アイデンティティはオープンソースプログラマ
かずひこ
2007/5/17
自分のキャリアを考えることは、自分のアイデンティティを考えることにほかならない。自らのアイデンティティを「オープンソースプログラマ」と定め、オープンソースと自分の可能性を追いかけるために海を渡ったITエンジニアがいる。今回、そのITエンジニアが転職の経緯を語った。 |
■自己紹介
皆さんこんにちは。オープンソースプログラマのかずひこです。大学では建築を専攻しましたが、卒業後はグラフィックデザインの会社に就職し、その後、オブジェクト指向言語Rubyの作者まつもとゆきひろさんが勤める会社であるネットワーク応用通信研究所に転職。そして2007年4月にオープンソースERP「ERP5」の開発で世界的に知られるフランスのNexediに転職し、現在に至ります。
今回はそんな私の転職の経緯をご紹介します。皆さんの参考になれば幸いです。
■Nexediとの出合い
NexediのCTO(最高技術責任者)は、おくじさんという日本人のエンジニアです。おくじさんはブートローダの「GNU GRUB」の開発者でもありますので、お世話になっている方もたくさんいるでしょう。
おくじさんとは前からずっとお会いしたいと思っていたので、おくじさんのブログで2006年の9月に一時帰国されると知ったとき、思い切って「関西でお会いしませんか」と聞いてみたところ、実際にお会いすることができました。
おくじさんと会う日に、関西のRuby勉強会でお世話になっている研究室がちょうどゼミ合宿をしていたので、おくじさんにそこで講演をしてもらうことになりました。
おくじさんの講演は、「フランスの真実」「フランスとオープンソース」「オープンソースのプロになる」という3つのテーマによるお話で、「フランスの哲学『自由・平等・博愛』はオープンソースの精神に合致する」というお話が特に印象的でした。そして、話を聞く中でオープンソースソフトウェアを使うだけでなく、作る企業としてのNexediとそこでの仕事に興味を持ちました。
■Nexediへの転職の決意
おくじさんと日本で会ったとき、たまたま私は自分のキャリアプランについて漠然と考え始めたころでしたが、その時点では海外企業ありきで転職を考えていたわけではありません。当時の私は、これからの自分が働く場の希望として以下の4つの選択肢を考えていました。
・松江のRubyの会社(つまり残留) |
ここで大切なのは、最初から転職をしようと思っていたのではなく、そのまま元の会社に残留することも十分に魅力的な選択肢の1つとしてあったことです。実際、これら4つの選択肢はどれも魅力的だったので、どうやって決めるのがいいか悩みました。そこで、どうせなら最も予測不可能な選択肢にチャレンジするのもいいかな? と考えたのです。
それともう1つ、キャリアプランを真剣に考えようとすると、「自分のアイデンティティとは何か」を自分自身に問い掛けることを避けては通れません。当時の私を言葉で表現すると、「いろんなオープンソースソフトウェアの開発をしている、日本語を話すRubyプログラマ」というごちゃまぜな感じでした。そんな自分にとって一番のアイデンティティは何かを考え続けた結果、「日本語を話すから私なのか」「Rubyを使うから私なのか」ということは否定できたとしても、「オープンソースを愛するから私なのだ」ということだけはどうしても譲りたくないと感じました。そして、自分とオープンソースの未来のさらなる可能性を追いかけたいと強く思うようになりました。
そんなわけで、最もチャレンジングで、最もオープンソースのために働けて、ついでにフランスものは車でもワインでも映画でも音楽でも大好きという理由から、Nexediへの転職を決意したのです。
■選考の過程
2006年の9月におくじさんから仕事の内容や会社の様子を聞いて興味を持った後、しばらくして、おくじさんから「うちのCEOもかずひこさんに興味を持っているので、レジュメ(履歴書)を送ってください」という電子メールをもらいました。そこで早速、英語で簡単な職歴とこれまでに携わってきたオープンソースプロジェクトについて記して送ったところ、「一度フランスで会えないか」ということになり、10月の終わりに家族(妻と当時9カ月の子ども)を連れて10日間フランスに行ってきました。
小さい子どもを連れていくのはむちゃな話ですが、もしかしたら住むことになるかもしれない街を家族みんなで見ておきたいと思ったので、私にとっては疑問の余地はありませんでした。
