第3回 死にたくなったら「病気のせい」【回復期編】
豊島美幸
2008/9/5
「できなくて当たり前」の精神で、妻の細川さんが、うつになる前のようには立ち回れない自分のツレ(夫)を辛抱強く見守った前回。そのかいありツレさんは次第に快方に向かうが……。 |
前回「できなくて当たり前【治療中期編】」では、妻でマンガ家の細川貂々(ほそかわ・てんてん)さんが、うつになる前のようには上手に立ち回れない自分のツレ(夫)を辛抱強く見守る。そんな中、ツレさんのうつは次第に治っていくが……。
闘病中、ツレさんはよく「死にたくなった」という。そんなとき細川さんや、ツレさん自身はそれぞれどう向き合ったのか。
■患者に自信を――周りの人は患者に口添え
取材では生後3カ月の息子さんが泣き出すと、「赤ちゃんがオギャアって泣くパワーで発電できないですかね」と、うれしそうに話す一幕もあった |
良くなったり悪くなったりを振り子のように繰り返す闘病生活では、「特に薬が効いて具合が良くなってくる時期が最も危ない」と、細川さんは指摘する。「危ない」というのは、この時期に「死にたい」とツレさんが口にする回数が増えていたからだ。
薬が効いているということは体調が良いはず。それにもかかわらず、なぜ精神状態は「死にたくなる」ほど悪くなるのか。「薬が効いて体調が良くなると、アレもやりたいコレもしたいって(ツレさんが)いい出すんです」と、細川さん。といってもその内容は、「買い物に行く」などささやかなものばかりだ。
ツレさんは自分自身をこう分析する。闘病生活に入ってから家でダラダラしていて、細川さんの役に立っていない。その反動で、具合がいいと「今日こそ役に立ってやる」と意気込んでしまう。意気込みが高じてプレッシャーとなり、焦りでイライラする。イライラして冷静な判断力が欠けた状態で買い物に行く。買い物に行くとお金を数えられなくなったり、買ったばかりの商品を店に忘れてきたりする。そして「僕はなんでこんな簡単なことができないんだろう……」「自分はおかしくなってしまった……」と激しく落ち込んで「死にたくなる」――というわけだ。
かといってツレさん自身が何かを成し遂げないと自信につながらない。そう考えた細川さんは、ツレさんがやりたいことはなるべく手を出さずにやらせるようにしていた。料理を任せた。ほかの家事も任せた。外出も1人でさせた。
ただ、ツレさんがイライラしている時は別だ。そんなとき「外出したい」といい出したら、細川さんは必ず同行し、ツレさんの横から「お金は○×円だよ」「買った商品、忘れないでね」などと口添えをするようにした。
■患者に回復している実感を――患者に「闘病日記」をつけさせる
2008年4月発刊の『こんなツレでゴメンナサイ。』(文藝春秋刊)。ツレこと望月昭さんが執筆した初エッセイ。闘病中の様子が、論理的でありながら分かりやすく書いてある |
細川さんはまた、ツレさんに日記をつけるよう勧めた。周りの人向けのいいことだけ日記ではなく普通の日記だ。しかも閲覧者の人数やリアクションなどが気になるブログではなく、昔ながらの手書きの日記。ツレさんはいわれる通り日記を付け始めた。
「今日は洗濯物が干せた。やったあ」といった具合に、ツレさんは自分ができるようになったことを1つ1つ書いた。細川さんは、「最初は寝込んで何もできない状態だったから、起き上がってちょっとでも何かできるようになると、うれしくて書くんですよね」という。
細川さんはこの闘病日記を、ツレさんが「死にたい」時に役立てた。思うようにできずに「もうダメだ、死ぬ」と落ち込むと、すかさず「日記を見てごらん。ほら、ちゃんとできるようになってるでしょ」と促したのだ。うつは振り子のように、良い時と悪い時を反復しながら治る。だから、できていたことが一時できなくなってしまうこともある。
こうして治療中の日記には、できたりできなかったり、両方が記載される。日記には「できた」ことの記載が多くなり、明らかに回復している記録が証拠として残るのだ。読めば書いた本人が「ホントだ、よくなってる」と納得したという。「日記はお勧めです」と、細川さんは太鼓判を押す。
ではツレさん自身は、気持ちの落ち込みから来る「死にたい」衝動とどう向き合っていたのだろう。
死にたくなるのも嫌われ者になるのも、全部病気のせい |
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