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国際競争時代に突入するITエンジニアに生き残り策はあるか?
日本人ITエンジニアはいなくなる?

第2回 優秀な人材に見向きもされない日本企業

小平達也(パソナテック 中国事業部 コンサルタント)
2003/12/19

ITエンジニアの競争相手が海の向こうからやってくる。インド、中国、それに続くアジア各国。そこに住むエンジニアたちが日本人エンジニアの競争相手だ。彼らとの競争において、日本人エンジニアはどのような道を進めばいいのか。日本だけでなく、東アジア全体の人材ビジネスに携わる筆者に、エンジニアを取り巻く国際情勢を語ってもらった

2つの急増と2つの誤解

 前回「第1回 海外のエンジニアは脅威か」紹介したように、来日する海外ITエンジニアが増加している一方で、国内での雇用元である日本企業が急激に事業展開を中国にシフトしている。その現状を、ITエンジニアとして皆さんはどれほど体感しているであろうか。今回の話は、直接ITエンジニアと関連がないように思えるかもしれない。が、今後ITエンジニアにも大きな影響をもたらすことなので紹介したい。

 中国に進出している日系企業は、駐在員事務所を含めると、現在3万社を突破したといわれている。図1は1990年〜2000年の東アジアにおける日系企業の現地法人数の推移であるが、10年間という期間で見ると東アジア全体への進出は2.4倍であるのに対して、中国への進出企業は実に11.4倍となっており、文字どおり急増していることが分かるだろう。

図1 日本企業の東アジアにおける海外現地法人数とその構成割合の推移(経済産業省の「2003年の通商白書」より)。なお、図中のNIEsとはアジアNIEs(韓国、台湾、香港、シンガポール)のこと、ASEAN4はタイ、インドネシア、マレーシア、フィリピンを指す

 同時に、中国に居住する日本人も急増している。外務省の発表によると昨年、海外に長期滞在している日本人は87万人おり、対前年比4.3%増で過去最高を更新したという。日系人の多いブラジルを除くとアメリカ(31万6000人)に次いで中国は2番目であり6万4000人もの日本人が長期滞在している。前年が5万3000人であったのに対して、実に20%増という急増ぶりである。

 さて、次に国内でよくいわれる誤解を解いておこう。さまざまな方と話をしていると、「中国の人件費が安く、低コスト製造を目指して(日本企業が)進出しているのですね」という発言を聞く機会が多い。確かに以前はそうだった。しかし現在、低コスト型はいくつかある対中ビジネスモデルの一部にしかすぎない。ビジネスモデルを大別すると、以下のように分類できる。

(1)中国で生産・日本で販売(中国から日本に輸入型)
(2)中国で生産・販売(中国現地で完結型)
(3)日本で生産・中国で販売(日本から中国に輸出型)

 この3つのモデルのうち、低コストに期待しているビジネスモデルは(1)だけである。実は次の表1のように、中国でビジネスを行っている日本企業の80%近くは、中国のマーケット拡大を目的として参入しているのだ。

投資目的
社数
パーセント
市場拡大
444
78.7
取引先供給体勢
199
38.2
新規取引先確保
187
33.2
低廉な労働力確保
251
44.5
低廉な部材・原料確保
133
23.6
表1 日本企業、対中投資の事業強化・拡大事由。早稲田大学商学部・大学院商学研究学科教授の資料(「国際協力銀行・投資アンケート03年1月」)より引用。回答は複数回答。なお、会社の総数は564社

 もう1つ、中国の人材に関する誤解が存在する。日本の大学への進学率は50%程度であるのに対し、中国におけるそれはたったの2%であり、大学生はいわば超エリート集団である。そのうち、理工系は毎年90万人の新卒が輩出されていることは、まさに頭脳大国であるといっていいだろう。

 ただし、である。進出を体感していない企業経営者がよくいう「日本企業が出て行けば優秀な中国人の人材をいくらでも簡単に獲得できる」というのはまったくの「誤解」である。

 では、現地において日本企業のプレゼンスはどの程度なのであろうか。以下、ショッキングな数字を紹介する。

日系企業の人材獲得の壁

 次の表2は中国の大学生の希望就職先ランキングである。ご覧いただくと分かるとおり、上位30社のうち、日本以外の欧米・外国企業は20社、中国企業は9社である。日系企業でランクインしているのは17位のソニーの1社だけである。中国における人材獲得競争が中国・欧米・そのほかの国を巻き込んだ「グローバルな人材獲得競争」になっているのだ。

