国際競争時代に突入するITエンジニアに生き残り策はあるか?
日本人ITエンジニアはいなくなる?
第8回 日本のITエンジニアに足りないもの
小平達也(パソナテック 中国事業部/早稲田大学ビジネススクール講師)
2004/11/25
ITエンジニアの競争相手が海の向こうからやってくる。インド、中国、それに続くアジア各国。そこに住むエンジニアたちが日本人エンジニアの競争相手だ。彼らとの競争において、日本人エンジニアはどのような道を進めばいいのか。日本だけでなく、東アジア全体の人材ビジネスに携わる筆者に、エンジニアを取り巻く国際情勢を語ってもらった |
本連載がスタートして約1年になる。これまで一貫して日本在住の海外エンジニアや、中国を中心とした海外のITエンジニアの動向を紹介してきた。この間、読者の皆さんも、オフショア開発などを経験したり、外国人エンジニアと一緒に仕事をしたりする機会はなかっただろうか。これまでの記事が、ITエンジニアとしてのキャリアの方向性を考える1つのきっかけとなればと考えている。
■技術者こそ社会を知る必要がある
さて、今回は「海外からきたエンジニア出身の企業経営者にとって、日本人のITエンジニアはどのように映っているのかを確認したいと思う。今回筆者と対談していただいたのは、ソフトブレーンの創業者であり、現在同社の代表取締役会長の宋文洲氏である。宋氏は北海道大学大学院に国費留学した後、28歳のときにソフトブレーンを創業。2000年12月に同社は東証マザーズに上場した。これは成人後に来日した外国人では史上初の快挙であり、今年6月には東証2部への上場も果たした。また、営業改革を訴えた宋氏の著書『やっぱり変だよ日本の営業――競争力回復への提案』(日経BP企画刊)はベストセラーになったので、読まれた方も多いのではないだろうか。
以下は日本のITエンジニアについて、宋氏と筆者との対談である。
小平 「まずは少し漠然とした質問をさせていただきます。宋会長は日本のITエンジニアをどのようにご覧になっていますか」
宋 「そもそもITという言葉自体についてですが、私は『ITは変化の代名詞』だと考えています。それくらいビジネス環境の変化のスピードが速いということです。そして変化に対応するための本質は技術よりも発想にあると考えています。日本ではよく『技術者は外の社会を知る必要はない。会社や研究所にこもってひたすら技術だけを追求していればいい』などという話を聞きますがこれは自らの思考・発想を内側のみに押し込めるということです。ある意味、これは犯罪的なことですよ」
小平 「犯罪的、ですか。では会長のおっしゃる発想と技術、についてもう少し詳しく教えていただけますか」
■技術にとらわれると自分が不良在庫になる
ソフトブレーン 代表取締役会長 宋文洲氏 |
宋 「発想、というのは社会を知ることによって初めて生まれてくるものだと思います。世界情勢や経済など、広く社会全般のことに目を向けないで、エンジニアがある1つの言語やツールなどの観点からしか技術を考えていないとすれば、いずれは時代遅れのものになるでしょう。
実はこれは製造業でいう『不良在庫』を作り出すことと同じことなのです。メーカーにしてもその時代、その社会に受け入れられるものを作らずに、自社内にある技術だけを見て自分本位の製品開発・生産などをしているとあっという間に売れない『不良在庫の山』をかかえることになりますよね。これを分かっていながら確信犯的に不良在庫を作り続けるとすれば、それは会社にとっても、本人にとっても罪なことですよ」
小平 「なるほど。おっしゃる意味が分かりました。ビジネスの環境変化が特に激しいIT業界でなおさら、内向きにならない、外向きの姿勢が大事である、ということですね。ところで御社は中国・北京に開発拠点となる会社を設立されていますね。宋会長からご覧になって、日本人エンジニアと中国人エンジニアの違いはどのような点で顕著でしょうか」
■ビジネスと技術のバランス感覚が重要
宋 「日本人エンジニアには『いわゆる技術オタク』が多いように思います。しかし事業においてのポイントは、ビジネスと技術のバランスなのです。先ほど申し上げたとおり、変化の激しいIT業界のような環境では、美しいプログラムを凝って時間をかけて書き上げたとしても、それがビジネスのスピードに合わなければ結果としては意味をなさないのです。あと、日本人エンジニアは海外のエンジニアと比べると自立心が足りないように感じますね」
小平 「おっしゃるとおりビジネスと技術のバランス、というのは非常に大切なファクターだと思います。日本人エンジニアの自立心が足りない、とはどのような点においてだと考えられますか」
宋 「自立心、とはつまり『自分で考えて行動する』ということなのです。例えば中国人エンジニアの場合、仕様書に不明りょうな点があっても『まずは自分で何とかしよう』と考えます。良くも悪くも、自分で考えてどんどん先に進めていってしまう。もっとも、能力が低い人間がこのように進めるとトラブルのもとになりますが……。中国では特に、人材のレベルも日本とは比べ物にならないほどトップとボトムのばらつきがあるのでここでは人材の見極めが非常に大切になってきます」
