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国際競争時代に突入するITエンジニアに生き残り策はあるか?
日本人ITエンジニアはいなくなる?

第4回 中国人ブリッジSEのキャリアパス

小平達也(パソナテック 中国事業部 コンサルタント)
2004/3/11

ITエンジニアの競争相手が海の向こうからやってくる。インド、中国、それに続くアジア各国。そこに住むエンジニアたちが日本人エンジニアの競争相手だ。彼らとの競争において、日本人エンジニアはどのような道を進めばいいのか。日本だけでなく、東アジア全体の人材ビジネスに携わる筆者に、エンジニアを取り巻く国際情勢を語ってもらった

 日本で活躍する外国人ITエンジニア(特に中国人ITエンジニア)は、どのような考えを持って来日するのだろうか。また、どのようなキャリアパスを想定しているのだろうか。日本人ITエンジニアにとって手ごわいライバルになるであろう彼らの自分戦略、キャリア戦略を知り、今後の参考にしてほしい。

 まずはそれを把握しやすくするため、日本で活躍する中国人ITエンジニアのキャリアマップである「Bridge Career Chain」なる概念を紹介したい。

Bridge Career Chain

 図1は、Bridge Career Chain(以下、BCC)の概念モデルだ。これは主に、来日してシステム開発に従事する中国人ITエンジニアのキャリアマップである。このモデルは筆者が、中国人エンジニアへのコンサルティングの際に利用できるように開発したものだ。

図1 システム開発に従事する中国人エンジニアのキャリアマップ

 縦軸はプロジェクトの工程(上流・下流)であり、横軸(日本・中国)は実際に居住し、勤務する場所を示す。この縦軸と横軸からキャリアのフェイズを「新卒期」「来日初期」「来日中期」「回帰期」の4期に大別できると考えている。次に、各フェイズの特徴を見てみよう。

第1期:新卒期

 大学を卒業した時期で、年齢は20代前半が多い。担当するのは詳細設計・プログラミング・単体テストなど、「オフショア受託」の下流工程で、ポジションはプログラマが一般的だ。

 来日志向の中国人ITエンジニアの多くは、この段階からすでに日本向けの仕事をしている。人によっては出張で来日の経験もある。BCCでは「新卒期」としているが、中国の場合、大学生の段階で企業が大学に委託した開発プロジェクトに従事するのが一般的だ。そのため、大学生時代から日本企業向けの開発を行っている者も多い。

 来日するエンジニアの中には、この新卒期に中国でマネジメントを経験した人材もいる。ただし、中国の国内向けや欧米向けの開発経験だけで、日本向けの経験はなく、日本語がさほど上手でないと、スキルが高くても日本語能力の上限が、そのままスキルの上限とされるケースがある。この場合、専門性を最大限発揮できず、来日後(第2期:来日初期)の下流工程を経験する期間が必然的に長くなる傾向がある。

第2期:来日初期

 中国人ITエンジニアが来日する際は、日本企業による直接雇用のほか、日系企業の中国現地法人から日本に企業内転勤する場合などがある。また、昨今では中国オフショアを受託する中国企業の日本支社も増えている。

 ビザに関して述べると、米国は外国籍の技術者が取得する技術ビザ(H1Bビザ)の発給枠があらかじめ決められ、数量制限がある(2004年度の発給枠は6.5万件)。日本での技術ビザ取得の場合は、母国で理工系大学の卒業資格(またはそれに準じる経験)があり、日本国内での雇用受入元との雇用契約が締結されていれば人数制限はなく、来日できる。

 来日するのは20代の半ばを過ぎた方が多く、通常はプログラマやSEといったポジションでプログラミングやテスティング工程を担当することが多い。つまり、就労環境が中国から日本に移っただけで、業務内容はそれまでと大きく変わらない。また、この第2期の来日初期に中国への帰国を希望する人材はほとんどいない。

