。このハッカーは6月29日に逮捕される。話自体は比較的単純で、西ドイツ(当時)のハノーバーに住んでいたマークス・ヘスという27歳の青年が、ブレーメン大学のコンピュータに侵入し、ドイツのDATEX-PネットワークとTYMNET経由で米国のマクリーンという国防関係企業のコンピュータに侵入、さらにTYMNET経由でカリフォルニア州のローレンス・バークレー研究所のコンピュータや国防関係機関に侵入する。ここでGNUEmacsの性質を巧みに使ってスーパーユーザーになりすまし、機密の詰まったファイルを盗み出し、それを仲間が共産圏のスパイに売り渡したというものである。

 1988年5月、クリフォード・ストールはマーサ・マシューズと正式に結婚する。結婚後の1988年8月、マーサがボストンの巡回裁判所の書記になったため、クリフォード・ストールも東海岸のボストンのハーバード大学スミソニアン天体物理学センターに移った。

 現在はまた西海岸に戻ってカリフォルニア州オークランドに3匹の猫と一緒に住んでいるという。『カッコウはコンピュータに卵を産む』にはあれほど登場してきたマーサが、最近作『インターネットはからっぽの洞窟』には登場してこない。うまくいかなくなったのかな思うと、ちょっぴり寂しい。

 処女作の『カッコウはコンピュータに卵を産む』は、副題を「コンピュータ・エスピオナージ(諜報活動)の迷宮でのスパイの追跡」という。題名と副題はネットワークで募集したものである。1987年にハッカーは捕まっており、その話は仲間内では知られていた。

 1988年前半、バークレーの天文学者リック・ミュラーはクリフォード・ストールに本を書くことを勧める。リック・ミュラーの手引きでクリフォード・ストールはジョン・ブロックマンというエージェントに執筆を申し込むが、いい顔をされない。ジョン・ブロックマンはゴーストライターを紹介する。ゴーストライターは実は現在は超大物になっているハワード・ラインゴールドだった。ゴーストライターの話は条件の問題などで折り合わなかった。

 ニューヨーク・タイムズにクリフォード・ストールの話が掲載されると、ジョン・ブロックマンは急に態度を変える。結局クリフォード・ストール本人が書いて大ヒットする。『インターネットはからっぽの洞窟』の12〜15章にこのあたりの話が書いてある。

 クリフォード・ストールには、コンピュータにかけてはアマチュアだというコンプレックスと、コンピュータのプロフェッショナルであるという意識が交錯している。だから専門家なら数行で片付けてしまうことを、天文学や自分の生活に関する数多くの脱線を含めて上下2巻に延々と書き連ねる。読んでみれば分かることだが、コンピュータのハッキングそのものに関する記述は非常に少ない。それが、一般読者にも抵抗がなく、分かりやすい本になった要因だと思う。

 わたしもこの原稿を書くために斜め読みで逃げようとしたが、また捕まってしまい、最初から全部読まされてしまった。読み物として、もうめちゃくちゃに面白いのである。

 ただ、一言いわせてもらうと推理が多少粗雑である。本当にスパイ事件だったのかということに関しては首をかしげたくなるようなところがある。またコンピュータ通信理論の理解の仕方にも力ずくと体当たり的な要素を強く感じる。

 第2作『インターネットはからっぽの洞窟』はクリフォード・ストールの情報スーパーハイウェイ論である。仮想体験や代理体験は実体験に置き換わることができないというのがメインテーマである。いわんとするところはよく分かるが、同じことの単調な繰り返しで読んでいると頭が痛くなるようなところがある。でもこれも2度読んでしまった。

 CNETでのアンケートの回答によると、彼が最初に触れたコンピュータは1963年のIBM1620だとある。13歳のときだ。尊敬する人は、父親とアルバート・アインシュタイン。趣味はプラムジャム作り、クラインの壷(つぼ)作り、キルティング、配管工事であるという。ほかの本だと自転車の修理、古いラジオの修理、洞窟探険、ヨーヨーが付け加わる。

 雨で濡れたスニーカーを乾かすのに電子レンジに入れて乾燥させようとした人である(『カッコウはコンピュータに卵を産む』46章)。日常生活の常識に欠けている。そんなことをすればゴムが溶けて燃えるくらいのことは、分かりそうなものである。その意味では十分に象牙の塔の住人の資格がある。米国で自動車を持たず自転車だけで生活するのは相当に不便を感じるはずだが、それをもいとわない。かなり奇人変人の部類に属する人だ。

 次の本は彼の独自の視点から書いた天文学であってほしいと思う。第2作はみんなが天文学の本だと思っていた時期がある。ユニークな人だけに今後の活躍が楽しみだ。

補足

 クリフォード・ストールの最新の本は、1999年10月に出版した“High-Tech Heretic:Why Computers Don't Belong in the Classroom and Other Reflections by a Computer Contrarian”という本である。無理に訳せば、「ハイテク異端児:コンピュータはなぜ教室には不向きであるか、およびコンピュータ反対論者のその他の思想」とでもなろうか。読まなくても何をいいたいかが分かってしまうところが、少し胃にもたれる点だ。

本連載は、2002年 ソフトバンク パブリッシング(現ソフトバンク クリエイティブ)刊行の書籍『IT業界の開拓者たち』を、著者である脇英世氏の許可を得て転載しており、内容は当時のものです。

前のページ1 2

» @IT自分戦略研究所 トップページへ

自分戦略研究所、フォーラム化のお知らせ

@IT自分戦略研究所は2014年2月、@ITのフォーラムになりました。

現在ご覧いただいている記事は、既掲載記事をアーカイブ化したものです。新着記事は、 新しくなったトップページよりご覧ください。

これからも、@IT自分戦略研究所をよろしくお願いいたします。