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転職。決断のとき

第54回 不況をものともせず、SIerからWeb企業へ転職する

金武明日香(@IT自分戦略研究所)
2010/6/28

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転職が当たり前の時代になった。それでも、転職を決断するのは容易なことではない。スキルを上げるため、キャリアを磨くため、これまでと異なる職種にチャレンジしたり、給料アップを狙ったり――。多くのエンジニアが知りたいのは、転職で思ったとおりの仕事ができた、給料が上がった、といったことではなく、転職に至る思考プロセスや決断の理由なのかもしれない。本連載では、主に@ITジョブエージェントを利用して転職したエンジニアに、転職の決断理由を尋ねた。

今回の転職者:西野能史氏
5年間、大阪でデータベース運用に従事。「データベース設計・構築がしたい」という強い思いから、転職活動を開始。2010年春から、自社サービスを持つ東京の企業で働いている。

 今回の転職者は西野能史氏。5年間、大阪でデータベース運用に従事し、2010年春から自社サービスを持つ東京のWeb企業で働いている。ずっと「データベースの設計・構築がしたい」という思いを抱えてきた西野氏。不況の風が吹き荒れる2009年末に転職活動を始め、希望どおりの内定を見事に勝ち取った。今回は、不況をものともせずに「やりたいこと」を追求したエンジニアの転職談を紹介しよう。

人がいない運用部署で

 西野氏は、大阪の大学で機械工学を専攻していた。主な研究テーマは車の設計だ。車メーカーに就職するつもりだったが、在学中にプログラミングを経験してその楽しさを知った。2005年、西野氏は流通業に特化したIT企業に就職した。車メーカーではなくIT企業に就職した理由について、「コンピュータが好きだったから」と西野氏は語る。

 西野氏は入社当時から、「データベースの設計・構築」に興味を持っていた。西野氏は、まず運用をしっかり極めて、その後に設計・構築に携わりたいと考えていたようだ。新人1年目にデータベース運用の部署に配属され、2年目の終わりには彼の希望どおりデータベース構築の部署に異動できた。

 しかし、構築部署での仕事はわずか1年で終わった。もともと所属していた運用部署でメンバーが足りなくなったため、経験を持つ西野氏が戻されたのだ。

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 当時の仕事について西野氏はただ一言、「つらかった」と振り返る。人間関係が悪かったわけではない。しかし、十分なスキルを持つ人がいなかったのが問題だった。トラブルや質問に対して適切に対処ができる人は、西野氏ぐらいしかいなかった。運用部署に戻った西野氏に、「エスカレーション応対」という仕事が重くのしかかった。ひどいときには「真夜中に1時間おきで電話がかかってくる状態」が1週間続いた。

「自分のやりたいことができない」――転職を考え始めた3年目

 西野氏が転職を考え始めたのは、運用部署に戻った3年目のころだ。「もともと、1社だけにとどまるつもりはありませんでした」。若いうちにいろいろな企業を見ておきたかった、と西野氏は振り返る。人に押し付けるような体制への不満、やりたい仕事をやらせてもらえない不満が、西野氏の転職への思いに拍車をかけた。

 それでも初めのころは、設計・構築の部署に再び異動することを考えていた。しかし、部署を戻されて以来「この会社では無理ではないのか」という考えが頭をよぎるようになったという。実際、西野氏の再三にわたる異動願いは「社内事情」によってことごとく却下された。

 2009年4月ごろ、西野氏は@ITジョブエージェントに登録した。しかし、本格的に転職活動をしていたわけではない。本格的に始めたのは2009年12月になってからだ。転職活動を始めた動機について尋ねると、「誕生日が来て28歳になった。ちょうど抱えていた大きな仕事も終わったことだし、このあたりで動かなければ駄目だと思った」という答えが返ってきた。

 転職活動を再開すると、ジョブエージェントの登録情報を更新した。すぐにマンパワー・ジャパンの細梅宣慶(ほそうめのりちか)氏から連絡が来た。「細梅さんのことは覚えていました。2009年4月に丁寧なメールが届いていたことが印象的でした」という。西野氏は細梅氏とメールのやりとりを始めた。

「不況なんて関係ない」

 「人生の、そして仕事の節目だから動いた」。西野氏の転職動機は実にシンプルだ。しかし、2009年末の転職市場はまだまだ冷え込んでいた。冷え込んでいる時期に活動することについて、不安はなかったのだろうか。実際、周囲の人々からは「いまは厳しいから、もう少し市場が回復してからにしてはどうか」「様子を見た方がいい」という意見をもらったという。

 しかし、西野氏は「不況なんて関係ないかな」と、あっさり語る。

 「いまは不況だから……みたいなことをいっていると、結局ずっと動かないんですよ。一度『やる』と決めたら動くことだと思います。12月に転職活動を始めたら、うまくいけば4月に働き始められるかもしれない、という計算もありました。厳しいけど、それでもやるんです」

 その口調からは、不安はほとんど感じられない。

それでも、思った以上につらかった

 実際の転職活動はどのような状況だったのだろうか。「書類選考が思った以上に厳しかった」と、西野氏は振り返る。十数社に書類を提出したが、面接まで進めたのはわずか2社。西野氏は、ORACLE MASTER Gold、ORACLE Real Application Clusters Administrator Certified Expert、DB2エキスパート、Linuxの認定資格、ITIL Foundationなど、数多くの資格を持つ。「正直、ここまで落とされるとは思っていなかった」と、西野氏が思うのも無理はない。

 しかし、それ以上に厳しかったのが東京―大阪間の往復だ。西野氏は激務をこなしながら、面接に呼ばれるたびに新幹線で東京へ向かった。最もつらかった体験は、「不眠状態でそのまま面接に行ったとき」だったという。「トラブル対応に追われて一睡もしていなかったんですよ。そんな状態で面接を受けたときが一番つらかったかもしれない」と、西野氏は笑う。

   「サービスへの強い思い」が面接突破の“鍵”

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