順位
会社名
順位
会社名
順位
会社名
1
海爾
11
TCL
21
ウォルマート
2
IBM
12
中国通信
22
中国銀行
3
マイクロソフト
13
インテル
23
ユニリーバ
4
聯想
14
サムスン電気
24
PWHC
5
P&G
15
ノキア
25
HSBC
6
GE
16
HP
26
シティバンク
7
モトローラ
17
ソニー
27
マッキンゼー
8
華為
18
コカコーラ
28
上海大衆
9
中国移動通信
19
デル
29
ベル
10
シーメンス
20
中国聯通
30
長虹集団
表2 中国の大学生希望就職先ランキング。中華英才網が2003年に全国20省、自治区、直轄市にある600以上の大学の学生1万8000人に行ったアンケート調査

 さらにショッキングな問題に、「人材獲得7%の壁」がある。これは2002年秋、日本労働研究機構が中国(上海・北京・広州・大連・重慶)の日系企業で勤務する35歳以下のホワイトカラーを対象に意識調査をしたところ、転職希望者のうち、「次の転職先も日系企業を希望する」と回答した者はたった7%しかいなかったことに由来するものである。

 この数字は中国国内民間企業への転職希望者数と同じであり、「欧米企業を希望する」69%に対し、大幅に差がついた結果となった。すでに日系企業で勤務中の方を対象にした調査でこの数字であるから惨敗といっていいだろう。

 ちなみに、同じ調査で「職業選択の際に重視するもの」のベスト3は、次のとおりであった。

(1)能力を生かす(72%)
(2)新しい技術・知識取得の機会がある(69%)
(3)先行きの展望がある(58%)

 われわれが中国の人材とカウンセリングをする際によく耳にするのが「(キャリアの)発展空間」という言葉である。上記3点はまさに「発展空間」の有無が、職業選択のうえで非常に重視されていることの表れである。そして、中国に進出している日系企業は、中国におけるグローバルな人材獲得競争に苦戦しているのだ。

優秀な人材獲得のために〜企業に変化の兆し〜

 このような状況の中、優秀な人材確保のために大胆な人事制度に取り組み始めた日系企業もある。10月27日付の日本経済新聞によると、松下電器産業は2004年度から、中国で成果主義を重視した人事・賃金制度を本格導入するという。従来一律であった給与格差が最大3倍になるだけでなく、成績が下位5%の社員には退職を促す「5%ルール」も導入するということだ。同記事によると「中国企業に見られる能力主義制度を取り入れ、競争力を高める」点がポイントであるようだ。

 実際、中国の大手家電メーカー 海爾(ハイアール)などは「10・10システム」という人事評価制度を取り入れており、上位10%の社員を模範社員として各種優遇する一方、下位10%の社員を定期的に淘汰(とうた)している。

 上記の事例に限らず、グローバルな人材獲得競争を認識し始めた日本企業の間では、今後急速に同様のルールが広がるであろう。従来、ナレッジを明文化・形式知化するのが苦手な日本企業は、人事制度に関しても往々にして『あいまいである』という評価をされがちで、これが不人気の原因の1つである(これと正反対なのがアメリカである。彼らは、フロンティアを切り開き、国内にいながらにして異文化との相互理解が必須であったという歴史上の経緯から、ナレッジの明文化・形式知化には十分な蓄積がある)。これらのいわば、暗黙知を異文化経営というフィルタを通して形式知としてアウトプットしていく流れにあるのだ。この兆しは、いずれ遠くない将来、海外で展開している日系企業の現地法人から日本の本社に逆輸入され、国内にあっても人材獲得のために、人事評価制度をグローバルに通用する基準で明確化し運用していくであろう。

自分戦略に投資を

 この状況に対してわれわれはは、どのように対応すればよいのであろうか。

 今年10月に、在日華人を代表する一級のエコノミストで独立行政法人 経済産業研究所 上席研究員 関志雄氏とパネルディスカッションで一緒になることがあった。その際の同氏のコメントにヒントがありそうだ。

 関志雄氏は「日本は、中国シフトに伴う産業の空洞化へどのように対応したらいいのか?」という会場からの質問に対してこう回答した。

 「空洞化、というよりも日本の産業構造を高度化(高付加価値化)できていないことが問題である。過去数年間、政府がカネをつぎ込んだ対応は、付加価値の低い産業(つまり中国などと競合し、競争力を失いつつあるもの)に対するものであるが、本来的には高付加価値のもの、過去の産業ではなく未来の産業と人材に投資をしていくべきである」

 まったく同感である。産業だけでなく、1人ひとりも高付加価値化しないと、頭脳循環の潮流の中で、あっという間にグローバルな平準化をされるだろう。すでにアメリカでは、これが雇用なき回復(Jobless Recovery)として顕在化し始めている。

 また、日本国内の人口は2006年にピークを迎え、その後長期の衰退期に入るという状況を考えると、日本の国策としても、個々人の自分戦略としても、個人の高付加価値化は必須なのだ。

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