国際競争時代に突入するITエンジニアに生き残り策はあるか?
日本人ITエンジニアはいなくなる?
第6回 日本市場攻略で一丸となる大連市と現地IT企業
小平達也(パソナテック
中国事業部 コンサルタント)
2004/7/2
ITエンジニアの競争相手が海の向こうからやってくる。インド、中国、それに続くアジア各国。そこに住むエンジニアたちが日本人エンジニアの競争相手だ。彼らとの競争において、日本人エンジニアはどのような道を進めばいいのか。日本だけでなく、東アジア全体の人材ビジネスに携わる筆者に、エンジニアを取り巻く国際情勢を語ってもらった |
アメリカを除いて、日本のIT産業に影響を与える国を挙げるとすれば、中国とインドだろう。しかしながら同じ「IT産業」といっても、両国におけるこれまでの戦略は異なる。
インドは早い段階からオフショアやBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)といったソフトウェアの輸出に傾斜したIT産業振興策を打ち出しており、IT産業における総売上の77.5%をインド国外への輸出となっている。これに対して中国の場合、中国国内の銀行など金融機関のオンライン化や、顧客データ管理などの内需に導かれて成長しており、売り上げに占めるIT輸出はわずか11.3%程度である(数字はともに2002年度のもの)。ここから、中国企業のオフショア受託などによる日本向けIT輸出は今後成長の余地が十分あり、これから本格化する分野であるといえよう。
今回は、その中国でも、対日事業ではひときわ存在感があり、産・官が連合を組んで展開している中国・大連市の取り組みを紹介したい。
■日本向けITエンジニアが1万人
東京から飛行機でわずか3時間、中国東北部の玄関口である大連市には日系企業が3000社以上進出しており、長期在留の日本人は2300人以上、中国における「日本人集住5大都市」の1つに数えられる。
1998年にはIT企業の工業団地ともいうべきソフトウェアパークも設立され、欧米系、日系などのIT企業が集中している。同市には日本向けのオフショア開発を受託する中国企業は200社程度あり、そこで日本向けの業務を行うITエンジニアは1万人を超すといわれている。大連市最大のシステムインテグレータ(SI)、ソフトウェア事業者である大連華信計算機技術有限公司だけでも従業員は1200名にもなるという。
日本からのITアウトソーシング受託に取り組む同市の注目すべき点は、同市のトップである市長の行動力だろう。現在の市長は2004年2月に市長就任直後、中国の旧正月を返上してまずは日本を訪問し、トップセールスを行っている。
大連市の特筆すべき点はほかにもある。東京に日中間のITサービスの橋渡しとなる「ブリッジ機構」を独自に設置していることだろう。2003年8月、東京に設立された大連市ソフトウェア産業日本事務所がそれだ。
以下では、同事務所の代表である許炎(キョ・エン)氏と筆者との間で交わされた大連市の対日IT産業についてのインタビューを掲載しよう。
■ブリッジ人材によるブリッジ機構
大連市ソフトウェア産業日本事務所代表の許氏は、大連理工大学卒業後、大阪大学の大学院の博士課程を修了し、富士通研究所での研究員を経て2002年8月より同事務所代表に就任した人物である(「第4回 中国人ブリッジSEのキャリアパス」で取り上げたBridge Career Chainフレームワークでいえば「来日中期」に当たるが、同氏が日本で展開してきた20年にわたるキャリアを考えると、この「中期」という言葉では不足だろう)。
以下、許氏と筆者の対話である。
小平 「こちらの事務所(大連市ソフトウェア産業日本事務所)の主な役割を教えてください」
許 「われわれの主な役割は2つあります。1つは日本企業が大連へのオフショア開発などITアウトソーシングをする際の現地パートナーの紹介。もう1つは日本のIT関連企業が大連に進出するように誘致することです」
小平 「東京で受ける日本企業からの相談件数はどれくらいあるのですか」
許 「2004年だけでみると日本企業からの相談数は200件ほどあります。日に3社ほどいらっしゃるときもありますよ」
小平 「200件ですか!それはかなりの数ですね。相談に来るのはどのような企業なのでしょうか」
許 「大手企業から中小企業まで、もちろんSIなどIT関連企業です。企業規模を問わずに経営トップが事業の意思決定をした後で、実際の現場の担当者が『どうしていいか分からない』といっていらっしゃる場合が多いですね。あと、現地のIT事情について『実際はどうなっているのか』という情報収集でいらっしゃる方もいます」
小平 「なるほど。経営トップ以外に、『悩める中間管理職』も相談に来ているようですね。相談内容の変化というものはありますか。というのもわれわれの人材ビジネスの場合でも在日ITエンジニアに求められるものは、この数年で変化があるのです。
(1)IT技術プラス英語、といったグローバルエンジニア
(2)オフショア開発におけるブリッジSE
(3)対中国ビジネス要員
と、それぞれ同時に存在しつつも、(1)から(3)へ時系列でニーズの変遷がありました。こちらへの相談内容の質的変化というものはいかがでしょう?」
