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コラム:自分戦略を考えるヒント(21)
Steve Jobsのスピーチから読み取る自分戦略

堀内浩二
2005/7/21

スタンフォード大学でのスピーチ

 2005年6月に行われた米国スタンフォード大学の学位授与式で、Steve Jobs氏が15分ほどのスピーチを行いました。貧しかった子ども時代、大学中退、Appleからの追放と復活、そして一度は余命半年と宣告されたがんの体験。スピーチの2日後にスタンフォード大学のニュースサイトにスピーチの全文が掲載され、多くのサイトが引用しています。

 そのニュースのタイトルは、Jobs氏の「You've got to find what you love.(本当に好きなことを見つけなさい)」という言葉を引用しています。

Sometimes life hits you in the head with a brick. Don't lose faith. I'm convinced that the only thing that kept me going was that I loved what I did. You've got to find what you love.
――レンガで頭を殴られるようなことが、人生にはある。それでも信念を失うな。私は自分のしてきたことを愛している。それだけが自分を前進させ続けたと確信している。あなたたちも、愛するものを見つけなければならない。

 とても感動的ですが、「好きなことをしろ」というのはとても「卒業式らしい」、ありきたりといってもいい内容でもあります。下に引用するのは、『フリーエージェント社会の到来「雇われない生き方」は何を変えるか』(ダイヤモンド社刊)の書籍で日本でも有名なDaniel Pink氏が、Jobs氏のスピーチの1週間ほど前にThe New York Timesで発表したコラムです。「好きなことをせよ」は卒業式のスピーチとしてはかなりありきたりなメッセージであることがうかがえます。

COMMENCEMENT speakers have long offered graduating seniors the same warm and gooey career advice: Do what you love.
And graduates have long responded the same way: They've listened carefully, nodded earnestly, and gone out and become accountants.
――長年、学位授与式のスピーチでは、卒業生に温かくも感傷的な、同じようなアドバイスが贈られてきた。本当に好きなことをせよと。
卒業生の反応も同じだった。注意深く耳を傾け、まじめにうなずきながら、卒業すると会計士になる。
("Pomp and Circumspect", The New York Times)

ありきたりなスピーチの真意

 Jobs氏ともあろう人がどうして「ありきたり」なスピーチをしたのでしょうか。確かに「いい話」ではありますが、卒業生に向けた実用的なアドバイスといえるでしょうか。卒業生に配慮して無難な内容にした? Jobs氏のガウンの下はジーンズとサンダルだったそうですから、そうは思えません。

 もしかしたらJobs氏は、本気でそう思っているからそういったのではないでしょうか。つまり精神論としてだけではなく、合理的かつ長期的に競争優位を築ける職業選択の方針として「好きなことを探して、それを仕事にする」ことを勧めているのではないかということです。

 わたしにそう思わせたのは、先ほど引用したPink氏のコラムです。このコラムや近著『A Whole New Mind: Moving From The Information Age To The Conceptual Age』(Riverhead Books刊)の中でPink氏は、職業の選択に際して考えるべき力を3つ指摘しています。米国の話ですが、日本にもよく当てはまると思いますので、3つの力を引用しつつ解説してみます。

 1つ目は「自動化」。自動化とは、厳密にルールを決められる仕事を、肉体労働なら機械に、頭脳労働ならコンピュータに、それぞれ任せることです。自動化した方がコストが下がるなら(おおかたの場合はYesです)、その仕事は自動化されます。

 2つ目は「グローバル化」。機械やコンピュータに任せられない仕事でも、国外の労働者に頼める仕事であって、そちらの方がコストが下がるなら、その仕事は国外に流出します。

 3つ目は「過剰」。私たちが製品やサービスを選ぶときには、たいがい複数の選択肢があり、(その業界が健全な競争環境にあるならば)それらの機能・効用、価格は似通ったものです。そのような社会では、機能対価格比が優れているだけではなく、「楽しい」「面白い」「美しい」といった付加的な価値が製品やサービスの競争力になっていきます。

 わたしから4つ目として「仕組み化」を付け加えたいと思います。ノウハウの明文化・マニュアル化といったようなことです。例えば事業を始めたいなら、適切なフランチャイズビジネスを選ぶことで、経営ノウハウやオペレーションを「買う」ことができます。普通の企業はERPを自社の業務プロセスに合わせてカスタマイズしますが、ベンチャー企業は業務プロセスをERPに合わせます。マニュアルやツールなど何らかの「仕組み」を買って済ませられるものならば、企業は人を雇わずにそれらを買うという選択肢があります。

4つのことが示唆すること

 「自動化」「グローバル化」「過剰」が示唆することは、複雑な仕事であっても、それをマスターしている人が長期的に競争力を維持できるとは限らないということです。機械・コンピュータ・海外の誰かによって代替可能な仕事であればそこで競争が生じますし、仕組みに落ちた仕事はもはや「ノウハウ」ではありません。

 仕事の担い手が変われば、その周辺にまた仕事が発生したりしますので、仕事が無くなるということを意味しているわけではないと思います。ただ、同じ仕事をずっと続けられる確率は低くなっていくとはいえそうです。

 「過剰」が意味するところは何でしょうか。もし製品やサービスの競争力として楽しさや美しさが重視されるなら、製品やサービスに楽しさや美しさを持ち込める人材が求められるということになります。Pink氏のコラムでは「技術的な能力の高さだけでなく、好奇心、審美眼、楽しさといったセンスを持ち合わせた人材が必要になる」と書かれています。

 「そんなことは企画系の人間の話。美しい仕様書を書いたって高く買ってくれるわけじゃないでしょ」と思われるかもしれません。しかし分かりませんよ。同じ能力の設計者が2人いたとしたら、「読んで楽しい設計書を仕上げてくれる」とか、「一緒に仕事をして楽しかったという経験をさせてくれる」ということが発注の基準にカウントされる日が来るかもしれません。

だから好きなことを仕事に

 仮にそうだとして、さらに考えを進めてみましょう。製品やサービスに対して強い好奇心を抱き続けるためには、審美眼を磨き続けるためには、そして楽しさを持ち込むためにはどうしたらよいのでしょうか。

自分のかかわっている製品やサービスを、仕事を、好きになる。あるいは、本当に好きなことを仕事にする。「ありきたり」な結論ですが、それが競争力を高めるために有効な戦略であることに気が付きます。

 Jobs氏がそのような意図を持って

「あなたたちも、愛するものを見つけなければならない。」

といったのかどうかは分かりません。しかし、単に「いい話」をしてやろうと思ったわけでもないでしょう。「ありきたり」なこのポリシーが実践的でもあることを、真剣に伝えたかったのだと思います。

Steve Jobs氏のスピーチは、以下のサイトで読むことができます。

You've got to find what you love,' Jobs says (スタンフォード大学)

筆者紹介
堀内浩ニ●アーキット代表取締役。早稲田大学大学院理工学研究科(高分子化学専攻)修了。アクセンチュア(当時アンダーセンコンサルティング)にて、多様な業界の基幹業務改革プロジェクトに参画。1998年より米国カリフォルニア州パロアルトにてITベンチャーの技術評価プロジェクトに携わった後、グローバル企業のサプライチェーン改革プロジェクトにEビジネス担当アーキテクトとして参画。2000年に帰国、ソフトバンクと米国VerticalNet社との合弁事業において技術および事業開発を担当。

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