小平 「人材の見極め、という話になりましたが、ソフトブレーン社の場合、どのようにされているのですか」
■新入社員から差をつける
宋 「まず一般的な日本企業では『差』と『流動性』が不在だと思います。これに対してソフトブレーンの場合、新入社員に入社の時点で絶対に差をつけます。面接を3〜4回繰り返す中で差をつけていきます。また、社員の流動性、という点では辞めていく社員がいても無理やり引き留めることはないですね。会社と社員の相性、向き不向きというものがありますから」
小平 「『格差』と『流動性』の存在を肯定的にとらえているのですね。その意図は、どの点にあるのでしょうか」
宋 「まず『差』についていえば、実際に差が存在することを意識させることが必要なのです。日本人のチーム力は強いと思いますがこれは『皆“が”(同じことを)できる』というチームメンバーのスキルの平準化がベースになっているでしょう。一方『皆“で”(協力して)できる』というさまざまな人材を登用したチームメークでは全然意味が違います。多くの日本企業の場合、メンバー全員に同じことをできるようにさせることによってチーム力を発揮させようとしているようですが、この場合、標準以上の能力を持った人間にとって、楽はできるが面白みのないチームということになります。しかし『皆でできる』場合にはそれぞれの分野で強みを持った人材を、力のあるマネージャがまとめていくことが必要になります」
小平 「『皆でできる』場合には、強いマネジメント能力が必須になってきますね。もう1つのキーワード、『流動性』についてはいかがでしょうか」
宋 「世の中が劇的に変わり、世代も変化していく中でずっと同じ仕事内容、同じ職場に適合する人間を求める、というのは難しいでしょう。いままで培われてきた個人の性格そのものを無理やりポジションに当てはめるよりは、そのポジションに最適な人材に随時担当してもらった方が、双方によいと思います。
また就職など、企業と個人のマッチングも「一回勝負」で決めていくよりは、年月を経ながら複数のマッチング機会を得る方が双方にとって有益だと思います。もっともいまの日本では海外と比べてまだまだ流動性が低いようですけれど。結局、この『差がなく、人材の流動性が低い』ということが全般的にマネジメント不在となり、その能力向上の機会もないということにつながるのです。実はこれが問題なのです」
■マネジメントの不在
小平 「いまお話にあった、『差がない』『人材の流動性が低い』ということが『マネジメント不在』につながるということですが、具体的にどうつながるのでしょう?」
宋 「まず流動性のない職場では、プロジェクトが発生すると『いつもいる人』に『いつものとおりやっておいて』と任せるのでプロセスの明確化が不要になります。これは同じ職場内でも、親会社・子会社の関係でも同じです。いずれの場合も『いつもいる人』に任せるわけですから、わざわざ業務プロセスを明確にする必要はありません。余談ですがこのようにプロセスが不明確で、格差を明示的にとらえていない場合、唯一の評価基準は時間とならざるを得ないのです。これが人月の見積もり方法にも結び付いていくわけですが、このような背景では業務を効率化していく、という発想が生まれてこないわけです。
話を戻すと、『いつもいる人』たちの『皆ができるチーム』では本当の意味でのマネジメントは不在となるわけです。よく、『うちは部下の意見を大切にする<ボトムアップ>方式です』というところがありますが、これはマネジメント力の弱さの言い訳でしょう。もちろん、社内意見の吸収やチームメンバーからの部分提案を受け入れることは必要ですが事業構築の責任を担い、決断のできるマネジメントが不在だといいたいわけです。このような環境の中ではマネジメント能力を向上する機会も得られないというのが、エンジニアにとっての不幸だと思います」
小平 「『差・流動性がない』→『マネジメント能力を付ける機会も得られない』というお話ですが、この環境下で、1人ひとりのエンジニアはどうしたらいいのでしょうか」
宋 「環境と個人はお互いに関係しています。個人として、この環境から脱却するためには積極的に社会を理解していくこと。技術を自分のツールとしてとらえていかなければならない。そうして自身の能力を伸ばしながら、マネジメントの領域を目指していくことが大切だと思います」
いかがだっただろうか。今回は「海外から来たエンジニア出身の企業経営者」という視点から宋氏に語っていただいた。いろいろなキーワードが出てきたがメッセージは一貫していたと思う。これは対談の最後に、筆者が「宋会長の夢」について質問した際のコメントに凝縮されているので以下に紹介する。
宋 「夢? 多くの経営者は夢を語りますが、夢が妄想にならないようにすることが大切です。そのためには、いかに謙虚に、その社会に認められていくか、環境・時代の変化に対応していくか、ということが重要なのです」
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