許 「おっしゃるとおり、質的変化はありますね。日本企業の相談内容も、もともとは『コストダウンのための中国ビジネス』だったものが、特に最近ではこちらに進出したメーカーなどの日系企業を顧客とした『中国での受注を目指す中国ビジネス』も増えてきています」
小平 「大連でも中国での受注を目指す日系企業が増えてきたのですね(筆者注:連載2回目で紹介した対中ビジネスの3つのモデルを参照していただくと、より分かりやすいかもしれない)。先行事例として上海などではERP系の案件が増えていますが、今後大連でも増えていく可能性がありますね。
話は変わりますが、中国のオフショア受託企業で現在日本に営業拠点を持っている企業も増えてきましたね。大連には日本向けのオフショア開発を受託する中国企業が200社あるといわれていますが、実際にはどれくらいの企業が日本に拠点を持っているのですか」
許 「現在は日本企業の担当者が現地(大連)に行って発注するというパターン、もしくは大連から経営者やブリッジSEが来日して受注するというパターンが主流です。大連企業の日本での営業拠点数でいうと、私の知っている限りでは10社くらいでしょうか」
小平 「なるほど。ということは日本に拠点を持っている企業は大連で対日業務をおこなっているIT企業の5%ほどということになりますね。ずばり聞きますが、市政府と企業一丸となって対日IT事業、とりわけオフショアに代表されるアウトソーシングの受注に注力している中で、今後の課題といったものは何でしょうか」
許 「課題はやはり、『上流工程からの受注』です。通常、現地の企業が受注するフェイズというのは、コーディングや単体テストなどの下流工程です。受注金額からみると、この工程というのはプロジェクト全体の中でも20〜30%程度しかなく利幅も高くはありません。また、現地にいるエンジニアのキャリアとしてもより上流工程を志向するのです。大連で上流工程に対応できれば、日本の顧客にとっても一番コストのかかる部分をアウトソーシングできるわけですし、大連の企業にとっても利幅の大きい部分の売り上げはアップするのですから。案件にもよりますが、欧米企業はすでに上流工程から委託し始めているようですね。日本企業ともこれがきちんとできれば双方にとって相互にメリットのある関係になるはずです」
小平 「今後は上流工程からの受注が課題なのですね。そしてこの課題に対応するためにまず営業強化として、日本に営業拠点を設立するなど動きが始まっている、ということですか。上流工程からの受注のために、営業強化以外に対応はありますか」
許 「中国でもやはり『人材』がポイントです。大連サイドの対応としては、製造工程だけでなく、より上流工程に対応できるようなレベルの高い人材を多く輩出していくことが急務です。そのためにはもちろん実際の案件でキャリアを付けていくことです。そして、その中では技術スキルだけでなくコミュニケーション能力やマネジメントなどのビジネスマインドが要求されます。まずは中国にいるエンジニアももっと、日本のビジネス習慣を覚えることが大切です。また、相手の立場に立って考えて対応する、ということも重要ですね」
■大連市の取り組みにみる、日本人エンジニアの課題
今回の話から、大連市の対日IT事業の取り組みについては以下の3点に集約されるだろう。
(1)市政府のトップ営業
(2)1万人を超す豊富な対日業務向けITエンジニア
(3)大連市への誘致のためのブリッジ機構の存在と対日営業強化策としての日本営業所の増加
大連市と企業はこの3点をきちんと強化しながら、「健全な国際競争」の中で着実に日本企業からの受注金額を増やしているようだ。そして今後の課題も「利幅の高い上流工程を受注することが現地企業の発展とエンジニアのキャリアにとって必須である」という点も明確に認識しているのだ。
「中国の一都市」がこれほど熱心に活動していることを、われわれ日本の企業・地域・そしてITエンジニアはどの程度理解しているのであろうか。
話は少しそれるかもしれないが、最後に、ある中国人のITベンチャー起業家のコメントを紹介しよう。
「われわれ中国大陸の企業は日本や欧米から案件を受注するために開発体制を整えるだけでなく、必死に日本語や英語を学んでいます。これはビジネスを円滑にするためには当然です。日本企業のエンジニアと仕事をするとき、中国語はおろか英語もろくに通用しないので結局、われわれが最初から最後まで日本語をしゃべってあげて仕事をするわけです」
現場レベルでも確かにそのとおりで、耳の痛い話である。筆者自身、中国、特に大連を訪問する際など、ビジネスレベルの英語と中国語を話すことができるにもかかわらず、それにもまして流ちょうな日本語を話す中国人担当者が次々と出てきて、結局すべてを日本語で打ち合わせてしまうことが多々ある。
すべて日本語で打ち合わせできる環境は楽であるし、快適だ。ただし、筆者が「日本語会談」を終えた後、いつも思う漠然とした不安がある。
「いったい、ビジネスパートナーである彼らはいつまで『日本人に合わせて』日本語を使ってくれるのだろうか」、ということだ。
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