さて選考のプロセスですが、Nexediは高い技術力を持つ会社です。私も例外なしに技術テストがありました。CTOのおくじさんから与えられた課題は、とある問題を解くプログラムを作成するというものでしたが、私の場合は「短期間に新しい環境に適応できるかどうかも知りたい」という理由から、当時の私がほとんど知らなかった「Pythonで書く」という制限が課せられました。
テストが終わりひと安心と思ったら、その翌日にCEOが「私もテストしたい」という話になり、「現在のシステムのボトルネックに対してどのような解決策が考えられるか」という課題が与えられました。この課題は、私の回答を評価するというよりは、どれくらいの時間でどういう考え方をするかを見たいという意図のものでした。
そして、限られた時間の中で自分なりにいくつかの案とその評価を提示した結果、幸い高い評価を受けることができました。
さらにいくつかのヒアリングを受けた後、CEOから私に対する評価と、その評価を基に私にしてもらいたいという仕事の範囲を聞きました。私はその評価が自分にとって妥当なものだと感じたので、Nexediで働くことに対する不安がかなり解消しました。
採用のプロセスは企業が私たちを評価する場だと考えがちです。しかし同時に、私たちが企業を評価する場でもあります。特に人事におけるセンスの良しあしは、その企業の将来を大きく左右します。そのため、自分の評価について満足できたことはとても重要なポイントだと思います。
■Nexediでの毎日
フランスでの労働ビザの取得に時間がかかりましたが、4月中旬にようやく渡仏して、待ちに待ったNexediでの仕事が始まりました。
皆さんは、欧米の職場というと成果主義でみんな目がギラギラしていると想像しているかもしれません。私も少なからずそんなふうに予想していましたが、実際に入社してみるとその予想とはずいぶんと違うことが分かりました。
例えば出社時や退社時に、社内にいるメンバー全員と握手しながらあいさつをします。仕事中はほかのプロジェクトの人と会話することはあまりありませんが、社員間のコミュニケーションをみんながとても大切にしているように感じます。また、仕事の中でお互いの成果を評価するようなケースでも、若いフランス人のエンジニアは概して控えめな表現をしているように感じます。むしろ、同じ日本人であるおくじさんの方が、CTOという立場もあるのでしょうが、直截(ちょくせつ)な表現をしているくらいです。
社員間のコミュニケーションで用いる自然言語は、ケースバイケースです。メーリングリストは原則として英語(米語ではありません、念のため)です。口頭でのコミュニケーションはフランス人同士や日本人同士では母国語を使うこともありますが、周囲に聞こえることに意味のあるケースでは英語を用いています。実際、おくじさんと私もよく社内で英語で会話をしています。
■やっぱり語学力はとても大事
社内は英語でいいとしても、一歩会社の外に出ると、そこは当然フランス語にあふれた環境です。よく「フランス人はいじわるだから英語を話してくれない」なんていいますが、日本でいきなり英語で話し掛けられても答えられない人がたくさんいるように、多くのフランス人も英語をほとんど話せないように感じます。
いずれにしても、語学力はコミュニケーションの基礎なのでとても大切です。例えば、「英語が苦手なので海外で仕事なんてあり得ない」という人がいるかもしれません。しかし人生いつ何が起きるか分かりません。「語学力が弱い」というだけの理由で自分の可能性を狭めるのは本当にもったいないことだと思います。
■リスクを乗り越えてチャレンジするには
私の性格は、怖がり屋さんのくせにチャレンジャーですから、本当に怖い思いをしてばっかりの人生です。そんな私にとって今回のチャレンジは「ちょっとやりすぎたかも……」と内心びびっていたりもします。でも、たった一度っきりの人生です。こんな思い切ったチャレンジの機会に出合えたことを感謝しながら、今日も楽しくフランスで暮らしています。
また、海外の中小企業に勤めるのはリスクのあることではないかと聞かれることがあります。しかし、私はエンジニアですので、いわば商売道具を常に持ち歩いているようなもの。もし仮にある日突然会社がなくなったとしても、それは自分の人生のリスクではないと考えています。もちろんそう考えるためには最低限の自信が必要で、いまはそう思えない人もいるかもしれませんが、そう思えるような自信をできるだけ早く身に付けられるといいんじゃないかなと思います。
大企業で働こうと、中小企業で働こうと、独立して働こうと、多かれ少なかれいろんなリスクはあります。それに対するチャレンジもあるでしょう。そのときに、リスクを乗り越えてチャレンジに成功するだけのスキルと勇気と幸運が皆さんにありますように。
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