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国際競争時代に突入するITエンジニアに生き残り策はあるか?
日本人ITエンジニアはいなくなる?

第9回 IBMのPC事業売却がエンジニアにもたらすもの

小平達也(パソナテック 中国事業部/早稲田大学ビジネススクール講師)
2005/2/16

ITエンジニアの競争相手が海の向こうからやってくる。インド、中国、それに続くアジア各国。そこに住むエンジニアたちが日本人エンジニアの競争相手だ。彼らとの競争において、日本人エンジニアはどのような道を進めばいいのか。日本だけでなく、東アジア全体の人材ビジネスに携わる筆者に、エンジニアを取り巻く国際情勢を語ってもらった

 ITエンジニアは、弁護士や会計士のように開業に資格が必要な、いわゆる「士(サムライ)職種」ではない。資格に守られることなく、実力で勝負してきた。さらに最近では、国境を越えた競争相手が出現している。

 本連載では、海外からの競争相手は日本のエンジニアにとって脅威となるか、という問題を提起してきた。昨年1年間で、読者の皆さんは国境を越えた競争相手の存在や脅威を身近に感じただろうか。

中国の学生の就職への意気込み

中国の大学における就職説明会の様子

 昨年(2004年)秋、筆者は中国の複数の大学で、理工系学生を対象とした日本企業への就職説明会を行った。日本語能力は必須という参加条件にもかかわらず、500人を超える学生が参加した。

 筆者のプレゼンテーションはすべて日本語で行った。多少中国語で説明、質疑応答も行ったが、それにしても多くの学生が参加し、大変活気があった。

 質疑応答では「日本語を生かしたい」「自分の専門を生かして日本企業で働きたい」「日本企業の優れた技術と管理方式を学びたい」という意識をベースに、参加者から数多くの質問があった。

 代表的な質問は以下のとおりだ。

 「自分の専門を即戦力として生かせる職場なのか」
 「入社後にトレーニングなど技術取得の機会はあるのか」
 「管理職に登用されるのに必要な要件は何か、登用にはどれくらい時間がかかるのか」

 入社後に何をしたいか、何ができるのかという具体的な質問が矢継ぎ早になされたのが特徴だ。入社を最終目的とはしていない。現在、中国の新卒就職率は約70%(人民日報)であり、日本の就職率50%強(厚生労働省)と比べると依然として高い水準なのだが、参加者は皆真剣そのものだ。就職に対する意気込みには、本当に熱いものを感じた。

 中国における大学生数を見ると、2004年度の在学生数は1000万人を超える。新卒大学生数は338万人で、前年度に比べ58万人も増加しており、今後も年間数十万人単位で増加するといわれている(労働政策研究・研修機構による)。

 日本に目を向けると、大学在学生は合計でたったの280万人(文部科学省)。日本の総人口を見ても、2006年をピークに、2050年まで毎年60万人程度の人口が減少するという、これまでとは異質の社会に突入する(国立社会保障・人口問題研究所の推計による)。おおよその規模でいうと、船橋市(約56万人)、鹿児島市(約61万人)、浜松市(約61万人)などの都市が毎年1つずつなくなっていくイメージだ。

 隣国では膨大な人材が輩出され、意気込みも熱い。国内では60万人都市が消滅していく。このような事実のはざまで、筆者は日々、日中双方の人材ビジネスに従事している。

米中企業の合従の衝撃

 2004年12月29日、昨年最後の中国出張を終え、帰国した。帰国便の機内はビジネスパーソンでいっぱいである。以前は中国ビジネスというとその特殊性ばかりが強調され、専門家に任せておけばよいという風潮もあったが、昨年は各社とも、従来なら欧米や本社で基幹的な役割を担っていたいわばエース級の人材を、中国ビジネスに多数投入した。中国ビジネスの急速なグローバル化を感じた1年だった。

 年末、そんな1年を象徴するようなニュースが流れた。2004年12月7日(現地時間)、米IBMが同社のPC事業を中国のPCメーカー最大手・聯想(レノボ)グループに売却すると発表したのだ。

 IBMの聯想へのPC事業売却は、日本国内でも驚きをもって迎えられたので、ご存じの読者も多いだろう。インパクトの大きな売却だけに、紆余(うよ)曲折があったことは想像に難くないが、結果を見ると非常に高度な戦略を持っていることが分かる。

 この売却劇によるIBM、聯想それぞれの視点をまとめると以下のとおりになる。

IBM
 ・不採算部門のPC事業を5億ドルの負債とともに売却、利幅の薄いPC事業より撤退
 ・経営資源を業務系システム/ソリューション事業に集中
 ・聯想に2割弱の出資
 ・聯想第2位の株主となり、中国市場で付加価値の高いソリューションビジネスを展開

聯想
 ・デル、ヒューレット・パッカードに次ぐ世界第3位のPCメーカーとなる(従来は8位)
 ・買収後の5年間はThinkPadを含むIBMブランドを使用
 ・世界160カ国をカバーする販売網を入手
 ・CEOとしてIBMから上級副社長を迎え入れ、本社をニューヨークに移転

 IBMは今後、聯想の顧客を対象に付加価値の高いソリューション事業を展開できる。敷居の高い中国市場に、確固たる足場を得ることになるのだ。聯想は本社を北京からニューヨークに移し、一気にグローバル化への道を進む。まさに双方の思惑が合致した戦略的売却である。

 事業売却に伴い、IBMからPC事業にかかわる約1万人の社員が聯想に移籍するという。日本IBMからは、聯想の日本法人となる新会社に約600人が移籍するということだ。

高付加価値化という課題

 中国企業の海外ブランド買収などの海外進出は中国語で「走出去」と呼ばれ、最近増加傾向にある。「斜陽事業の売り抜け」「買収先の人材流出が課題」ともいわれるが、勢いは止まらない。中国の総合電器メーカー大手、TCL集団は仏アルカテルの携帯電話事業を傘下に収めることに合意しているし、自動車メーカー大手、上海汽車集団は英MGローバーと資本提携している。中国の大手石油会社がアメリカやロシアの石油会社の買収を検討しているという報道もあり、エネルギー確保の点でも活発に動いているようだ。このように、中国では政府が後押しをして、IT産業などの成長産業や戦略産業の拡大を図っている。

 今回の聯想による買収では、IBMはより高付加価値のサービスに特化し、聯想はグローバルな販売網を持つ世界規模のPCメーカーとなることで、互いの価値を最大化する。今後も欧米・中国の合従で、それぞれの企業価値を高める局面が作られていくだろう。

 これらのことから、日本は、企業は、そしてエンジニア個人はどのような影響を受けるのだろうか。

 IBMの戦略にのっとれば、エンジニア個人も高付加価値化しなければならないことになる。しかし、中国の大学での説明会を見る限り、彼らの高付加価値化はとうに進んでいるように思える。日本人エンジニアはそれをどう引き離すのか。本連載にとっても今後の大きな課題となった。


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