 前回(「第3回 国内で活躍する海外ITエンジニアの最終目標とは?)」紹介した某大手電機メーカーで派遣社員としてWebアプリケーション開発を担当する趙氏(仮名)も、来日初期の段階だ。この時期は、日本の環境に慣れるための時期でもある。慣れるとよりユーザーに近い業務系の仕事を志向する一方で、米国など欧米の大学院への進学、勤務も選択肢として考えることもある。

 第1期の新卒期に日系企業で勤務していた方や、来日当初から日本語に堪能な方は比較的スムーズに第2期の来日初期を通過し、次の第3期である来日中期に入っていく。

 その一方で、日本の本社が新卒の中国人エンジニアを採用し、それによって来日した方の場合、第2期の来日初期の期間は長くなる傾向がある。そのため、中国の有名理工系大学を卒業後、意気揚々と日本に来たものの、言葉・文化の壁にぶつかり悶々(もんもん)と過ごすエンジニアが多いようだ。

第3期:来日中期(20代後半から30代)

 日本の環境に慣れ、職場での人間関係も安定し、ビジネス上の実績・信頼関係が構築されると来日中期となる。この段階では、要件定義や基本設計などを担当するようになり、ポジションもプロジェクトマネージャからコンサルタントレベルになる。

 スムーズに来日中期へと入るパターンだと、20代後半で小規模プロジェクトのプロジェクトマネジメントをアサインされる場合もある。前回紹介したシステムインテグレータでブリッジSEとして勤務する王氏(仮名)は、このフェイズに当たる。

 また、パソナテックが運営するブリッジSEサイトで最も登録者数が多いのも来日中期層である。来日中期層は日本滞在が5〜10年となり、日本での転職のチャンスを検討する一方で、帰国して転職することも選択肢として考える方が多い。

第4期:回帰期

 来日中期の次のフェイズで、中国への帰国を実行する層が回帰期である。

 帰国に際し、希望勤務地で多いのは上海、もしくは出身地の付近の大都市となる。帰国転職する理由の多くは、キャリア的なものだけでなく、家庭の事情(日本の小学校で教育を受けても競争力がつかないので、子どもの教育は母国でしたいなど)が関係する場合が多い。

帰国後のキャリアの方向性は大きく分けて3種類ある。

(1)自ら起業
(2)日本向け開発プロジェクトマネージャ
(3)在中日系企業向け開発プロジェクトマネージャ

 (1)の起業希望者はかなりの数いるだろうが、パソナテックに登録する人材は、来日中期でコンサルタントレベルの仕事をした方が中心となる。それに(3)中国に進出した日系企業向け開発プロジェクトのマネジメントを希望する場合が多い。その理由は来日中期と同じように、ユーザーと直接折衝ができるからである。ただし、中国進出日系企業向けの業務の現状は、上海に集中している。

 併せて(2)の日本向け開発プロジェクトマネージャのように「オフショアの受け手」のマネジメント業務も多い。本連載の第1回(「海外のエンジニアは脅威か」)で述べたことだが、大連市は2005年までに日本から帰国するITエンジニアに4500ポストを用意し、大連市の対日IT事業を強化するという。

日本人ブリッジ人材はどこにいる?

 回帰期のITエンジニアの日本での年収ボリュームゾーンは600万〜800万円程度であるが、中国への帰国後の年収は、日本円に換算して200万〜400万円弱と、2分の1から3分の1程度になるのが通常である。もちろん、この金額も現地の物価水準からするとかなりの高給である。

 日本と中国の所得格差は、一般に20分の1とも30分の1ともいわれている。それに比べて回帰期に当たるITエンジニアの所得格差は、それよりも非常に少ないことが分かる。知識労働者的業務は、「働いている国や地域」の物価ベースで給与が決まるのではなく、「アウトプットした付加価値の内容」に基づく給与になっていくだろう。

 このような潮流にあっては、中国人ITエンジニアと日本人ITエンジニアとの差は、結局は個人の能力の差に還元されてくることになる。つまり、自身の付加価値をさらに強めることが要求されるのである。

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「連載 日本人ITエンジニアはいなくなる?」

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